2-3 リーゼロッテ
そそそろ大通りに出ようかと言うところで、エリーは足を止めた。
目的地だ。
屋根の頂上に十字の飾りをつけているその建物を、宗教的施設以外に見間違えるものは居ないだろう。ウルティスにある教会と言えば、ここになる。
すべての系列教会がと言うわけではないが、少なくともエリーの目の前にあるそこは福祉施設も兼業していた。身寄りのない孤児達にどうぞいらっしゃいと、孤児院のようなことをしているわけだ。国がようやくストリートチルドレン対策に、国営孤児院の設立案を議会に持っていったこの時代で、今現在、社会的弱者となった彼らに手を差し伸べているのは宗教施設だった。
ちらりと、エリーはもと来た道を見る。そこにはやはり先ほどの花売り少女が、野花を詰めた籠を手に、距離を置いてついてきていた。そんな少女にエリーは屋根の上の十字架マークを指差して見せ、無言でここが教会だと伝える。
そして歩を進め、扉を開ける。
小さな施設だ。入るとすぐにこじんまりとした礼拝堂がある。ここは小さい教会で、小さいという事は住民からの必要度も相応と言うことである。日々に忙しい住人は平日早朝にやってくるでもなく、中では初老の神父が一人、礼拝堂の椅子を雑巾で拭き上げていた。そして彼は、扉が開いたことに気づいて顔を上げ、エリーの顔を見て相好を崩した。
「おはようございます、エリー君」
「‥‥‥おはよう」
答えつつ、決まりが悪そうに視線をさまよわせる。
エリーからすれば、神父は成り行き上顔見知りになっただけの他人だ。しかしその神父の笑顔と言葉にはどこか温かみがあり、そしてそれは、人付き合いの苦手なエリーを当惑させるに十分であった。それでも挨拶だけは返すと、エリーは気を取り直して中に入る。そのすぐ後ろを、不思議そうな顔で部屋を見回すリリアが付いていく。
「ふぅん、これが教会」
「小さい教会。もう少し大きいと、堂も立派になる」
「見たことあるの?」
「まぁね」
ものめずらしげに見分するリリアに答えつつ。エリーは神父に話かけた。
「リゼはいる?」
「あぁ、いるよ。この前と同じ部屋で待っていなさい」
「ん」
「ところで。そちらの子は?」
「知り合い」
「すると、あちらもかい?」
神父は、リリアを見て一つ頷くと、次には今だ開け放たれた扉のほうへと顔を向ける。
花売りをしていた少女が扉の外から、恐る恐ると不安の面持ちで中を窺っていた。エリー、リリア、神父と三人が居る礼拝堂で、言葉通り教会に連れてきてくれたエリーのことを一番信頼しているのだ。神父とにらめっこした少女は、ここから先どうしていいのかと訴える視線をエリーの背中に向けていた。
エリーもその様子を確認だけして。
「路上で花を売ってた」
「そうかい。まずは事情だね。君、私は見ての通り、ここの教会の者だ。どうだい、おじいちゃんと少しお話しないかい」
神父は驚くこともなく、人の良い笑顔で少女に話しかける。手馴れているのだ。
さすがに少女はまだ警戒している。建物の入り口で神父の顔とエリーの背中を眺めて、どうしたものかと迷っていた。
少女がその気になるまで待ってやる理由はない。エリーは「よろしく」と言葉を置いて、そして礼拝堂を後にしようと動く。
それにリリアも続こうとして。
エリーに制される。
「待ってて」
「何でよ」
「何でも」
「は~い」
リゼと言うらしいエリーの友達に興味はあったが、本人からここからは先は明確に付いてくるなと言う旨を言われては仕方ない。リリアは手近な長椅子に座って待つことにした。
そして、今だ煮え切らないでいる花売りの少女に視線を送る。
力のない人間は、誰かに支えてもらわなければ生きていけない。
花売りなどで生計が立つはずもない。そんなこと、少し考えればわかること。本人がどういう考えであれ、見る人が見れば私は生きたいんですというポーズだけを見せて同情を誘っているだけの行為だ。そんなどうしようもない少女にもエリーは声をかけていたが、それこそがリリアにとっては不満だった。どうしてちゃんと独り立ちできる自分には冷たくて、弱い少女にはやさしいのかと。
銃を握る気概もないくせに、誰かの慈悲を求めるだけ。
「私、あなたの事、大嫌い」
リリアが少しだけ睨んで言葉をぶつけると、少女はびくりと体を震わせて一歩後ずさった。
それを制するのはエリーではなく、神父だった。
「こらこら。お客人を、そんな風に驚かせてはいけないよ」
「だって!」
「嫌悪、軽蔑。はたまた嫉妬。よい事だよ。感情を持つ事は、とてもよい事だ」
神父はリリアに歩み寄ると腰を屈め、そしてリリアの頭にしわがれた手を置いて撫でる。
「それすら失っては、とても悲しいことになってしまうからね」
頭を撫でながら、神父は続ける。
「君は撫でられるのとぶたれるのと、どちらが好きだい?」
「撫でられるほうがいいわ」
「そう。自分の感情をただぶつけるのではなく、自分の欲しい感情を、相手に与える。すると、開いていもよい感情を返してくれる。みんなが幸せだ。君は、幸せになりたくはないのかい?」
「幸せになりたいに決まってるわ」
「では、そのための努力を重ねてみてはどうかな? 花売りをする勇気に、エリー君が手を差し伸べたように」
言って、神父は撫でていた手を離して、戸口を見るようにリリアを誘導する。ただでさえ強かった警戒心で二の足を踏んでいる少女が、リリアの態度ですっかり腰が引けてしまった状態で、それでもそこにいた。
感情が変わるわけではない。リリアは今もって不満の気持ちで一杯で、その証拠に唇を尖らせていたが、やっておかないと神父によるありがたい説教と言う面倒を抱えるかもしれないとの打算込みで、諭された手前、やってもいいかなと言う気分にはなっていた。リリアはわかりやすく大きくため息を吐き出すと、少女に顔を向け。
「来たいんなら来れば? このおじさんならパンくらいくれるわよきっと」
到底好意的とは思えないが、幾分かはマシになったリリアの言葉に、花売りの少女は立ち去るかどうかではなく、入るべきかどうかを再び考え始めた。それを確認して、神父はひとつ頷く。
「よくできました」
「ふんっ」
「さてさて、お客人にお茶の用意もしなければね」
結局リリアの言動が気になって、事の顛末をずっと見ていたエリーにも微笑ひとつ、神父は腰を持ち上げる。
そして。
「エリー君」
「何」
「今日は、私からも用件があるんだ。リーゼロッテ君とのお話が終わっても、帰らないでもらえるかね?」
「ん、わかった」
頷いて、エリーはリリアたちに背を向けて、奥へと向かう。
□
ある小部屋で、エリーは座って腕を組み、ただ待つ。
そこは応接室だった。小さな教会に相応の、小さくて微妙に手入れも行き届いていない、ろくな調度品や装飾品もないただの部屋。真ん中には出来のよろしくない四角い机と、それを囲む三つの椅子。
礼儀程度に扉を閉めて、椅子のひとつに腰掛け。腕を組んで壁の時計の針を睨む。
数分。
律儀なノックの音がエリーの耳に届いた。「いる」と声を出すと、次は扉が開いた。
やってきたのは一人のシスター服の女性だ。彼女は丁寧に扉を閉めると、ゆっくりとした歩みでエリーの向かいではなく、隣の席にゆっくりと腰を下ろした。
金のストレートロングヘアを修道服のウィンプルで隠した、金の瞳。エリーよりも年長のクリス、それよりもあと二つ年上のリゼことリーゼロッテは、エリーの顔を覗き込むように前屈みになった。その表情は、エリーに会えてうれしいとの感情を隠さずにいる。
「いらっしゃい、エリー」
「ん」
それだけ答えて、エリーはリゼから視線を外す。
目を合わせられなかったのだ。
友好的には見えないエリーの態度にも気分を害した様子は見せず、ただじっと、暖かく見つめる。
「前に来たのは、何ヶ月前だったかしら」
「‥‥‥多分、三ヶ月前くらい」
「クリスは元気?」
「ん。リゼによろしくって」
目を逸らしたまま受け答える。
彼女はそういう娘だ。知っていたリゼは、一歩分椅子ごと動いて距離を詰めると、ゆったりとした動作でエリーに向けて両腕を伸ばした。
そして肩に手を置いて軽く引き寄せ、エリーの頭を抱く。やわらかく。
「無事で何よりよ、エリー」
ハウンドの一緒の射撃班だった時の戦友。歓迎してくれて、身を案じてくれて、抱きしめてくれる。
同じように接してくれるだろうかと、仲間で友達と思ってくれているだろうかと、長く会わないうちに、エリーはいつも不安になっていたのだ。自分の一方的な期待ではないとわかって、エリーは胸を撫で下ろす。
「リゼも」
「えぇ。私もぼちぼちとね」
抱擁をやめて、リゼはシスターらしく姿勢を正す。
リゼはその昔、ハウンドとしてクリスの射撃班に属していた。クリスを班長に、エリー、リゼ、そして今はもう死んでしまったローズと言う、女性四人組のチーム。指揮系統上は国民擲弾兵への志願が一番早かったクリスが班長となって上だったが、リゼは四人の中で最年長であり、そして年齢相応の人物だった。相応に立ち振る舞う事を要望されていた節もあるが、他三人の「班員には言えない弱音」を聞いて、相談を受けて慰める役回りだった。精神的支柱となってくれたリゼに、クリスとエリーは今もずっと頭が上らない。
三人は生き延びて、戦後すぐに、揃って除隊した。そしてそれぞれの道を歩む、はずだった。
クリスは、少ない除隊金の路銀が尽きたところで、レアと知り合い掃除屋に。
エリーは、1年近い空白の時間を経て、縁あってクリスと同じ掃除屋に。
そしてリゼは、行き場を求めて彷徨ううちにこの教会に行き当たり、拾われた。
「トーマン神父がお茶を持ってきてくださるそうよ。ゆっくりしていって」
「ん」
「二人とも、変わりはない?」
「クリスはいつも通り」
自分が死に掛けてもへらへらとして冗談を交えるような人間だ。多分あの人は、何があってもあのお調子者でいるのだろうとエリーは思った。すがすがしいくらいに昔から変わっていなくて、だからこそ安心して付き合える。エリーにとってクリスとはそんな人物だった。
エリーがクリスに望むのはそれだけだった。逆に言えば、それだけは壊したくなかった。自身の妙な弱音やらを伝えるには、クリスは違うのだ。
思いを吐露する場所が欲しくて思わずリゼの元を訪れた。エリーも昔から、そういった形でずっとお世話になってきていた。それを聞いて欲しくて、今日ここに来たのだ。
「ちょっと、話」
「えぇ」
リゼから同意を貰って。
それでも逡巡して言葉を詰まらせ、そして。
「‥‥‥。一昨日の仕事。私のミスで。クリスが死に掛けた」
「怪我、したの?」
「怪我はない」
怪我はしなかった。たまたまだ。あんな撃ち方でたまたま運よく敵の首を居抜けて、たまたまクリスは死なずに済んだ。
あれが外れていたらと思うと、エリーは震えるほどに恐ろしく感じる。
自分のミスで、仲間が死ぬ。
また。
「私は」
エリーは俯く。少しだけ、呼吸が乱れていた。
「私は、完璧にならないといけないの」
完璧な射撃、完璧な援護。どんな要求にも答えて、仲間を救い出せる完全無欠な。
もう仲間を、友達を失わないように。
絶対に、失わないように。
エリーが自分で選んだライフル、H28A2はエリーの要求する様々な点をクリアしている銃だ。エリーが求める最低要素の「遠射できる長物」で「遠射の為のスコープ」があって「連射できるセミオート」はもちろんのこと。エリーの国の軍が正式採用するほど耐久性と動作信頼性を持ち、その使用感もエリーがこれまで触れてきたマークスマンライフル系統の中で一番しっくり来るものである。ここぞという時に選ぶほど銃を信頼している。
そんな銃を使っておいて、あの有様。
仕事前に練習はしていたが、足りなかったのだろうか。あの程度で焦ってだめな撃ち方をしてしまう自分に問題がある。余計なものを感じる心なんていらない。機械のように冷静で素早く、確実に。自分が完璧な殺し屋であれば。
次までに、今日明日あるかも知れないその時までに、完璧にならなければいけない。
クリスはああいう人間だから何も言わない。けど、本当は胸の中で、一昨日の件には怒っているかもしれない。もっと早く援護をしてくれと。今日仕事をやらないといったのも、自分に思うところがあったからかもしれない。エリーは、思考を沈ませて。
「エリー」
一人思考を巡らせるエリーに、リゼがやわらかく呼びかける。
そしてもう一度、今度は片腕だけを伸ばして肩に手を置き、そっと引き寄せる。
「それがどういう状況だったのかは、わからないけれど。エリー」
「‥‥‥」
「皆はあなたが思うほどあなたに辛く当たらないし、世界はあなたが思うよりも優しいわ。自分を責めるのは、ほどほどにね。昔からの悪い癖よ」
リゼがそういう事はなんとなくわかっていたから、心のどこかで甘い言葉が欲しかったのかもしれないとエリーは思う。その優しい言葉に、泣き出してしまいそうになる。
そしてそれはまた、リゼも同じであった。そういう言葉を求めてここに来たのだろうが、こんな言葉くらいでエリーが考えを改めてはくれないだろうという無力で。
その根元は、簡単だ。
「ローズの事だって、あなたは何も悪くない」
「ローズは、私を恨んでる」
ローズが死ぬ事になったのは自分のせいだと思っているエリーと、そうではないのだと考えるリゼ。ローズは恨んでいると考えるエリーと。
「そんな事、あるわけないわ」
エリーとローズがいわゆる親友であった事は、リゼもクリスもわかっていた。エリーと一番年が近くて気さくだったローズはよき話相手であったし、もちろん二人が不仲から来る本気の喧嘩をするところなどリゼは見た事がない。同じようにマークスマンのような仕事をしていた二人は、お互いカバーし合ってやっていた。
そんなローズが、自分の死に際になって突然恨み節を連ねるなど考えられないことだった。
しかし、エリーが恨まれていると感じている。なぜかはリゼにはわからない。あの時のローズはもう喉が潰れていて、声など出せる状態ではなかった。なのにエリーは、恨んでいると断言する。
どこまで行っても平行線。
だからリゼは、話題を少しだけ変えることにした。
「エリー」
「何」
「クリスに一言、ごめんなさいと伝えてみたらどうかしら」
「クリスに?」
「クリスがどう思っているか、不安だからと言うのもあるんじゃない? それでクリスの返答を聞けば、少しはすっきりすると思うわ」
「‥‥‥。うん、そうする」
死人とは会話できない。ならばせめて生者であるクリスから直接言葉をもらえばいい。リゼはわかっていた。ローズ同様、クリスがエリーを恨むなんてことはまずないのだから。クリスは、自分のミスは自分の責任ときちんと受け止められる子だ。
思いを吐き出して、一応の方向性も示されたエリーは、まだ胸にわだかまるものを残しながらも落ち着きを取り戻した。逆に、この場だけ落ち着かせるだけで解決にもなっていないことにリゼは落胆していたが、彼女はその感情を表にすることはなくエリーを労わる。
「ごめん、リゼ」
「謝る事なんて何もないわ。いくらでも話を聞くから、またいらっしゃい」
「‥‥‥ん。あり、がとう」
エリーは決まり悪そうにしながらも顔はやや赤くして小さく頷いた。
ここに着てからと言うもの、暖かく接してもらうばかりでエリーは気恥ずかしささえ覚えた。何かないかと思いを巡らせて。
「そうだ、これ、預かった」
彼女にしてははっきりと、そしてやや弾んだ声で、エリーは懐を探ると一丁の自動拳銃を取り出した。自身のW99Cではない、しかしほぼ同じサイズの別の銃だ。
Hi-Star9。9ミリパラベラム弾を扱う小型拳銃だ。出掛ける際に、クリスから「渡しておいて」と持たされていた品だった。
「これから、ウルティスが少し騒がしくなるってクリスが」
「私は、もう持たないわ」
「私からも、お願い。持つだけ持っていて欲しい」
この教会の位置は広間に近いこともあり警察の目が届く場所だ。リゼ自身教会に寝泊りしている関係上、持つ必要など薄いのかもしれない。それでも町全体として、一般人にとっては十分な安全が確保された場所とは言いがたい。この国では個人が武装する権利、護身用の銃の所持が認められている。政府登録された銃を表通りで販売購入できるのだ。だから銃を所持する事そのものについては、誰に咎められる内容ではない。
だが、リゼは静かに首を横に振った。
「やっぱり、だめ?」
「えぇ」
「ん」
わかりきった返答に、エリーはそれ以上は言わず銃をしまう。
ウルティスで銃を持たない。これほど危険なことはない。教会の人間言う立場など、信心深くない人間からすれば何の価値もなく、銃を振り回すような人間は多くは神などに頼らない。神様などと言う目に見えないものよりも、もっと直接的に自分を守ってくれるお守りがあるから。
それでもリゼは銃を持たない。彼女は除隊と同時に銃を捨てた。
だからと言って、未だに銃を持っておおっぴらに言えないようなことをしているクリスやエリーを軽蔑したりなどはない。銃を拒むのは、自分自身だけの取り決めらしい、そこまではエリーは知っていたが、それ以上は知らず、また聞く気も起きなかった。明らかに埋設地雷だから、友人関係を壊したくなくて話題に触れていないのだ。
だから、話題を変える。
「そう、神父に、用事があるから残ってくれって言われたけど」
「えぇ。楽しみにしていいと思うわ」
内容を知っているらしいリゼが、期待させる言葉をかける。
一体何の話だろう。ここにおいてもまだ推測が立たないエリーは顔を上げてリゼを見つめるが、彼女は笑って黙秘するだけであった。
とりあえず待つことは確定しているので、その間に二人は近況を語り合った。とはいってもエリーからでは硝煙臭い話しか出来ないのと当人が無口なのもあって、それはリゼの身の回りの話が中心になる。
リゼはその昔、紆余曲折あってストリートチルドレンとなった身で、その後志願兵として参加する事になるのだが、したがって彼女は正式な勉学は途中までしか受けていなかった。なので今は、年頃の孤児少年少女達に混じって語学や数学の勉強を一緒にしているという。名義上シスターではあり相応の手伝いをしているが、自由に行動できるようにと神父は孤児の一人としてリゼを扱っており、洗礼だの何だのといった事は今だしていない。勉学を身に着けて独り立ちできるようになったその時に、この道を進むかどうかを考えて決めなさいと。
そんな話をしていると、遠慮がちに部屋の扉がノックされた。
「お待たせしたね」
ティーセットを載せたお盆を持ってやってきた神父に、リセは席を立って受け取りテーブルに広げていく。
神父はエリー達の向かいの席に腰を落ち着けた。
「リリア君は他のシスターに任せてきたよ」
「そう」
「それともう一人の女の子だけれど、今話を聞いているところだが。やはり独り身のようだ。よく連れてきてくれたね、君は優しい子だ、エリー君」
「別に」
今日何度目かもわからないむずがゆい言葉に、エリーは視線を外しつつ。
そんなエリーに、にこりとして。
「エリー君」
「何」
「見つかったよ」
「何が」
やはり何のことかわからずに、エリーは聞き返す。
それに、神父は苦笑した。
「おやおや。以前に頼まれていた件だよ。エリー君が軍に入隊する前にお世話になったという、ダチラン教会の人達の避難場所」
「あ‥‥‥」
それで、ようやくエリーは思い出す。
ダチランはウルティスから西に行った所にある町の名前だ。「町だった」というべきか。エリーの生まれ育った場所であり、同時に、戦争期にこの近辺の戦場のひとつになり、砲弾や爆弾で見る影もなく崩壊してしまった土地。そして、孤児になったエリーが駆け込んだ教会のあった場所。
戦争の後、せめてお礼は言おうとエリーが向かったが、除隊して向かった彼女を迎えたのは瓦礫の山だけであった。遺体や血のり、墓などは見当たらなかった為、建物が吹き飛ばされる前にどこかへ避難したのだろうと、気をもみながら場を後にした。その後リゼのことがあってこの教会に足を踏み入れた際、ついでにと神父に足取りを探してもらっていたのだ。
驚きと喜びで言葉を詰まらせるエリーに、神父は温かな笑顔。
「ここから北にあるホニの町の系列修道院に避難していた。君が覚えていたシスターの名前、マニャールとルーフィオのお二人も、そこにいるそうだよ」
「よかったわね、エリー」
「‥‥‥、うん」
短い返答だったが、そこには確かに喜びの感情がこもっていた。
「話を伝えたら、シスター達も会いたがっていたよ」
「ね。世界は、優しいわ」
「丁度、この教会の孤児達の受け入れ先を探しているところでね。こんな小さな教会では、いろいろと限界があるからね。リーゼロッテ君。電話口だけでは何だし、書類を届けるついでに話を通してもらいたいんだ。出掛けてもらえるかい?」
「承知しました。ホニだと、一泊必要になるかもしれませんね。エリー、一緒に行く?」
「うん」
ホニは知らない町だが、同行者がいるのならありがたい。それもリゼと一緒となれば、エリーには断る理由がなかった。
リゼと神父が笑みを深くした。エリーは気づかない。自分が、自身が思っている以上に頬を緩めて声を弾ませている事に。そしてそれを見て、リゼが心中胸を撫で下ろした事に。ローズの件以来、エリーがこういう感情を示すことが、殆どなくなっていたから。この子は、まだ笑ってくれるのだと安堵した。
「よかった」
「何が?」
「何でもないわ。エリー、携帯は持ってる?」
「ん。使うの?」
「えぇ。クリスに、今電話をかけてみて」
「? わかった」
どうせレアの店に戻ればクリスはいるし、たとえいなくても二人の住んでいるアパートは同じだ。なぜ今電話をかける必要があるのだろうと思いながら、報告連絡は迅速かつ正確にとのハウンド時代の言葉を思い出したりしてみながら、エリーは懐から携帯電話を取り出した。




