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2-1 リッパー




『夜のダカ地区で銃声。ギャングの抗争か』


 そんな文字を地方新聞の隅っこに見つけて、クリスは鼻で笑うと新聞を円卓席のテーブル上に放り出した。

 つい一昨日の夜の話。一晩で40ミリグレネードだの重機関銃だのまで引っ張り出した、数十名に上る死者を出した雇われ傭兵と隣国工作部隊との銃撃戦が、地元紙ですらこの程度の扱いである。しかも予定通りに事実湾曲。国と言うのは、警察のクリーン化には手をつけないくせに、マスメディアを抱き込むことにかけてはモノをつぎ込むらしい。

 そして、そんな騒動があったというのに、町は特に色を変えた様子もなく、今日も世界は回っている。


「ハウンドとしてお国を守った後は、身分を隠してスパイを片付けたっていうのにねぇ。私はいつになったら英雄になれるのかしら」

「大衆の注目になりたいの?」

「英雄活動相応のこれが欲しいだけよ。ついでに就職斡旋も」


 店主レアの言葉に人差し指と親指でお金を示す丸を作って、そしてクリスはつまらなそうに、野菜スープを一口。今日のそれはやたらに薄味であった。レアの作る食事はいつも味が安定しない。


「そのお金で新しい銃を買っていたら本末転倒だと思うのだけど?」

「今ん所、趣味がそれしかないもんで。自分探しの旅ならぬ、自分に合ったサブマシンガン探しの旅」


 各所からのカタログを取り寄せて、その紙の上を視線で闊歩する、労力いらずの素敵な旅行だ。今の時代はネットもある。ウルティスの町も一応回線が繋がっているので、各メーカーが出しているデモムービーや、評判や噂なども手軽に見ることが出来た。

 そんな彼女にやや困ったような笑みを浮かべて、レアは口を開く。具合よく、一昨日の件に関係する話を手にしていたからだ。


「報酬額が確定したわ。近日中に振り込まれる」

「ほいほい。結構な額だし、当分は小遣い稼ぎしなくても済むかもね」

「そうも言っていられないわよ」

「なぜに?」


 クリスは顔を上げて、小首をかしげる。掃除屋が忙しくなるというのは依頼が増えるという事だが、自身の名前を売り込めるような活躍をした覚えはない。元々、そんなことを望んでやっているわけでもないので、クリス達がやることはいつもほどほど止まりである。忙しくなる理由が見当たらなかったからだ。

 不思議がるクリスに、レアは淹れた紅茶を運んでクリスに差し出し。


「今回殲滅したアランファミリーは、周囲の勢力を資金力で持って買収していた。彼らは得た資金とアラングループに入るという箔によって行動が制限されていた。彼らは、目立つ行動は控えたかったからね。その鎖が解かれたら?」

「あぁ、そういうこと。ていうか、それがわかっててつついたわけ?」

「国の癌になる連中をのさばらせるよりは、ということよ」


 だから膨れる前に頭を潰した。

 とはいえ、大きな悪がいたからこその平和と言うものだ。テロリストだろうがどんな思惑があろうが、アランファミリーは秩序を与えていた。それが壊滅し再び無秩序な小集団となったギャングは、己の生活と欲のためにまた活動を再開するだろう。具体的には窃盗、粉製造、武器売買、そして一番に、旧アランファミリーの勢力圏取り分を巡る諍い。このウルティスは、一時的とはいえ更なる治安の悪化が予想された。

 悪者が世に出れば、クリス達掃除屋の出番だ。

 警察は膨大な仕事量に対して薄給で、チップ等を別途受け取ることで生活の糧としている。そのチップを、彼らなりのやり方で資金を得たギャンググループが支払い、犯罪を見逃してもらうという流れが出来てしまっている。一言で言って汚職であるが、それを改善するだけの人員を現在の国は持たない。しかしこれ以上の悪化は抑えたい。そこで「まともな人間によるまともな組織」が匿名で、警察が把握している分のギャングを始末してくれと依頼を寄越すのである。もちろん、資金力のあるギャングが対抗ギャングに対して依頼をすることもあるが。


「エリーも言ってたけどさ。軍隊やめても国の言いなりってのは、まぁいい気分じゃないね」

「どんな理由過去があろうと、あなたはここの国民。従うのは当然じゃないかしら」

「いいように使われてる感覚が嫌いなの。ま、書き入れ時と思ってせいぜい稼がせてもらうわよ。ね、エリー」


 同意を得ようと、クリスは隣の席に付いていた女性に声をかける。

 だが反応はない。ここに至るまで沈黙を守っていたエリーは腕を組んで、椅子の背もたれに少し体重を預けた状態で、すぅと小さな寝息を立てていた。

 彼女の朝は例外なくこうである。かろうじて自力にて起床し、クリスに引っ張られる形でレアの店にたどり着くと、腹の虫が鳴らない程度に飲食し、あとはスタイル様々に昼近くまで二度寝に入る。

 昔は、というにも2年近く前の話だが、軍属の時は朝の弱さこそあれこんな眠り姫ではなかったのだがとクリスは呆れ、しかしいつもの事なので気を取り直すと、クリスはさっぱり似ていないエリーの声真似を始めた。


「うん。エリー、クリスの事だ~い好き」

「虚しくならない?」

「寝るエリーが悪い。そうそう、これ話したっけ? 一昨日の件の時にさ、いたいけなクリス様は逞しい男に襲われたわけですわ。でまぁ、エリーがクールに助けてくれたんだけどもね。その時エリーが、涙声で私の名前を」


 当人が寝ているのを良いことに、思い出話に尾ひれと背びれに胸びれを脚色し語ろうとしたその時。

 店の扉が開かれた。

 この店は飲食店の体をしているが、掃除屋が来て仕事を受注する場所だ。飲食店らしい看板も掲げていない以上、ここに来る来客はつまり関連した人間という事になる。果たして関連した人間、黒を貴重としたゴスロリ服に身を包んだ少女と、そのお供の少年の掃除屋二人組が、やってきたのだ。


「‥‥‥」


 そんな二人組を、クリスは横目で一瞥。話そうとしていた会話も切って口を閉ざし、一度は目を通して投げ捨てた新聞紙をまた手元に引き寄せた。もちろん、エリーに至っては起きることすらなく眠り続けている。

 無言空間の空気の重さを感じたかそうでないのか、二人も黙って歩を進めてカウンター席に座る。


「おはようございます、レアさん」

「おはようジゼット。食事、それとも仕事?」

「食事で。トーストとホットミルクを二人分」

「えぇ」


 注文品を用意するため、レアはカウンター内で作業に入る。


「レアさん。振込みはいつになるかわかりますか」

「金額は確定したそうだから、2・3日というところかしらね」

「あの、レアさん」

「なぁに」

「紹介が欲しいんだ」


 レアは手を止めない。動じた様子はなく、ただ今日の天気の話をしているかのようにすらすらと続ける。


「それは、お引越しと言うことかしら」

「うん。予想外にいい収入があったから、旅行の路銀にはもういいかなって」

「こんなものでいいの? 交通費、宿泊費、もちろん食費に弾薬代も。すぐになくなると思うけれど」

「現金をそんなに担げるわけじゃないから」


 俯き加減に無言を貫くリリアに対し、あくまで静かに紳士的に、ジゼットは応対する。それがこれまでの旅での、彼の役割だった。


「さっきもクリスと話していたのだけど、しばらく仕事が増える見込みよ。稼ぎ時と言う奴。どうかしら、ね?」

「この町は、住むにはあまり良くないから」

「そうね、居住はオススメできないけれど。でもね、私はジゼット君ではなく、あなたに聞いているのよ」


 ミルクを火にかけながら。

 レアは微笑みと眼差しを、ジゼットではなくリリアに向けて。






「リッパー」






 瞬間。

 リリアは手を入れていたポーチからサブマシンガンを取り出し、カウンター越しにレアの頭へと銃口を突き出した。セフティレバーは既に回してあり、後は指ひとつで弾丸が吐き出せる。銃弾に当たれば人は死ぬ。

 それでもレアは笑みを絶やさない。二人の間を取り持つ役であったジゼットは、もちろんリリアを止めるべき立場である事はわかっていたが、両者の間で視線を泳がせている。

 何もいえなくなった少年に代わって、クリスが横から口を挟んだ。


「やめときなさい。リンクスブローカー殺しは、警察の手配書に乗るより怖いわよ」


 語るクリス。左手にはまだ新聞紙が握られていたが、右手は腰のUP45ハンドガンに伸びていた。

 ブローカーはパイプだ。いなくなれば依頼主も、傭兵も困る。そのパイプを切った人間は誰かと、捜索が始まり情報が回り始める。

 レアは名目上でもリンクスと言うフリーランスの集合体に所属しており、所属ブローカーが殺されたとなれば組織全体が警戒をするようになる。顔と名前が知られれば最後、直接的に報復行動がある可能性は低くとも、要注意人物の指定になれば仕事の斡旋はまずなくなる。繋がりを切られれば、それは社会的な死に繋がる。クリスが銃に手を伸ばしたのは、世話になっているブローカーが死なれると困るからだし、レアを撃ったその流れで飛び火されるのを警戒しての事である。

 リリアはギッとレアを睨んでいた。睨んで。


「‥‥‥。知ってるわ」


 本当に知っているのか疑わしい不服顔で、それでもリリアはサブマシンガンを手元に寄せるとセーフティをかけ、再びバックに仕舞った。ならばと、クリスもハンドガンから指を離す。

 騒乱が一応去ったことで、レアは誰にも気づかれないよう小さく、小さく一息。多分撃たれないという自信はあったが、相手の気まぐれひとつ指先を弾くだけでそんなものは消し飛ぶのだ。緊張しないわけがない。

 そして気分を落ち着けた後は、話の続きにかかる。


「ジゼット。申し訳ないけれど、あなたの申し出は受けれらないわ」

「紹介状はくれない、ということ?」

「ウルティス一夜の惨劇を演出してくれたのがあなた達だということは、クリスから聞き及んでいる。あなた達が早く町から出たいのも、有名税の支払いを拒否したいからというのもわかる。そちらの都合はわかるけれどね。悪いのだけれど、町を荒らして逃げようとする子犬ちゃんの紹介はできないわ。責任が付きまとうからね」

「構わないよ。次の町のリンクスの場所は自力で探す」

「それを私が許すと?」


 ガスコンロを止め、温め終わったホットミルクをカップに注ぎながら、レアは続ける。


「一昨日の件を誰がしたのかと、リンクスは捜索に入っている。そしてそれを今、私が黙秘の行使によって情報流出を止めている。リンクスの取り決め、必要情報の共有と言う了解を無視してね。あなた達は今、私によって生かされているわけ。この辺を恩義に感じてもらえると、この後の話がやりやすいわ」

「それは知らなかった」

「もちろん、うまい話には裏がある」


 言いながら、リリアとジゼットにホットミルクを差し出し。

 レアはどこまでも微笑む。余裕のある態度を見せるというのは、相手に自身が劣勢であると心理的効果をもたらす。


「アランファミリーの消滅によって、今後しばらくは治安の悪化が予想される。この店の立地自体、安全地帯とは言い難くてね。もう少し町がマトモだった頃は、そうでもなかったのだけど。店を開く場所、もっと吟味すればよかったわ」

「引っ越したらいいのに」

「検討中よ。それで、そんな中で店に出入りしている掃除屋が増えた。私としては是非、今後の治安悪化に備えて留まってもらって、ここに出入りするついでに身を守って欲しいわけね」

「いつまで?」

「場が落ち着くまで。その時は紹介状も出しましょう」


 それは気の長い話だ。これから社会の裏側では、銃と言う力を握って生きようとする人間達が、アランファミリーが管理していた勢力域を奪い合う戦いが始まる。一昼一夜で終わるわけがなく、進捗次第でそれは年を跨ぐことにもなるだろう。その間、リリア達はずっとここに拘束されるという事であった。

 紹介状ひとつのために。

 しかしそれこそが、リリア達の一番突かれたくないところ。


「あなた達が前にお世話になったブローカー、マイヤーもそうだったわね。リンクスの本拠ではなく、小さなブローカーを選んで渡り歩いている。君にはリンクス本拠に近寄れないか、近づきたくない理由がある。でも、私の紹介状をもらえれば、そこに近寄らずに小銭稼ぎが出来る」

「参った。降参だよレアさん」

「ジゼット!」


 小さく両手を振って降参の合図を出すジゼットに、リリアが吠える。

 早く町から離れたいという自身の用件が叶わない事に、しかしジゼットは首を横に振って彼女を制した。


「しょうがないよ、リリア。そのうち紹介状を書いてくれると言ってくれただけでも御の字なんだ。レアさんの言う通りにした方がいいと思う」

「長いものには巻かれろ。抗わないのも生きるコツよ、君は実に賢いわ」

「その代わり」


 ジゼットの言いたい事は、ただひとつ。


「えぇ。君達については黙秘を貫くわ。必要であれば、お金を受け取って次の町へ向かったことにもする。だから、派手な行動を控えてね。次にまたスプラッター映画ばりの血染めアートをしたら、どうなるかは想像にお任せするけれど」

「うん、わかった」


 仕方ない、という思いを隠さず表情に出して、ジゼットは頷く。一方でリリアはそれすら嫌らしく、むぅと頬を膨らませたままホットミルクに口をつけていた。

 そして、唇を尖らせて。


「私、悪い事してないのに」

「リリア」

「大丈夫。ジゼットの言う事は聞くわ」

「うん」


 やや気まずくなった二人の空気に割り入って、レアはトーストを差し出す。

 とりあえずの仕事を終えたところで、レアはリリアが銃をしまって以来、知らん顔をするクリスに向いた。彼女にも話があるのだ。


「クリス」

「え、私?」

「今後しばらくは、この二人と一緒に仕事をしなさい」


 言葉に、クリスは自身の耳を疑った。

 何が悲しくて子供の面倒を見なければならないというのか。それも、片方は異常な惨殺アートを繰り広げたと思われる、出来れば関わりあいたくない奴である。加えて我侭じゃじゃ馬なのはわかりきっており、制御などできようはずもない。

 何より。


「何で私が」

「理由はいくつかあるわ。あなたの情報漏洩のおかげで今回の件が起きたとも取れるから、責任を取りなさいという事。4人で行動したほうが、この子達は要らない面倒を抱えるリスクが減るから」

「自分のケツは自分で拭くって言葉もあるわよ」

「じゃあ、今からリンクスに電話したら? 一昨日の件で彼らがざわめいているのは知っているでしょう、いい賑やかしになるわよ。情報料もでるかも」

「あのね。私はそこまで悪趣味じゃないの。だいたい、自分の中でも折り合いついてないんだから」


 クリスが苦い顔をする。

 あの光景はクリスを閉口させるのに十分な衝撃があり、「なぜ、どうして、どうやって」という単語が脳内を巡っているのだ。それに、急に体調を崩したような様子になったリリアを放っておけず、車で送迎してしまったと言うこともあり、つまり自分があの現場から二人を逃がしてしまった形になったことも悩みの種になっていた。

 あの現場を見てリンクスが騒いでいるのは知っている。わざわざリリアのせいですと言い出す気もなかったが、このまま黙っておくべきなのか、クリスは答えを出せずにいる。エリーにも一部始終を伝えて意見を求めたのだが、その肝心の愛想ない相方は、リリアの体調不良を目にした上で「そう」と一言呟いたのみ。リリアを車で送迎する間、エリーがバックミラーで様子を確認するそぶりを見せた際に冷たい感情は感じなかったので、エリーなりに何かしら気にかけているのだろうと、そう推察するだけで一杯であった。

 考えることが苦手なクリスがそれでも頭を悩ませていると、レアが詰めの一言。


「通報はいつでも出来る」

「はぁ。まぁ、そうね。ったく。ほいリリア」

「何よ」

「不服なのはお互い様、その上で、仕方ないから4人で一緒に仕事ね。リーダーは私、私の指示には従う。おーけー?」

「‥‥‥わかったわよ」


 言いながらも頬を膨らませるリリアに、ジゼットとレアは困った顔を浮かべた。




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