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1-13 子供




 エリーの銃弾による戦果確認も済んで、クリスは改めてその死体に手を伸ばした。

 頚椎破砕という、どんな人間だろうと死ぬであろう損傷を負って止まったのはいい。しかしそれ以前に、その胴体で9ミリパラベラム弾を複数発受け止めているのだ。こんなゴロツキでも、アランとそのほか幾人かは西の国の出身。側近に近い人間には防弾ベストを支給していたのかもしれない。着込んでいるならここから先、本丸での銃撃戦では、頭部などの致命打になりやすい場所を狙わないと、拳銃弾たる9ミリパラベラム弾では貫徹能力が厳しくなる。

 だから、確認の為に死体の服に手を伸ばし、そしてめくって見る。

 そして、クリスは顔を引きつらせる。


「何、こいつ」


 防弾ベストなど着用していない。ただの生身の人間であった。

 銃弾が当たれば人は死ぬ。当たり前だが、実のところそうでもない。弾丸の種類や命中部位はもちろんのこと、被弾に対する認識や宗教文化的要素でも大きく変動する。撃たれれば死ぬと思っている気弱な人間であればたとえ22LR弾が腕に当たっただけでもショック死するし、逆の認識を持つ精神的強靭な人間であれば、文字通り人体の急所を砕かれ肉体的限界が来るまで動き続ける。それはクリスも知識として知ってはいたが。

 だがいざ目の前にした今は一言、「異様」であった。

 直前で粉でもキメてたりでもしたのだろうか。ああいうものは意外と効果は高いらしいというのも知っていた。


「‥‥‥」


 兎に角、死んだのだ。

 にわかに、廊下が騒がしくなり始めた。

 気を取り直して放り捨てた弾切れのC5Kサブマシンガンを拾い、リロード。中身さえ入れ替えれば複数回使用できる閃光手榴弾も拾って、クリスは部屋を後にする。エリーへの連絡も忘れない。

 予定ではこのままエリーの射線の通る部屋を順繰りに制圧していくつもりだったのだが、たった今、単独の身で死に掛けたばかりである。勘は働いていないもののそんな強気に出る気は起こらず、廊下に敵がいないことを確認して小走りで攻撃発起点たる階段まで戻る。どうせ下のスイーパー達が上ってくるだろうし、騒ぎを起こしても確認に来る人間がいない程度にここの敵は手薄らしいとわかっただけでもう十分であった。

 ではどうするか、となると。


「あいつら、大丈夫かね」


 たった二人で中心部に殴り込みをかけた子供が心配である。敵側にさっきみたいなキチガイ人間がいないとも限らない。

 本当は攻めたくはないが、放っておくわけにもいかないか。そう考え。


「エリー。6階の本丸いくよ」

「了解」

「そっちからは6階の様子はどう?」

「静か。顔を見せてこない」

「6階は確か大部屋あったよね。そこで立て篭もりかもしれないねぇ」


 6階はこの建物の最上階だ。立て篭もるならまず間違いなく選択されるだろうし、それには大部屋はうってつけだ。

 敵の最終防衛線は、その大部屋を陣地にした篭城だろう。その付近で二人が攻めあぐねて対峙しているというところか。つらつらと考えながら、クリスは階段を慎重に上っていく。子供二人はとっくに死んでいて、そいつらを殺した敵と階段で鉢合わせ、などとはさすがに勘弁であった。あって数日の人間とはいえ、死体になって出てこられても気分が悪いだけだ。


「?」


 しかし程なくして、クリスは違和感を感じた。

 今は5階と6階の間の踊り場。上で暴れているなら銃声やスラングの大声など何かしら聞こえてくるはずである。だが、上のほうからはそういったものが聞こえない。

 匂いはする。戦場であまりにも嗅ぎ慣れた火薬の焼ける臭いと、掃除屋になってから間近で目の当たりにする機会が増えた血の鉄の混じったような臭い。そして、腐り始めた肉が放つ、鼻がもげそうになるあの臭い。

 訝しみながら、彼女は6階に到着する。

 やはり音はない。わずかにうめき声のようなものは耳に付いたが、外や階下での賑わいと隔絶されたように、そこは静寂であった。

 廊下に顔を出してみる。

 そこにはいくらか人間が転がっていた。見た感じ既に息絶えており、体に穿たれた穴や壁の銃痕などからどうやら銃弾を浴びたものであるらしいこともわかった。それは近づいて確認して、改めて確信に変わる。

 つまり、ここに攻撃を加えた人間、あの子供二人がやったのだろう。

 一応程度にサブマシンガンを構えて転がる肉塊やドアなどを警戒し、なお進む。一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりと。

 次に見えたのはバリケードだ。廊下に放り出された中々の厚みの机。効果のほどは兎も角明らかにアランファミリー側が用意した代物であり、その証拠にバリケードのこちら側には遺体はなく、それは奥のほうで転がっている。遮蔽を作って応戦したが、それも突破されたという事らしい。


(さて、どういうことかねこれは)


 さすがにアランファミリーの中枢となれば、そこそこ腕の立つ人間もいただろう。そんな人間がバリケードを用意していて、死体もあるべき場所にある。まともに撃ち合ったと思われるが、それで突破した。同じことを考えてリリア達と行動を共にしたスイーパーがいたのだろうか。そうでなければ。しかしそれにしては、味方掃除屋らしき遺体や血痕はない。

 銃声がないという事は既に戦闘は終了しているということ。アランファミリー側が勝ったのなら、今頃怒号と悲鳴でこの階は大騒ぎのはずだ。しかしこの静けさ。




 この転がっている遺体と、これから目にするであろう同様のそれを、すべてリリアとジゼットが殺しつくしてしまったことになる。




 そんな馬鹿な話があるか。きっとここの防備は手薄で、アランを含む幹部連中は何かを察知して逃げ出したか、今まさに下で掃除屋の防御線を突破しようとしているに違いない。そうでなければ説明が付かない。

 大部屋前に到着した。扉は開け放たれていて、そこからは入らなくてもわかるほどの死臭がする。ここまできて、やはりアランファミリーの生者とは遭遇しなかった。

 むせそうになるその空気をクリスは口から吸って、吐く。息を落ち着けてから。


「リリア、ジゼット。生きてる~?」


 殆ど確信であったが、それでもいつも通りを勤めて、大部屋にも聞こえるようクリスは声を上げた。

 返答は、あった。男の子の声。


「クリスさん?」

「クリス様よ~。入るから撃たないでよ」


 返答してきたジゼットに断って、クリスはバリケードを迂回しながら大部屋へ。


「いやぁ、あんたら無事‥‥‥」


 そこで、言葉が詰まる。

 その大部屋はいくつものテーブルと椅子が転がっていた。皆で揃って食事を取ったり、あるいは集会を開く場であったのだろう。それらは扉からの襲撃に備えるべくバリケードとして使う為、横倒しにされている。間違いなく迎撃の準備は一定できており、ここからまともにやるならそれこそフラッシュバンのような範囲投擲物や、バリケードを抜けるだけの破壊力を持つ銃が欲しくなってくる。

 そう。ここでは今もなお、銃撃戦が続くべきなのだ。

 だがクリスを迎えたのは、部屋に充満したむせ返るほどの血の臭いだった。

 それだけでもクリスの顔を引きつらせるのに十分であったが、目に付く異常はクリスの感情を越えた。

 近場の、体や衣服に銃創がある死体。わかる。扉付近で待機していて、当たり前に撃たれたのだろう。

 部屋の奥、壁に背を預けている死体。わかる。これにも銃創がある。

 その隣。

 右目にスローイングナイフが深々と突き立っている死体。同様に首元にスローイングナイフが刺さっている死体。その精度にも驚嘆だが、スローイングナイフとは、これほどに肉体に突き立つ代物なのだろうか。

 肩口から中心部にかけて、大きな大きな切り傷のある死体がバリケードにもたれている。遺体の手には当然のように銃が握られていたが、その傷はもはや銃やナイフなどではない。もっと大きな刃物によるものだ。つまり誰かが、銃を持つ敵に対して刃物による白兵攻撃を行い、しかも勝ったことになる。

 そして、部屋の中は全滅していた。

 傍らにいる少年と、もう一人、部屋の奥で佇んでいる少女を除いて。


「何、これ‥‥‥」


 その少女を見つめる。

 声に反応したのか、少女は振り返った。


「あは、クリスだぁ」


 笑って。

 ずるりと、手にした血染めのスローイングアックスを、死体から引き抜きながら。

 彼女は随分と綺麗だった。怪我どころか、銃弾が掠った痕跡すらない。わずかに、白兵で浴びたのであろう少々の返り血が、黒のコスチュームに目立たないようにかかっているだけ。

 そんな少女は無邪気な笑顔で。


「リリア、あんた」

「これが標的だよ、本人も確認取ったし」

「あんた」


 声を絞り出す。


「何をやったの」


 問う。

 ありえない。

 ありえないのだ。

 だがリリアはそれには答えなかった。風邪引きのように頬を上気させて、荒く息を吐く。


「なにってぇ、依頼だよくりすぅ。これでえっと、100万と‥‥‥あは、わかんないや」


 笑って、血塗れた斧を遺体の衣服に押し付けてふき取り、リリアは道具をバックに仕舞う。

 リリアはジゼットの元へと駆け寄り、そして熱く抱きしめる。まるで介抱するかのように。

 リリアの呼吸間隔はどんどん短くなって、玉の汗も額に浮かべ始めていた。

 明らかに様子がおかしかったが、彼女に駆け寄って声をかけられるほど、クリスは部屋の惨状を受け入れてはいなかった。ただ、その様子を脇で眺める。


「あつい‥‥‥あついよぉ、ジゼット‥‥‥」

「帰ろう、リリア」

「うん‥‥‥」


 何かを強く求めるように抱きつくリリアを抱えて、ジゼットは部屋を後にしようとする。

 クリスにはどう知ればいいのかわからなかった。目の前のコレを問い詰めるべきなのか、体調を崩したらしいリリアを心配すべきなのか。

 悩んで、真っ白になりそうになる頭で悩んで。


「‥‥‥車で送ってあげるから。そこまで歩けるわね?」


 クリスにできたことはその最低限の気遣いと、そして、それを口実にこの異常空間から逃げ出すことだった。





1部、終了。次回から2部です。

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