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1-12 エリー




 クリスの突入援護をして弾倉を交換したエリーは、伏せ撃ちの体勢のまま時間を持て余していた。

 現在エリーの見える範囲では、外からじっくりと射撃戦を行うスイーパーチームと、これ以上中に進入を許したくないアランファミリーのチームとの間で、建物の壁を挟んで射撃戦が行われている。とはいうものの、いまだ夜闇に紛れられてマズルフラッシュを頼りに撃ち返すしかないアランファミリーに対し、窓と言う限定範囲から頭を出した時に狙い撃ちすればいいスイーパーチームでは、遮蔽の優位があるといっても戦況は歴然。狙い撃ちする為の狙撃班もエリーを含めた3名が既にスタンバイ済みの状況の中、アランファミリー側は頭出しっぱなしにはできず、現状は圧倒的にスイーパー達の優勢である。

 敵が不用意に頭を出してこなくなった為、必然とエリーの仕事も、この150メートルほど離れた場所から「睨む」以外にない状態であった。もちろんそれも敵の頭を上げさせないという大事な仕事ではあるが。

 優先援護目標たるクリスも、エリーの銃弾が届くゾーン外で行動中。


「こっちは賑やかだよエリー。ダチランであったよね、一晩中迫撃砲か何かで砲撃されたの」

「そうね」

「あの時はさすがに眠れなかったよね」


 そして無駄話を飛ばしてくる。クリスはいつも気楽だ、しかしそのノリの軽さは、こちらの気分も軽くしてくれると考えながら。

 アパートに取り付いた部隊がいる時点で、奇襲は成功したも同然である。主たる戦場は建物内部へと移行していた。このままここに居てもエリーがやれる事は数少ない。室内戦で圧倒的に取り回し辛いマークスマンライフルであるが、さすがに前に出るべきだろうか。マークスマンライフルはボルトアクション式と違い、ある程度近距離も対応できるのでクリスと肩を並べて仕事をすることもあるのだ。

 エリーは口を開く。そして、息をついて閉じる。

 必要ならクリスから要請をしてくるだろう。それがないのなら、やることは今のままだ。エリーはやや落ち着かない気分になりながらも、スコープを望遠鏡代わりにして眺める。

 スコープの端で影が動く。窓から距離をとればまだ狙って撃てると思ったのだろう、クロスヘアを向けると敵が銃を構えている。下にいるスイーパー連中からはどうかはわからないが、少なくともそこそこの高さの建物の屋上にいるエリーからは丸見えであった。

 だから、狙う。頭を狙う。手足よりも胴体よりも、当たれば敵を沈黙させる可能性の高い場所。

 いけると踏んで覚悟を決め、トリガーを引く。音が鳴る。

 それで、敵は倒れた。


(‥‥‥頭)


 狙った通りに弾を送ることが出来て、エリーは息をつく。

 さらに、敵が姿を現したことのある他の窓を見張っていると。

 にわかに様子が変わる。それまで好き勝手にばらばらと弾をばら撒いていた外の組のスイーパー達の銃撃音が緩んできたのだ。どこかから頭を抑えられているのかと、エリーはスコープから目を離して全体を確認するが、本丸の窓には特に異常はない。

 なら、一部がさらに内部に突入して外の人数が減ったのか、それとも敵の防衛人数が減ったのか。そう考えていると、指揮官に渡されたほうのトランシーバーから音声が流れてきた。


「狙撃班へ。本丸隣の赤い建物。4階左から3番目の窓にスナイパーだ。バルベル、お前の位置からいけるな。対応しろ」


 そちらの建物にも手の人間がいたということだ。そいつが、味方の頭を抑えているということだ。

 トランシーバーでは指揮官がもう一度バルペルという射手の名を呼びかけるが、応答はない。

 死んだらしい。

 恐らくは、その相手射手が凶弾を放ったのだろう。


「ケルン、エリー。対応可能か」

「こちらケルン。ここからでは狙えない」

「確認中」


 答えて、スコープと銃口を向ける。

 指定された窓は、電気が落とされていた。ナイトビジョン機能のないエリーのスコープでは、敵射手の姿は判然としない。

 いや。

 本丸の明かりによってわずかにだが、人影の輪郭が見える。夜闇によってクロスヘアも大分見辛いが、銃を構えなおして照準。恐らく頭であろう箇所を狙う。7.62ミリ弾ならクラスの高めの防弾チョッキでもほぼ確実に無力化できるが、それをしなかったのは「確実に無力化したい」からであった。頭蓋なら、弾が滑るかもしれないが、貫けば身も蓋もない。

 それに、思いがある。

 この程度で、銃弾を外していられない。と。

 自身の罪。

 頭を狙う。

 指を弾く。

 サプレッサーの付いていないH28A2の銃声が遠慮なく、しかし簡素にひとつ、響く。

 スコープの先で、影がやや動いた。そしてそれきり、何の反応も見えなくなる。

 いったとは思うが、確認が取れるかといわれれば判然としない。セミオートの利点を生かしてもう数発叩き込むべきかをエリーが悩んでいると。


「ターゲット。よくやった」


 指揮官の言葉で、事が終わったと理解した。下の連中にも、じきに指揮官の口から敵スナイパー排除の報が届くだろう。

 仲間を守れてよかったとか、無事に殺せてよかったとか、そんな感想はエリーにはない。顔も知らない部隊も違うただの同業を仲間と思えるほど、お人よしでもない。

 ただ、苦く感じる。だから指揮官にも返答もしてやらない。

 誰かを殺して誉められる。

 それが軍での価値。

 誉められたい為にやっているわけではない。それが間接的に誰かを守ることだとしても。望んで殺しをやっているわけではない。なのに誉められる。だから、食うに困って志願こそしたが嫌いだった、軍が。

 不機嫌になりながら、バイポッドを設置しなおして元の任務に戻る。指揮官の指示を叶えてやるより、いつでもクリスの援護が出来るようにしなくてはならないのだ。クリスが戦うことになるであろう、本丸の左側半分を特に重点的に見張る作業に戻る。一人でも倒せれば、その分彼女の危険が減るから。

 待つ。トリガーチャンスを。クリスの指示を。

 そして、トランシーバーにノイズが乗る。

 来た。


「エリー。5階一番左の窓、そこ今から制圧するから、援護よろしく」

「了解」


 いよいよクリスが動くらしい。銃に刺さった半透明のマガジンを見ておおよその残弾を確認してから、エリーは集中力を高めて、指定された窓を見張る。記憶が確かなら、そこにも最低で1名は敵がいたはずであった。だが目は細めておく。クリスのことだ、閃光手榴弾を使用するはずだからだと。

 そして、やはり閃光。

 夜闇を貫く輝きが去るのを待って、眼を開く。丁度、窓に張り付いていた敵の一名が、9ミリパラベラム弾を浴びて倒れこむところが見えた。さらにC5K特有の激しいマズルフラッシュが連続した。どうやら自分の視界外にもう何人かいたようだとエリーは理解する。

 そして、見慣れたズボンを履いた誰かの足が見えた。閃光手榴弾の後の突入だ、敵はろくに反撃できなかったらしい。


「5階左銃眼制圧。いるのは味方」


 指揮官に渡されたほうのトランシーバーで一方的に呼びかけて、クリスへの誤射を防いでおく。

 クリスは順繰りに、こちらの射線の通る部屋を制圧するだろう。ならばと、クリスのいる部屋のすぐ隣に照準を向ける。

 部屋の電気は落ちていた。窓枠や部屋そのものに、スイーパー達の銃弾が襲い掛かった痕跡もない。どうやらその部屋には元々敵はいないのだろうか。それでも警戒するに越したことはないので、一応見張っておく。

 異変は起こらない。それならそれでいい。

 しかし。

 部屋は制圧したというのに、クリスから連絡がない。

 攻撃も後退も、やる時は連絡が来るのに、来ない。


「‥‥‥?」


 疑問に思ったエリーはスコープを望遠代わりにして、視線をクリスの部屋に戻す。

 彼女は何かを足蹴にしていた。多分敵の死体だろう。死亡確認をわざわざ入念にしているようだ。

 下手に起き上がって反撃されることを考えれば確認作業は大切なことだし、クリスもこういう行動を取ることがある。そしてそういう時、まだ息があって抵抗する意思があるときがあることもあった。わざわざチェックを入れるのは、また彼女の言う『勘』とやらだろうか。

 クリスの『勘』はハウンドだった時から不思議とハズレがない。根拠も論理もないが、彼女が何かあると言えば何かしらあることが殆ど、いや、絶対だった。その点は信用していたので、エリーは今現在クリスのいる部屋に照準を置いたままにした。何か動きがああればすぐに撃てるように。

 じっと、見守る。

 やがて納得したのかクリスはくるりと向き直って。

 マズルフラッシュの光。

 銃撃だ。


「‥・・・・!」


 エリーは慌てて集中力を高め、構える。

 クリスは腰のハンドガンを抜く動作を見せた。だがそれがすべて実行される前に、何かの影がクリスに迫り、彼女を押し倒した。

 それがアランファミリーの人間なのか、味方誤認したスイーパーなのか。そんなことは確認できない。どうでもいい。影が、人が、クリスに馬乗りになり、何かを振りかざす。重要なのはそれだけ。

 時間がないことをもたもたと脳が理解する前に、トリガーに指をかける。

 その陰に照準する。狙うのは頭、悪くて正中だ。下過ぎればクリスに当たる。即座に無力化するにはそれしかない。

 だが。

 唐突の事で動揺していたエリーは、その照準もまだわずかにブレている。

 だがもう待てない。

 息を止めて。

 引き金を引く。

 だが、ゆっくりと絞るように引くべきトリガー、その指に力を入れすぎた。ガク引きと呼ばれる、銃がぶれてしまうトリガーの引き方だ。

 照準が下にぶれる。あっと気づいた時にはもう遅く、銃弾は吐き出された。

 時間が止まった、気がした。

 狙ったところに飛んだかもわからないまま、エリーはスコープを覗き続ける。

 スコープの先の標的が振りかぶっていた手を既に下げきって、クリスに覆いかぶさるように前のめりに倒れるのが見える。

 それが銃弾で無力化したためか、それともトドメに体重をかけて、ナイフをクリスに押し付けているのか。どちらにせよ、今から撃っても何もかもが遅い。だから、息を呑んで見つめる。

 標的はそれきり動かない。

 それはつまり、クリスもまったく抵抗をしていないという事。


「クリス‥‥‥」


 呟く。

 戦争の為に軍に入って、お金も勲章も、名誉も地位もなくただ、明日の為に戦った。

 神に捨てられた。国に捨てられた。残ったのは。

 視界が揺れる。手が震える。息が詰まる。喉が渇く。

 クリスに繋がるトランシーバーのスイッチを入れる。

 もし。

 もし、応答がなかったら。


「‥‥‥‥‥‥、無事?」


 短く呟いて、間を置く。

 願うように、待つ。

 ‥‥‥。

 応答は。

 ない。


「‥‥‥っ! クリスっ!?」








「愛してるわよ、エリー」








 殆ど悲鳴を上げる直前で、トランシーバーから声が届いた。聞きなれた声。

 クリスだ。

 唾を飲み込み、荒くなった息を整えて、エリーはひとつ、深くため息。

 トランシーバーの向こうから、声は届く。


「ふふん、どうしたのエリーちゃん。そんなにクリス様が恋しかった?」

「生きてるなら応答して」

「男に押し倒されて一服してたんでね」


 立ち上がるから間違って撃たないでよ、と声かけして、クリスは先ほどまで生きていた肉塊を苦労して脇にどかし、彼女は起き上がる。エリーの放った銃弾は、クリスに凶刃が届く前にしっかりと標的を捉えていたのだ。

 しかしあんな撃ち方で、照準した頭を正しく貫いたとは思えない。一体どこにラッキーショットしたのか。


「どこに当たった?」

「私は怪我してないよ」

「敵」

「さっきからエリーが冷たい」


 やや不服げのクリスだが、エリーの撃った敵をこれまた足蹴にして。


「首っぽいね。多分頚椎貫いてるんじゃない?」

「そう」


 頚椎あたりとなれば神経やら血管も集中している。それならほぼ即死だろうと考え、事実それに近い状態で男は絶命していた。

 急所を貫いて確実にしとめる。これだけ聞けば確かに完璧な仕事だ。だが。


「また」


 エリーは息を吐いて、瞳を閉じる。

 それではいけないのだ。

 完璧に当てて、完璧に援護をしなければならないのだ。

 今度こそ。

 仲間を失わないように。

 だが。


「また。外した」

「うん百メートルで全部標的真ん中に飛ぶわけないじゃない」

「ん‥‥‥」

「エリー」

「何?」


 もう少しで、自分の失敗でクリスが死ぬところだったのだ。そう自己嫌悪で気を落とすエリーは、それでもクリスの無線に応対して。


「助かった、ありがと」


 それは、きれいに射撃を決めて指揮官に誉められるよりも。そんなこと比べ物にならないほどに、貰ってうれしい言葉。

 命を助けてくれてありがとう。

 その言葉のために、この結果のためにずっと銃を持っている。たまたまだが今回は成功した。納得のいくものではないが、終わりよければ、と言う奴だ。

 次はより完璧にしよう。そう心に決めて。


「‥‥‥ん」


 いつも通りを勤めて、返答になっていない返答でエリーは返した。




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