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1-11 クリス



 ギャング達は、それぞれの売買の際には見張りを立てる。

 これはもちろん見られれば逮捕案件であり、稀に仕事をしだしたり気まぐれに巡回に来る警察への対応として日常的に行われている。はした金といえどストリートに落ちた子供には大金だし、子供といえど、特徴的過ぎる警察車両に制服警官相手なら見張りと言う単純な仕事ならこなしてくれる。だから取引を行う日中は警戒態勢を敷いている。

 だが、夜はこのようなやり取りはほぼ行われない。各々が拠点に戻ってそれぞれに楽しむ為である。人間にとって夜とはそういう時間。警察がやるのはあくまで日中パトロール。令状もなしに夜間を選んでやってくることもない。ギャング達は銃こそ携行していても、いつ誰ともわからぬ武力奇襲のために大仰に見張りを置くなんて事はしない。アランファミリーも同様であった。

 夜の通りを家壁に沿って、スイーパー達が進んでいく。ここはもう町の外れでストリートチルドレンが闊歩する地域。手入れの行き届かなくなった町並みは街灯も乏しめで、少ない住人も既に明かりを消す時間。だがそんな夜闇とはいえ、さすがに堂々と通りの真ん中を歩く者はいない。


「エリー、準備は?」

「もう少し」


 クリスとエリーが、二人でいつも使っているトランシーバーでやり取りをする。どれだけ人がいようと、多少の腕があろうと所詮は寄せ集め。指示を聞いてくれるわけでもなし、クリスが信頼しているのはエリーだけである。もちろんエリーも、クリスの支援が主眼だ。指揮官の指定する優先目標など、クリスの援護の合間にやってやる程度にしか思っていない。


「了解。さて、君らはどうする。付いてくる?」


 トランシーバーを持っていない、連れて来た子供二人を見つめてクリスが問う。知らない顔でもなし、一度は仕事を共にやった仲だ。付いてくるなら一緒に面倒を見てやろうと考えていたクリスだったが、しかしリリアは否定の言葉を口にした。


「私達は勝手にやるわ」

「僕達はあっちの建物から入るよ」


 ジゼットはそう言って、標的のアパートの横の建物を指差す。二つの建物は細い小道を挟む程度で、またその通りに面して窓が取り付けられていた。そんなに距離が開いているわけではないので、渡し板でもかければ奇襲に使えそうではある。

 進入には便利だが、この分だと味方主力は1階から順繰りに制圧していくことになるだろう。味方が到着するまで二人は敵中真ん中に飛び込んで孤立しかねない方法だが、それ以上は言わないことにした。素人と言うわけでもなし、それぞれにやり方があるだろうと考えて。


「何階に飛び込むの?」

「上よ。一番上の階」

「ほいほい。ま、死なない程度にね」

「うん。じゃあまた、クリスさん」


 言葉を残して、二人は一隊から駆けて離れていった。小さな影はすぐに闇夜に消える。


「一番上とは、いきなり本丸叩く気かね。リリアの性格だとやりそうだなぁ」

「射撃位置、ついた。付いていくの?」

「まさか。一階から順に行かせて貰うわよ。でもま、援護くらいしてやったほうがいいのかねぇ。建物の構造はっと」


 書類の中身を思い返す。アパート中央に玄関があり、入って目の前にメインとなる階段がある。そして向かって左側、今クリスがいる位置とこれからリリア達が突入しようと言う場所にはもうひとつ階段。クリスがまっすぐに上っていけば、リリア達の突入口と合流できる。そのまま上って危なっかしい子供二人の援護もよし、当初の予定通り、正面でドンパチやりあう味方主力と戦う敵を、脇からつついてやるもよし。どちらにせよ、クリスは真正面から堂々とやりあう気はない。

 どうするかは状況次第だろう。そう考え、クリスはリリア達が入っていった建物の壁に取り付いて味方の動向を窺う。

 その間にスイーパーの一部が、扉の目の前まで来た。そのうちの一人が、扉の鍵があるであろう箇所にショットガンの銃口を向けて正面に立ち。

 ガシャンと、金属音がした。

 室内から。


「―――伏せろ!」


 ショットガンの男が飛び退く。

 直後、重たい銃声を轟かせて木製の扉が引きちぎられた。内側から。

 据え付けられていた重機関銃が、アランファミリーの手の人間によって掃射された。対物ライフルにも使われる12.7ミリ弾の雨は、無用心に外で構えていた一人のスイーパーを食いちぎり、そしてあたりに開戦の合図を豪快に轟かせる。

 だがここまでは想定内だ。間を置かず、外で待機していた指揮官つきの人間4名が、アサルトライフルにつけたアンダーバレル式グレネードランチャーを構え、合図で発射。40ミリグレネード弾が二度、正面玄関内部と一階の窓ガラスを狙って斉射される。それで重機関銃は咆哮をやめた。同時に、建物に張り付いていた組が突入を開始する。

 アラン側も黙っているわけではない。襲撃を理解して、いくつもの部屋の窓から銃を突き出して外のスイーパー達と射撃戦を開始する。また、建物内部では一階はグレネードによってほぼ沈黙していたが、二階より上では一応の迎撃体制が始まっており、階段と廊下で至近での撃ち合いが発生していた。

 その様子を一通り確認し、戦線を理解してから。


「エリー、一階一番左の窓、掃除して」

「ん」


 同意と同時、一階一番左の窓から抵抗していた射手が、鼻頭に7,62ミリ弾を受けて室内に転げ落ちる。

 続けて隣の部屋の射手にもエリーは一発。それで敵は倒れる。


「ナイスエリー。そのまま上に制圧射撃よろしく」

「了解」

「行ってくるよん」


 頭を出されて突入する姿を見られないよう、エリーが引き金を連続して引いて足を止める。

 クリスが駆け出す。そして制圧した窓から内部に侵入。今はただの肉の塊となった、敵だったもの以外の姿はない。クリスと同じく裏取りの考えを持っていたスイーパーも、数名がクリスの後を付いていくように突入した。


「ん~、これだけいるなら脇腹つつくのは任せるか。一応、リリア達との合流目指してみるわ」

「心配?」

「顔見知りの死体が転がるのはご勘弁。子供だしね」


 笑って、クリスは他のスイーパー達に先行させて、自身は遊覧気分でゆっくりと階段を上る。1階はグレネードによりほぼ鎮圧済みであった。

 正面玄関を通った主力のいる階段はもとより、各部屋で散発的に抵抗をするアランファミリー、別の集合場所になったというほかのスイーパー部隊が裏口からも銃声が轟く。到底夜中とは思えない嫌な賑やかさを見せている。銃声に驚いた市民の悲鳴も聞こえ出していた。叫ぶ元気があるのなら、誤射の危険を減らす為にもさっさと離れて欲しいところではあったが、市民とは妙なところで逞しいものだ。中々自分の家から離れようとしない。もしくは平気で銃の射線に飛び出してくる。何も知らないから平気で無謀を選ぶ。

 まるで、かつて体験した戦争のように。

 嫌な記憶、闇に葬りたい記憶。思い出すと、気が気でない。だからクリスは、声の届く友人に、ついコールしてしまう。


「こっちは賑やかだよエリー。ダチランであったよね、一晩中迫撃砲か何かで砲撃されたの」

「そうね」

「あの時はさすがに眠れなかったよね」


 わざと笑って、嫌な思いを消そうとする。正直なところ、こんな時にも素っ気無いエリーの声が聞けただけでうれしくもあり、彼女の落ち着きが羨ましくもあった。

 C5Kサブマシンガンを携えて、さらに上の階へ。

 この階でも既に戦闘が始まっている。家のコンクリート壁を貫通するには威力の足りない9ミリパラベラムや5.56ミリ弾が、壁と言う遮蔽越しに応酬される。このの階も敵の人数が少ないらしい。反撃は散発的で、やがてスイーパー達によって制圧されるであろうことはほぼ間違いない。ここも大丈夫だと判断して、クリスはまたひとつ階段を上る。

 次の階でも、足の速いスイーパー数名が既に戦端を切っている。


(えっと、ここが4階で)


 次。

 こちらルートからの5階には、クリスが一番乗りとなった。そして正面玄関の主力は、3階で押し合い中。したがって、元はここに居たであろう敵の人間は下での応戦の為に移動したようで、クリスが扉を開けて中の廊下をあらためても殆ど人気がなかった。殆ど、というのは、個別に部屋の中から外に向けて応戦中の銃声が響いていたからだ。彼らは目の前の応戦に忙しくて、裏取りしてくるスイーパーへの対応までは考え至れていない。

 ここにするか、と決めて、クリスは一歩、静かな歩みで中に入る。

 そして手前の、エリーの援護が受けられる側の扉を襲撃しようと考えたところで。


(‥‥‥やっぱやめようかなぁ)


 敵が待ち伏せていたり、想定以上の敵がいる時のような「嫌な感じ」が胸に湧き始めて、クリスは内心舌打ちする。

 試しに、予定通り前に進んでみようと二歩ほど進む。しかし嫌な予感は消えない。ならばと、一旦引いて待ってみる。しかし嫌な予感は消えない。

 クリスにはいくつか選択肢があった。ここで「嫌な感じ」が消えるまで待つか、以前のアランファミリー襲撃の時よりも「嫌な」感覚が小さいことを考えて予定通り部屋を襲撃するか、いっそこの階は無視してさらに上がり、恐らく戦闘中であろうリリア達と合流してしまうか。

 嫌な気配があるからといって毎度怪我をするわけでもない。この程度の感覚であれば問題はないはず。

 悩んだ末。

 ここに敵が残っているなら、このまま上に行けば最悪挟撃されるというリスクも発生する。ここはやはり順繰りに制圧しておきたい。幸い、今なら下の階でスイーパー達が戦闘中、上でもリリア達が戦っているであろうから、この階段、後方部分は安全だ。


(やるか)


 決めて、トランシーバーに手を伸ばす。頼もしき支援者に。


「エリー。5階一番左の窓、そこ今から制圧するから、援護よろしく」

「了解」


 エリーが見張っている場所は「キルゾーン」だ。エリーはいつも必ず銃弾を届けて脅威を排除してくれる。彼女のキルゾーンはクリスにとっての安全地帯。昔から、軍属だった時からそうだ。エリーが見張ってくれているとすぐに片が付き、一方的に撃たれて押し込まれる心配をしなくて良くなる。

 安全は得た。後はやるだけ。

 未だ消えぬ「嫌な感じ」。自分の勘に従って、クリスは足音を立てぬよう扉に近づいてドアノブを掴む。鍵はかかっていない。そっと回して静かに開け、中の様子を窺う。見えている範囲で一名、外のスイーパーをブラインドショットで適当撃ちしている男がいた。

 腰に手を伸ばして閃光手榴弾を掴み、そしてピンを抜く。ドアを一挙に開け放ち、そのまま室内に投擲。

 扉を開いた音で男が侵入者の存在に気づいたが、もう遅い。目を焼く閃光と鼓膜を貫く爆音が、何の対処も出来なかった人間を襲う。

 同時に、クリスが駆けて突撃。室内に踊り込み、目の前にいた男にC5Kを向けて射撃。フルオートで放たれた9ミリパラベラム弾が次々と胴体を貫く。そしてもう一人、閃光手榴弾で悶絶している男が右側に。ドアからは死角になる位置に待機していた別の敵にもC5Kを向けて、これも撃ち倒す。死体が二つになった。

 クリスは一度部屋を見回す。だが敵はこの二人だけだったようだ。敵が、最低でも5発は銃弾を浴びて物言わぬ死体になったことを確認して。


「エリーがやるまでもなかったか」


 クリスは息をつく。

 ‥‥‥では、今も消えないこの「嫌な感じ」は一体?

 クリスがC5Kを構えなおして、もう一度撃った人間二人の体を足でゆすって確認する。だが反応はない。それはやはり、完全に死んでいた。

 こいつが動くはずはない。なら、この「嫌な感じ」はどこから。

 そう考えて。

 ドクンと、胸が強く波打つ。

 ぞわりと、来た。

 背中だ。


「っ!」


 C5Kを腰ダメに構えて振り返る。

 いたのは、中々以上の体躯をした男だった。それが閃光手榴弾の爆発音を聞きつけてやってきたアランファミリーの人間なのか、後から付いてきたスイーパーなのか、クリスには咄嗟には判断できなかった。同じ部屋に集まったとはいえ、いちいち全員の顔など覚えていられない。

 ただ。重要なのは、その男が「てめぇ!」と叫んで、ズボンにねじ込んでいた.38口径リボルバーを抜こうとしていたことだった。

 嫌な感じ、恐怖心に駆られて、クリスは引き金をぐっと引く。銃口から違いなく9ミリパラベラム弾が発射される。フルオートモードの銃から、連発される。

 銃弾は彼の胴体、そして手にしていた38口径リボルバーにも一発当たり、銃を男の手から弾き飛ばす。

 男は9ミリパラベラム弾を腹に受けて昏倒。

 しなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

(やばっ、防弾!?)


 いくつもの銃弾を体で受け止めたにも関わらず、腰からサバイバルナイフを引き抜いて逆手に持ち振りかざし走ってくる男に、クリスはなお銃口を向けてもう一度トリガーを引く。が、トリガーが引けただけで、銃弾が発射されることはなかった。

 弾切れだ。

 この緊急時にどうすればいいかは、少々の訓練を受けていたから頭には入っている。すなわちセカンダウェポンを使用すること。慌ててC5Kを打ち捨てて、ホルスターからUP45ハンドガンを抜こうとした。

 だが間に合わない。

 すぐ目の前まで接近され、振り下ろされるナイフを、咄嗟に一歩身を引いてかわす。

 それは格闘戦の心得がないクリスが咄嗟判断で出来る最善手であったが、同時に致命的な結果を生んだ。彼女の足元には、先ほどまで足で蹴っていた人間の体が横たわっていたからだ。その障害物に足を引っ掛け、クリスは背中から転倒することとなった。

 背中と後頭部を床に打ちつけて、その痛みに呻くよりも前に正面を見る。

 見えたのは、飛び掛ってくる男の姿。


「ぐっ!?」


 男の体重が仰向けになったクリスの腹部にずしりとかかり、クリスは息を詰まらせる。

 クリスは銃を手放してはいなかった。グリップを握ってはいた。だがそれは、腰のホルスターに入ったまま。

 勝利の確信に、男は舌なめずりをする、などということもなかった。下手に反撃される前にと、ナイフは切っ先をクリスに向けたまま、一段大きく振りかぶられた。




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