1-10 猟犬
ウルティス郊外のある建物、かつてレストランが経営されていたその場所。
今は無人で放置されたその場所に、重々しい空気を持った者達が鉄の塊を持って、各々に集まっていく。治安の崩壊した町で夜中に出歩く人間はよほどの馬鹿か、でなければどういう人種かは決まってくる。
エリーとクリスは既に店内にいた。二人の武器、H28A2とC5Kそしてセカンダリのハンドガンは、既に二人の手の中にある。隠すような場所でもない。
そこまではいい。
エリー達のすぐ傍の席に座る、子供二人。
IZ91を抜き身で持ってその銃身を撫でる少女と、R5-SARの銃口を上に向け携えて静かに行儀よく座る少年。
子供二人。いや、エリー達も相応の年齢の者から見れば十分に若者の部類で、4人中3人が女性。そんな異色の存在を、周りの男性スイーパー達は声こそかけなかったが、好奇の目で眺める。そんな視線を浴びながら、エリーは横にいるクリスに向いて。
「ハンナには、許可取れたの」
「一緒に仕事してる仲間ってことにしてねじ込んだわよ」
鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌なリリアを忌々しそうに見て、大きく息を吐く。そんな話は始めて聞いた、と仔細を聞こうとしてくるハンナに対して黙秘を行使するのにどれほど苦労したと思っているんだ、と続けたげにしていたが、黙っている。
なおそのハンナだが、ここにはいない。元々不参加なのかもしれないし、集合地点が別になった仲間がいる、という話を周囲のスイーパー連中が話していたのを聞いて、そちらにいるのかもしれないとも思った。いずれにせよ、クリス達にはあずかり知らぬことであった。
やり取りを思い出して渋い顔をするクリスとは対照的に、「ねじ込んだ」二人はというと至って気楽なものだ。
ただの子供なら、元ハウンドと考えればまだ理解できる。国民擲弾兵には食うに困ったストリートチルドレンや教会孤児が相当数参加しており、それを国は年齢性別関係なくとでもいうように、擲弾兵として正規軍に入れられた者もいる。事実としてジゼットの注目度はさほどではない。少年兵など、彼らは散々見てきたのだから。
だがしかし、珍しい銀髪にゴスロリ服少女となると。
「場違いだわ」
「そうね」
女性スイーパーと言うだけでも十二分に目立っている二人が、より悪目立ちしているリリアに対する感想を交わす。
そうこうしている間にもさらに人は集まり、40名近くとなる。知己か否かによらず会話をする人間、無償支給として用意された銃弾を手に取りマガジンやポケットにねじ込む人間、エリー達のように静かに席について待つ人間。様々だがひとつの目的を持った集団が、ぼちぼちと動きを止めて時計を見つめる。
針が、夜、22時を指し示す。
そして。
腰に拳銃だけを下げた40路の男が、部下らしき人間4名を連れて店の奥から出てきた。
『依頼人』だ。彼が現役の軍人であろうことは依頼から想像が付くというものだ。
「そのままでいい」
軍属の時の癖かそれとも礼儀か、起立しようとする幾人かのスイーパーを制して、依頼人たる指揮官は睥睨する。
スイーパー達と指揮官。お互いに値踏みするように眺めて、そして指揮官は挨拶もなく本題に入った。行動開始時間、大まかな作戦概要、標的たるアランファミリーの人員数及びその武装錬度などが、司令官の口から淡々と流れる。
皆、それぞれ思う通りに、至極生真面目な態度で聞く者や、欠伸でもしそうなほど態度の悪い者が、それでも言葉に耳を傾けて。
エリーは指揮官から目を外して、小さく嘆息した。
「結局、猟犬時代と同じことしてる」
命令のままに撃つ。その銃弾で誰かが死ぬ。殺さなければ殺される。仲間が死ぬ。
もう辞めたはずなのに。自分は未だに銃を持って、この指揮官の言う通りに殺して回る仕事を受けている。
「犬は所詮、犬」
ハウンドと呼ばれていたあの時から、何も変わっていない。あの戦場と、何も違わない。飼い犬が野良犬になった、それだけだ。
気分を暗くするエリーだったが、そんな彼女はふと腕を小突かれた。見るとクリスが、いつもの軽薄そうな笑みでもって小声で囁いた。
「好きに仕事して好きに稼いで、好きに飯食って好きに買って、好きに生きる。紐付きに出来ない自由だと思わない?」
「自由、ね」
自由。
飼い犬だったら毎日決まった時刻に起こされて、決まった給料が支払われ、決まった食堂決まったメニューを食べて、決まった訓練にいそしむ。必要なのは個性ではなく、命令に忠実なる無機質なる軍人である。それに比べれば、朝は好きなだけ眠れるし、仕事も選べて好きに動ける。確かに自由と言うものには、価値があるのかもしれない。
だが、それでも。
命の危険を伴う仕事、人の命を奪う仕事、安定しない収入。ごく一般的に見ればただの犯罪者。
自由とやらを得るのに、随分と失ったものが多い気がする。そうエリーは考えて、しかし思いなおす。命令で人殺しが正当化される場所へ行って、砲撃と爆撃の音を耳にしながら命令通り殺して回るよりはいいかもしれない。そうでなければ自分のやりたいことができない。
と、空気がやや重くなった気配を察知して、エリーが正面に意識を向ける。指揮官である男が、話を止めてエリーを見つめていた。内容の説明中に会話に花咲かせる女子の姿は、相応に映ったのだ。
「説明中に無駄口とは余裕だな」
「あなたの作戦を遂行してやることはしても、説教を聞く理由はない」
「お前達は軍属ではないからな、当然だ。しかしそれで人の話を覚えているならだが?」
「本拠のアパートをを正面より夜襲。うちらの反対側からも別のスイーパー部隊が攻撃をする。激しい抵抗が予想される玄関口は、必要であればあなたたちの部隊が40ミリグレネードで攻撃。市民は銃声で外に飛び出してこないとの想定で、反撃してきた者、武器所持者、その疑いのある者は撃っていい。発生する誤射について咎めはしないが、やりすぎが目に付けば相応」
「どうやら耳はちゃんと二つあるみたいだな」
淡々と答えるエリーをひと睨みして、指揮官は話を続ける。
といっても、警察の助力があるわけでもなし、参加者間の規律もなく、与えられる情報も少ない。そんな状況で綿密な作戦など作りようがないのだから、可能な限り隠密で近づき、何とかして敵を排除して建物を制圧するという概要だけだ。アランの主要構成員も全員がアパートにいるわけではない。いくらかは取り逃がすことになるだろう。
それでいい。彼らが再び力を得て今日のような騒ぎに発展するには時間を要する。もしかしたら再起不能となって地下に潜るかもしれないが、どちらにせよその時間だけ、内紛に見せかけた戦争が起こる可能性は去る。そこまでが仕事。あとはもう、汚職した警察隊がどこまで頑張れるかだ。結局のところ、彼ら紐付きが頑張らなければ、どれだけ野良犬が汚れ仕事を受けても無意味になる。
実に簡素であるが、作戦という名の概要は説明を終えた。指揮官は次に周りを見回して。
「スナイパーは挙手しろ」
呼びかけに、スイーパーの中から男二人が挙手をする。いずれもボルトアクション式のライフルにサプレッサーを取り付けていた。
エリーは手を上げなかった。スナイパーではないとの自負からであったが、それに指揮官からひと睨みされ。
「連絡は受けている。お前もだろう、金髪の」
「マークスマンよ」
「同じだ。好きに動いて構わないが、ポジションを知らせろ。こちらから目標を指定したらそいつを優先的に狙え」
指揮官から、エリーを含めた3人にトランシーバーが投げ渡された。狙撃班とは個別で連絡を取っておきたいという事らしいと、エリーは黙って理解し了承する。
そして指揮官は、改めて背筋を伸ばして見回し。
「この中には戦争を経験した者もいるだろう。そして今、仮にもそういう仕事をしている人間として、相応の腕を振るうことを望む―――解散。行け」
夜の始まりを告げる、号令。




