5-15 一緒なら
空が、明るくなりはじめている。
三つ目のマガジンを空にして、エリーは淡々とラストマガジンへと交換した。
一人で一個小隊を足止めするという戦果を出し続ける彼女はしかし、むしろ不満すら感じていた。
発射数18発、命中13発、加害数9名。負傷者数より命中数が多いのは酔狂でそうしたのではなく、腕を撃った程度ではよろけることもしないような、異様にタフネスな相手がいた為だ。恐らくリリアと同じ側の人間なのだろうと、仕方がないのでエリーは機動力を削ぐべく足を撃つのだが、味方によって物陰まで運ばれ簡易治療を施されると、魔法のような速度で戦線復帰してくる。なので体感では、頭数が減ったように感じない。
実の所は、エリーが加害した数は追撃を仕掛ける戦力のおよそ30%に相当しており、被害に耐えかねて前進を完全に止め、一班を包囲機動させ側面からエリーを叩いてくれと要請を出すほど、彼らは押し込まれていると感じていたのだが。それはエリーにはわからない。
装填。
身を乗り出して構える。
本来ならスイッチという、遮蔽物のある位置に合わせて銃の左右の構えを変えるべきだが、エリーはそこまでの訓練は受けたことがなかったし、土壇場で慣れたスタイルを変えるのは狙えないと判断して必要以上に身をさらす。
「っ!」
そして、同じ場所からしか攻撃しないエリーを待ち構えていた射撃で、左の肩口を射抜かれた。
痛みを感じ、撃たれたと驚き、エリーはよろめいて床に転がる。
ここの防衛がエリー一人であることは、さすがに相手もわかっていた。だから敵の一名が、確実に仕留めようと狙いすます。
照準するわずかな時間。
エリーが銃を持ち上げて、相手より遅まきながら照準し、相手よりも早く引き金を引く。銃弾は相手の体には至らなかったが、顔のすぐ傍、遮蔽にしていた壁に当たり相手を驚かせてることが出来た。相手は撃つのをやめて慌てて頭を下げる。
攻撃を断念して、エリーは急いで身を転がして壁の陰に隠れた。そして自分の体よりも先にローズの銃の具合を確かめた。どこか擦っていないか、自分の血なんかで汚れていないか。後ろめりに倒れてエリーの体がクッションになったため、銃は何事もなく汚れてもいなかった。それを確認して息をつく。
改めて自身の左肩の傷口を見る。場所的にも肉を貫いただけで骨や血管は大丈夫そうだと感じ、実際に動かしてもまだ使えると理解し、撃たれても存外痛みはこんなものかとも思った。脳内物質による痛覚減退であったが、それよりもエリーにとっては、それを持ってしても痛み続け行動に支障が出ている左足のほうがよほどだった。
いずれにせよ、戦闘継続可能。
それだけわかれば、他はエリーにはどうでもいい。攻撃的攻勢は限界に近いが、ここで戦えば戦うだけ、クリス達が無事に脱出できる。
だから、銃を持ち上げる為に腕に力を込める。立ち上がるために足にに力を込める。上手く立ち上がれない。もう、出血している足に力が入らなかった。
そこでエリーは気づいた。
正面部隊と戦う街路ではない。路地の先から、足音がする。
そうなるだろうなとエリーは思った。押さえているのは正面だけだ。当たり前に側面から来るだろう。
牽制射を側面に放って足を止める、と言う方法も考えた。普段使っているマークスマンライフルなら可能だったろう。だが手にしているのは装弾数6発のライフルで、既にラストマガジンで残弾5発。到底制圧射撃に使える弾数ではない。牽制射をしたところで数秒稼げるかどうかだ。だから、わざと頭を出させて「一人でも多くの無力化」を狙うことにした。数が減れば、クリス達の負担が減る。
もっとも、その5発を使いきることはないだろうが。この国の国軍の最小部隊単位は四人一組。彼らも軍属なら、四人で固まっているはずだ。ワンショットワンキルは狙撃での話だ。この至近で複数に突入されれば、セミオートライフルでは対処できない。巻き込めるのはせいぜい一人か、よくても二人だろう。そこまでが自分の命の価値。
(やっと、終わる)
なぜかそんな気持ちが湧いて。
そして、どうでもいいと、振り払う。
もう立ち上がれないエリーはその場でニーリングポジションとなり、相手が出てくるのを待った。曲がり角までの距離は10メートルもなく、スコープは役に立たない距離なので、愛銃のレッドドットサイトがあればなと不満に感じながら銃は横に寝せてみた。まっすぐに伸びた吊り下げ型のバイポッドを、アングルドサイトの代わりにして。
足音が、曲がり角のすぐ傍で止まる。
そして影が、出てきた。閉所用に拳銃装備、角への対処行動も十二分な動きはさすがの軍属だ。
その影に、射撃をするために足を止めた相手の足を狙ってみる。
引き金を。
「‥‥‥」
エリーは。
引き金を、引けなかった。
相手の自動拳銃がエリーに向く。相手が自分を見つけ、照準するその時間。ただそれを眺める。
相手の指がトリガーを引き、ハンマーが動き。つまり銃弾が放たれる。
ただ、眺める。
一発。
二発。
三発。
左腿を。左前腕を。下腹部を。
熱さと、痛みと、衝撃。それでエリーは仰向けに地面に崩れた。明るむ空を仰ぎ見ながら、存外に痛いなと、思った。
無性に、悲しくなった。
あれだけ練習して、あれだけ殺してきて。必要なら、失わない為なら何でもできると。そう、決めてきたはずなのに。この銃に誓ったはずなのに。
ごめん、と、心のうちでエリーは謝罪した。
やっぱり自分は、ダメな人間だ。
エリーは夜明けの空を仰ぎ見た。何の感想も浮かばない。闇夜に慣れたはずの視界が、真っ黒に染まっていくことだけを感じる。
彼女は、目を閉じる。
□
エリーが最初に被弾した瞬間を、クリスは走りながら確かに目にしていたが、同時に起き上がり奥へと隠れたのも見てひとまずは安堵していた。
それから数分の、長い時間。クリスとリゼの二人は、残り15メートルの所の遮蔽物にまでやってこれていた。
「いくよ、ピン抜き」
クリスとリゼが、閃光手榴弾のピンを抜く。
「投げろ!」
正面部隊に向けて、全力で投擲。
炸裂。明け方とはいえまだ闇の世界で、二つの閃光が奔り爆音が轟き、相手を怯ませる。同時に二人は駆け出した。
全力疾走で、ほんの数秒。
クリスが、すぐ続いてリゼがその路地まで届いた。
「‥‥‥エリー?」
あったのは。
力なく床に沈む、エリーの姿だった。
クリスは不思議に思った。なぜこいつはこんな所で寝ているのだろうと。確か少し前までライフルを手に戦っていたはずだったが。確かに眠り姫だが、戦闘中に寝るほど馬鹿ではないと思っていたのだが。左下半身はカーゴパンツのブラウン色よりも黒く濡れている。コーヒーまで溢したのかと。
リゼが傍らに跪き、彼女の名を呼びかけて揺り動かす。
反応はなく、リゼも問わず、ただ彼女はエリーの腹部を触る。
リゼが介抱し、自分は立ち呆ける。
昔と同じ。
違うことは、処置している人間が一人に減っていること。倒れている人間がエリーであること。
それらが認識へと変わった時。
「‥‥‥エリー、エリー!!?」
担いでいたサブマシンガンを取り落として、クリスも友達にすがりついた。
どれだけ名前を呼んでゆすっても、彼女は目を覚まさない。脳は事実を嫌でも理解して、クリスは目の前が真っ暗になってへたり込む。それでも拒みたい一心で、クリスはエリーの体をゆすり続ける。
「やめなさい、傷がひどくなるから」
「ちょっと、何やってんの。起きて、起きてエリー」
「クリス!」
ぱん、と頬を叩かれた痛みで、クリスの思考はほんの少しだけ現実に戻された。
動揺に揺れる目で、クリスはなんとかリゼを見返す。彼女はクリスほど絶望していなかった。
「まだ脈があるわ」
「あ、え、と」
「気を失ってるだけ。あなたは、息を吸って落ち着きなさい」
良くない状態なのは変わらないが、との言葉は飲み込む。リゼが見つけただけでも腹部・腕・肩と三箇所被弾しており、左足はそれなりの出血。教会に来た時から左足を縛っているのをリゼは思い出し、その時から止血できていなかったのだろうと思い至った。
いまだ思考がビジーから戻ってこないクリスの横で、リゼは自身が担いでいたエリーのバッグを漁った。クリスに使った止血包帯を複数持っていればと期待してのことだったが、見当たらない。彼女は誰かのためにととっておいて、最初で最後の止血包帯をクリスに使わせたのだろう。本当に困った子だと、代わりに見つけたタオルで一番ひどそうな左足の創部を縛った。
しかし、これ以上の処置は出来ない。
銃声が、クリスとリゼの姿を見てまだ足を止めている敵からの銃声が響く。
どうしようもない、狭い空間。
「救急車、呼びましょうか」
「あ、そ、そうだね。えと、携帯、そか、捨てたんだった。貸して」
「教会に置いてきてしまったわ、ごめんなさい」
盗聴を恐れて途中で破棄していたことを思い出して、クリスはうなだれる。自力で病院に運ぼうにも、その最寄病院の場所がわからないし運ぶ手段もない。ならば正面の敵に白旗を掲げて泣きつくか。それはクリスの勘が否定している。それらがどういう結果を生むかを理解して。
せめてもと二人は圧迫して止血を行う。わかりきった結果をわずかばかりに遅らせるその行為が、彼女を苦しめるだけではないかと悩みながら。
それでも、いなくなって欲しくはないから。
「自分は死なないって、調子乗った結果がこれだ。本当、こいつに依存してたんだなぁって」
「人間だもの。寄りかかりたくもなるわ」
「倒れたら共倒れ」
「クリス」
「ん?」
今にも自決してしまいそうなクリスの弱弱しい顔を、リゼはまっすぐに見つめた。そうしないと、彼女まで消えていなくなってしまいそうだったから。
「私を置いていかないでね」
「がんばる」
軽薄に笑うことも忘れて、クリスは短く答える。
ふと、リゼの視界にそれが目に留まった。ここにおいてもエリーが右手で掴んで離さない、スナイパーライフルだった。自分を恨んでいると語り、触れるのも躊躇うのに、それでも手放さない姿こそがエリーの答えだというのに。本人が気づかないのはいっそ滑稽ですらある。
クリスもまた、リゼの視線に釣られてそれを見ていた。
「また、四人一緒ね」
「そだね」
四人で一緒なら、怖くない。
そして。
外の射撃が、止んだ。




