5-12 出立
「あんたはどうしてここにいるのかと」
クリスにとって唐突にやってきたアナベルに肘でつつきつつ、新たな援軍の登場に喜びながら尋ねる。ジゼットが彼女と共にいたことを、クリスも知らなかったのだ。
アナベルは照れたように微笑み。
「ジゼット君に話を持ちかけられてしまいまして。私、流されやすい人間ですから」
「ありがたいよ。そんじゃあ夫婦も合流できたし、どうしようかね」
「それですが、ひとつ報告があります」
アナベルはバッグからひとつの紙を取り出す。それは地図を印刷したものだった。
「レアさんのほうも既にマークされていて、もう動けない状態だそうです」
「私としては、レアがそこまで懇切丁寧にしてくれてるのが意外なんだけどね」
「そこはクリスさん達の徳というものではないですかね。脱出用の車とドライバーをウルティス東部のアウトバーン近くで待機させてくれているそうですが、これはもうないものとして自力で脱出してくれとの事でした」
つまり、囮だ。
「目的地はここから北、ホニの町のマイヤーと言う斡旋屋です。後は彼に託していると」
「丸投げされちった。もう軍隊辞めたのにまた班長仕事ですかい」
この地図を使ってお好きに逃げろと言われているわけだから、ぼやきたくもなるというものだ。
相手が諦めるまでここで息を潜めるというのもありである。詳しい事情こそ話していないがトーマン神父からは匿ってあげようと、快い返事をもらえているのだ。それに甘える。そう考えた所で。
クリスの勘が、囁いた。感じる嫌な予感。
だから彼女は、皆を連れてここを出ると言う選択を頭の中で考える。嫌な予感が少しばかり遠ざかった。
「長々考えてる余裕はなさげだ。皆、移動準備して」
「もう出るんです?」
「私の相棒がね」
とんとんと自分の頭を指で叩いて。クリスにとって本当に遺憾であるが、これまでの経験、レアの語った御伽噺、アナベルと言う存在、そしてエリーから聞いた工兵連隊の話でもう確信してしまっていた。
これは勘などではない。
自分の未来の危険を知りえる、予知とも呼べるもの。意図して扱える、能力。
これまでの経験から推察するに、発動条件は恐らく随分と限定的ではあるが、そこは使いようだ。
「ホニまでっていうと、車は欲しいね。私の車はホテル前にあるけど、見張られてるか何かしてるだろうしなぁ」
「じゃあ借りちゃいましょう」
「あれでしょ、映画みたいに路上の車の窓ガラス割って運転席の下のコード漁って、バチバチってエンジン始動させるの。でもあれさ、やり方わかんない」
「走っている車を止めてしまえばいいんですよ」
「あんた、口調の割にやること考えること豪快だよね」
しかし意見は採用だ。車強盗などという犯罪者レッテルを今更気にする立場でもない。
なればと地図を見る。こんな深夜に走っている車を探さなければならないのなら、大きな基幹道路でないと厳しい。東部にデコイを配されている事も勘案して、クリスはここから北の片側二車線の幹線道路を目指すことにした。移動距離は、直線にして2キロあるかというところ。
方針は決まった。彼女自身も荷物を担ぎ、身支度を終えて号令を待つだけの面々を眺め。
そして、ぽかんとする。
「リゼ?」
「一緒に行くわ」
エリーの小袋を手にしているリゼが、そう言ってエリーの隣に並んでいた。
慌てたのはクリスだ。彼女は銃を持つことそのものを嫌っている。これからドンパチも起こりかねないというのに、それではただただ自分の友人の身が危険になるだけだ。
「いやいや何言ってんの、付いて来なくていいって」
「私に泣きついたのに、こういう時はのけ者なの?」
「いや、えっと」
「ここまで聞いてじっとしているなんて出来ないわ。戦力にはならないけど、荷物持ちくらいはね」
効率を考えれば非戦闘員が増えるのは喜ばしい話ではないし、戦闘になるかもと言うのにリゼを連れ回したくはないが、そう言われてはクリスも反論できないのだった。まごついているほど余裕があるわけではない。ここに留まること自体が良くないと予知が囁いているのだ。クリスは同行を許可して。
エリー、クリス、リリア、ジゼットそしてアナベルは、待っていた神父に「お世話になりました」と頭を下げて挨拶をした。リゼもまた、行ってきますと挨拶を残し。
「何か言われたら、銃で脅されて仕方なくと言って下さい。よし、行こう」
号令。
そして六人は、夜の闇の中へ打って出る。




