5-11 友達
深夜の3時。
「ここでいい」
言ってエリーは車を止めさせた。
後部座席に座っていたエリーは、車内での移動中仮眠を取りながらも、ずっと抱いて体に馴染ませていたそのライフルを改めて握りなおす。銃弾を入るだけ詰めたバッグもだ。ガンケースはあっても荷物になるので、置いて行く事にした。
試射をする時間もない。当時そのままの姿で搭載していた1-8x24SBEスコープは、幸いにしてエリーが愛用している銃に搭載しているものと同じ会社のもので、勝手はわかる。ガンスミスが行ってくれていたゼロイン数値も聞いた。だがそれ以外は、すべてが初めてだ。弾倉をはめ込む。たどたどしくも、確実に行動は行われた。
ディーは振り返る。そしてはわずかに口角を上げて。
「行かなければ妙なことには巻き込まれないぞ」
「行く」
エリーは最早迷いもなく答える。
ただまっすぐに。
それにディーは嘆息した。彼女の答えに、ではない。明らかに敵に回してはいけない相手を敵にして、銃撃戦のひとつも行うかもしれないと言うこの状況で、手伝うと語る事ができない自分にだ。
気になる女性一人に対してさえも。これでは、自分は誇れる人間ではない。
彼はひっそりと気落ちしているが、別にエリーは、彼には何も失望していない。これは自分の身内の話なのだ。確かに彼がいればはかどるものもあるだろうが、それを期待したり押し付ける相手ではない。力のない自分を銃の元まで、そしてこの場所まで運んでくれただけで感謝していた。
「ここまでありがとう」
「エリー」
「何」
呼び止める彼に、エリーは視線をくれる。
「終わったら、連絡のひとつも欲しい所だな。お友達を続ける上でも」
「わかった」
彼の言葉の意味は深く考えず、たやすいことだとエリーは承諾する。
果たして、その時まで自分が電話をかけられる状態でいられれば、だが。
「幸運を」
「私以外に祈って」
「じゃあ全員に」
それだけでもありがたいことだ。
エリーは町に降り立つ。ウルティス中心近くの、見知った街路。
走り去る黒い車を見送って。
エリーはバッグとスリングをつけた銃を担ぎなおして、歩き始める。エリーはただ歩き続ける。夕刻の活気から一転、皆が門戸を閉めて静まる街路。彼女にしてみればもう何度も通った道だった。迷う必要などない。少し以上に重さを感じる左足で歩き続け、大通りに差し掛かろうかと言うその場所で建物を見上げ、近づく。
それは、この町の教会だ。
扉に手をかける。本来なら施錠されてしかるべき場所と時間だが、ドアノブを回して押せばそれは開いた。だからゆっくりと、音を立てないように開いて入る。警戒に外の様子を確認だけして、静かに閉じる。
静かで、暗い。照明を落とした室内は先など録に見通せない。夜目のぼんやりとした風景と、外からの街灯と月の光と、記憶を頼りに正面の礼拝空間から横へ。応接室の方向だ。
そして通路に続く扉に手を掛けようとした所で。
これだけの静けさがあればさすがのエリーでもわかる。空気が揺れる感覚と共に、背後で何か歩く音が聞こえた。そして気づいて振り返る前に、背中に何かを押し当てられた。ディーと始めて会った時も近いことを経験したな、などと思いながら。
「動かないで」
相手からの要求。
女性の声だ。聞き慣れた、慣れすぎた。
エリーが今、最も求めていた声。
「私」
「‥‥‥エリー?」
「ん」
それでエリーの背中に押し当てられたもの、拳銃はどかされた。そして。
ぐっと強く、強く背後から抱きしめられた。
「エリー、よかった。良かった‥‥‥!」
感極まった彼女、クリスはしばしエリーの体温を安らぎにして。そして一度抱きしめるのをやめると、エリーの正面に回る。軽薄快活が彼女の持ち味なので、泣き崩れそうなほどの彼女の表情は変な顔だなと、エリーは思った。
「怪我ない? 大丈夫?」
「ん」
暴行分の打撲といまだ消えない左足の痛みがあったが、どうでもいいことなので報告はしないでエリーは頷く。
クリスは愛する相方をもう一度、そして一層に抱きしめた。車から逃げ出して以降、勘を使ってひたすらに路地を使って隠れて逃げ続け、ここに来てもなお追手の存在に怯えながら緊張の時間を過ごしていたクリスにとっては、あまりにも長すぎる時間と、そして有り余る幸福の出会いだった。
「盗聴されてるから電話を使うなって言われてから、録に誰とも連絡取れなくてさ。エリーにも公園は危ないって伝えたかったけど無理で。ごめんねエリー」
「大丈夫。リリアは」
「あいつも無事。こっちこっち」
熱い抱擁をやめて、ぎゅっとエリーの手を握るとクリスは先へと案内した。向かうは応接室だ。
案内されると、中には二人の女性がいた。一人は見紛うこともない、銀髪とゴシックドレスのリリア。彼女には似つかわしくなく暗い表情をしていたが、戻ってきたクリスと、やってきたエリーの顔を見るとぱっと表情を明るくして、エリーに飛びついた。
「エリー!」
「ん」
そんな少女の頭を撫でて。
もう一人は、この建物に住む友人、リーゼロッテだ。
クリスが愛を囁けるような人は、ウルティスには彼女くらいだろう。私服に着替えている彼女はこちらもエリーの姿を見て安堵し、そしてほがらかに笑って迎えた。
「あなたなら、来ると思っていたわ」
「ん」
リゼは、エリーの左足の出血に濡れたズボンと巻かれたハンカチにも気づき尋ねたが、エリーがたいしたことはないと答えると納得した。そして次にエリーが肩にかけたライフルに気づいたが、これには問わないことにして、来客をもてなす為に一度部屋を出て行った。
その間に、エリーはクリスからこれまでの状況を聞くことが出来た。
誘拐車から出た二人は街中を勘に任せて逃げ続けた。最初は携帯でレアに対して連絡を取り合っていたが、エリーに待ち合わせ場所の話をした途端に嫌な予感がざわついて、レアに調査を依頼した。そして「相手」が公園傍に展開し始めたのを察知し、電話が何かしらの方法で盗聴されていることに思い至った。
「あなたが一番と思う場所に行きなさい」、レアとの最後の通話でそう指示されたクリスは悩んだ末、リゼにすがることにした。するとそこでレアが手配した連絡員とコンタクトが取れた。レアにはクリスがここを選ぶであろう事、予測できていたのだ。後はメモ紙による連絡と言う原始的方法でやりとりしていたのだった。
「ジゼットにも連絡は行ってる。あとは、レアのゴーサイン待ちで移動するかどうか決めるってとこ」
「そう」
数瞬、そういう話なら送ってくれたディーの車に乗せてもらえばよかったなと思ったが後の祭りだ。それに彼は家族がいると言っていたし、強要もできない。
代わりに、エリーは自分の得た情報を伝えた。やはり一番の問題は相手が軍属の人間であることと、リリアの殺害を目的に変える可能性があることだ。「じゃあ私の勘が働いたのも納得だわ」と、クリスは納得しつつも難しい顔を作る。勘の働いた時点で、相手の目的はそうであるわけだから。
そうなると戦う準備、武器の状況だ。
荷物を置いていくように言われて連れ出されたリリアは丸腰だった。彼女については今回はそもそも護衛対象だし、その体が一番の武器なので誰も気に留めない。なおかつ、クリス達はリリアを戦わせるつもりなどなかった。残りの面々はというと、クリスは先日買ったサブマシンガンC5KPDWと、いつものセカンダリハンドガンUP45、あとは閃光手榴弾が2つと発煙手榴弾が1つ。ここに至るまで射撃戦はしていないので予備マガジン分の弾はあるが。
エリーが、サイモンから頂いてきた弾薬をつめた箱をバッグから取り出すと、クリスの目が輝いた。
「9ミリパラに.45ACP! エリー最高、愛してる!」
そして再度、熱くエリーに飛びつくのだった。これならいざが起こっても、弾切れでどうしようもなくなるという結末は避けられる。トランシーバーも、クリスとエリーがそれぞれ持っていたものがあった。
その後、リゼが持ってきた軽食をつついて、遅すぎるお茶会が開かれた。深夜の3時を回っていたが、ここにやってきてからリリアとクリスは仮眠を取れていて、エリーもまた移動中の車内で軽く寝ていたので疲労はそこまでではない。
ほんの少しの、落ち着いた時間。
そこで紅茶を飲んでいたリリアが、ぽつりと呟いた。
「ねぇ。私って軍隊に追われてるのよね」
「まぁそうなるね。エリーの話の通りならだけど」
「何で三人は助けてくれるの」
リゼも含めた年長三名に対する、純粋な疑問だった。
仲が悪いとかそうではなく。お仕事としてお金を払っているわけでもないのに守ってくれて、権力者から追われているのにこの建物に隠れるのを許してくれて、自分のためにと後からでも駆けつけてきてくれる。リリアにとって三人は不思議な存在だ。自分だったらそうはしないのにと。
少女の問いに、三人は顔を見合わせてから。
「これも縁って奴だね。言ったでしょ、愛してるって」
これは、クリス。
「友達が困っているから助けたい。自分がそうしたいからよ」
これは、リゼ。
「あなたは、仲間だから。助ける」
そして、エリー。
愛しているから、困っているから、仲間だから。
リリアはこれまでの中で一番の幸福を感じた。力を使ったときの高揚感とは違う。美味しいご飯が食べられた時のような満たされる感覚。こんな人達に会えたのは、本当にうれしいことなのかもしれないと感じた。
自分はもしかしたら、あの兄弟のように高揚感に任せて感情に任せて人を殺すのが楽しみな人間になっていたかもしれない。リリアにもそれは想像が付いていた。それが不幸なのかはわからないけれど、それよりもこちらの方がいいとリリアは思った。
だから少女は、あの時に。友達の命をナイフで刈り取ったあの時に決めたことを口にする。
「私、誰かを殺すのはテオで終わりにしたいの」
誰かを殺すことが辛いことだと知った。悲しいことだと知った。だから。あれで最後にしたいと思った。
そして。
「誰かを殺すのを見るのも、終わりにしたいの」
だから。
「誰も殺さないで逃げることって、できる?」
「あんたには戦わせないから大丈夫だよ」
「エリー達も」
それにクリスは、困った顔を浮かべる。人を殺すのは実は単純だ。ことに、加害することを目的に作られた従であれば。銃ならば正しく向けて、体のどこでもいいので弾丸でぶち抜けばいいのだから。だが生かすのは難しい。戦う手段と意思だけを狙って、加減して奪わなければならない。それも今回は、全力で敵意を向けて殺しにかかってくる相手に、だ。
「難しい注文だね」
「‥‥‥」
「殺す必要があったら私は撃つ。誰かを撃つより、誰かが撃たれることの方が嫌だからね。でもま、それまでは付き合ってあげるよ」
「エリーは?」
「わかった、そうする」
それが守りたい人の望みなら。
答えにリリアはにこりと笑顔になった。
と、応接室の扉が開かれた。やってきたのは、ここでかくまうことを許可してくれたトーマン神父だ。彼は神妙な顔でやってくると、表を指差してこう次げた。
「来客が二人、表に」
「連中?」
「男の子が一人に女性が一人だよ」
女子供だからといって、この時間の訪問者を警戒するなと言うわけには行かない。見てくる、と言ってクリスは自動拳銃を手に、神父と共に向かう。
緊張はする。ただ男の子が一人というところが、リリアの期待を膨れさせた。エリーとクリスに会えた今、彼女が今一番触れたい相手は。
クリスが笑顔で帰ってくる。
ジゼットを伴って帰ってきたことに、リリアは至上の幸福もって飛びついた。
その様子を、同じくやってきたアナベルを含めた全員が、静かに祝福していた。




