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5-10 工兵連隊




「飛び込みの依頼がな」


 車の助手席に収まるエリーに、運転席のディーは軽い口調で語る。

 そうは言ったが、実の所ディーも全貌どころか、エリー未満の状況把握しか出来ていない。遠まわしに急ぎ依頼が届いて、それにはエリーと合流してサポートしろと、それだけだったらしい。何を手伝うのかも聞かされないまま。とりあえず手持ちの銃と弾薬を運んでこうして車を走らせ、エリーとコンタクトする為に電話を掛けて来たという事だった。

 彼の登場は、まさに渡りに船だ。お金と言う対価なしに、目的地まで送り届けてくれる。エリーは礼を述べ、そして自分がわかっているだけの情報の中で必要なものを彼に渡した。といっても、知り合いが変な奴らに追われて助けたいが、銃がないこと。その銃を取りに行きたいこと。伝えた事はただそれだけであったが。

 車の後部席には彼の獲物、ボルトアクションライフルのLAM24がある。使うなら貸すと気前の良い話を持ちかけられたが、エリーは断って、ただ港町へ車を走らせて欲しいとお願いした。嫌な思い出のある銃だからではなく、ローズの銃を受け取りに行くと言う理由であった。手段と目的がエリーの頭の中でひっくり返っているのは否めない。

 なお、ここまでの会話は盗聴される心配はない。エリーの携帯はもう自宅に置いて来たからだ。敵に情報垂れ流しの発信機など、あっても害にしかならない。今彼女の手元にあるのは、バッグがひとつだ。応急包帯をひとつと小さなタオルと、保存食が少量と水のペットボトル。掃除屋なりたての頃に即興で買って、自宅に置いていて無事残っていた古いインカムもだ。それだけをバッグにつめて。


「依頼人のほうから一度だけ、俺の携帯にコンタクトが飛んでくるかもしれない、ということだ」

「いつ?」

「さぁな。しかし、銃を手に入れるのはいいが、その後はどうするつもりだ」


 問われてエリーは止まる。

 リリア達を助けると言う目的があり、銃と言う力を手に入れる算段もついたところで、その肝心のどこに行って何をやればいいかが不明瞭な状態では動きようがない。もちろんわかってから動いたのではそれはそれで遅きに失するというものだが。今は無力のままで座しているよりは、と言う程度の行動理由しかない。

 クリスは、リリアを連れてどこへ行ったのだろうか。得意の勘を使って危機回避をしているのはエリーにも想像がつくが、リンクスの酒場にも踏み入られているらしい状況でどこか安全な目的地があるとは思えない。あるいはディーへ依頼を渡した人間が目的地を作って、既にウルティスから離れているかもしれない。もちろん彼女たちが無事なのであれば、自分の行動がどれだけ無意味になろうが構わないがとエリーは息をつく。

 ついて、一言。


「わからない」

「そうか」


 日の落ちた道路を、車は走る。信号機のたびに止まり、走りを繰り返す。

 三時間。夜という事で道路状況は比較的よく、それよりは少し短かったが、ただ待つには十分に長い時間を走り終えて、二人はトゥルピネ貿易の会社前までやってきた。

 急ぎの用件で商品を受け取りに行く旨は、走行中にディーの携帯を使って相手方に伝えていた。敷地に到着すると堅気には見えない出迎えの人間がやってきたので、案内に従って二人は車を降りて建物に入る。そして、応接用の部屋に案内された。

 入るとエリーにとって見覚えのある金髪の男性、サイモンと護衛が既にそこにおり、席にどうぞと案内された。

 テーブルには、ひとつのガンケース。


「夜にごめんなさい」

「構わないさ、24時時間営業みたいなものだ。さて、仕事を済ませようか」


 注文の品だ、確認してくれと言われて、エリーは数瞬の迷いの後ガンケースに手を伸ばし、かちり、かちりと二つのロックをゆっくり外して開いた。

 一丁の銃が、静かに横たわっている。

 WS200。

 ローズの銃。


「なるべく手を加えないでくれと言われたから、掃除とダメになった内部部品の交換で済ませている。通常弾で2.6MOA。娯楽の射的には問題ないけど精密狙撃は厳しいよ」

「構わない」


 アサルトライフルならば兎も角、スナイパーライフルとしては破格の劣悪精度だ。それだけ元の状態が悪かったという事であるが、そんな数値はどうでもいい。

 エリーはローズの銃を撫でる。ガンスミスの仕事ぶりが窺える、ざらついた感触などなく実に綺麗だ。自分の汚い手で触れることを躊躇う程度には。

 でも。

 今は、これしかない。


(‥‥‥ごめん、ローズ。借りる)


 心の中で謝罪して、エリーはケースの蓋を閉じた。


「これのマガジン、ある?」

「あぁ、2つあったよ。一緒に売ろう」


 これで、元から所持してやはりオーバーホールに入れていたマガジン2つと合わせ、全部で4つになる。今まで使ってきたマークスマンライフル系列はアサルトライフル出自から最低でも10発入りマガジン、よく使うのは20発マガジンであったが、この銃はスナイパーライフルと言う出自から一マガジンあたりの装填数は6発だ。4つでも足りないくらいだが贅沢は言えない。


「弾薬も売って。7.62mmx51と9x19mm、.45ACP。あと5.56mmx45も一応」

「構わないが、君達は使用弾薬の統一をしたほうがいいと思うよ」


 サイモンは苦笑。

 そして、エリーが最も恐れていたそれを口にする。


「君、今支払えるかい?」

「それは」


 それを突かれて、エリーは口を噤んだ。家に踏み込まれた際に銀行通帳まで没収されており、エリーの資産は手元にある財布の中身だけだった。銃のオーバーホール代がはっきりしない為後日精算であったこと、それらメンテナンス費用は決して安くはないことは、その問題の前では微々たるものだ。

 具体的にいくらなのかとエリーは尋ね、金額を聞いたことで確定的になった。手持ち資金では銃の受け取りすら難しい。


「後で」

「こちらの世界には、滞納とかは論外だ」


 これが力だ。力がなければ、こうなる。

 どうすればいいのか。

 押し黙るエリーに、口を出したのはディーだった。


「以前の依頼。いつの間にか護衛対象が変わっていたな。依頼更新分の報酬を貰っていないが?」

「昔の話を蒸し返されてもね。あれは無償労働だろう? と返されたら後は情に訴えるしかなくなるから、惜しいね」

「‥‥‥」

「だが確かに、更新分の報酬は支払っていないね。意外に思うかもしれないけど、情には情を持って返すのが僕達だ。恩は、売っておけば数倍になって帰ってくることもある。フェルトン、準備してやれ」

「はっ」


 初めからそのつもりでいたサイモンが命じて、脇にいた護衛の一人が準備の為に部屋を出て行く。それを、ソファに背を預けてサイモンは見送り。


「さて、荷が届くまで少し御伽噺でもしようか」

「御伽話?」


 脈絡ない単語に、エリーは小さく疑問を示す。


「君はこの国の工兵連隊の話を知っているかい?」

「何」

「軍隊の兵科さ。陣地敷設や、逆に敵の陣地破壊などの任務も負う。特殊なものを包括的に扱う技術兵科だ。さて、この国は戦争終結後、軍再編のついでに工兵連隊を設立したんだけど。この部隊にはある通称名が与えられているんだ。わかるかい?」

「知らない」

「ハウンド」


 エリーは口を閉ざす。

 それはかつて民兵と言う志願兵から抜き出した即席戦闘部隊、擲弾兵連隊に与えられた呼称。自分たちが属し、犬と呼ばれて溢れる死の中に放り込まれた。事実無根のまま勇気ある精鋭兵だと喧伝され、ただそれだけで誇ることなど何もない、所属した人間にとっては何の恩恵もない忌むべき名前。

 戦争期に緊急で編制された擲弾兵連隊は、その役目を終えて解散した。擲弾兵連隊という部隊は、猟犬は、もうこの国にはない。

 はずだったが。


「非公式の通名だけど、擲弾兵連隊の残留を集めたって聞いてるね。で、今は各方面に散って治安維持活動をしているそうだよ。表向きは」

「そう」

「強襲任務を受けるにせよ、なぜハウンドなんだろう。そこで、ひとつの御伽噺がでてくるんだ。この昔の擲弾兵連隊にまつわる話。実は彼らは、違法薬物を投与された強化部隊だったという話だ」

「それは」


 その話そのものはクリスから聞き及んでいる。強化部隊などというご大層なものではないが、彼の手元に情報が行くまでに齟齬でも発生したのだろう。そして少女、リリアがそのせいであのようになってしまったのかもしれないと。それはいい。

 エリーはサイモンを見据えた。あなたはリリアのことを知っているのかと。可能性はあった。船の時もリリアは暴れているし、あの年で掃除屋と言うだけでも異質だ。もし知っていて、「薬物反応者」としてリリアを引き取りたいと言う話になったら。その危惧を抱えながらサイモンを見返す。

 対してサイモンは、それには触れずに話を続ける。


「睨まなくてもいい。興味がないではないけど、特殊部隊クラスの人材を求める仕事でもないし、手を出したら火傷しそうな案件だ。必要外のリスクは、ビジネスとしては破綻だからね」

「‥‥‥そう」

「ともあれ猟犬は生きている。そして、野良犬にもう一度鎖をつけようとしている。より選抜して、薬を受け入れる特殊な人間を。それがもしも鎖をつけられない暴れ犬なら、薬の実験にも使えないなら。僕なら処分するね。野に放つのはあまりに危険だ。薬物の情報が他国に流れるかもしれないし、国の評判を落とす材料にもされる。その前にね。もちろん処分には、狂犬を食い殺せるだけの強い猟犬を使う」


 そしてエリーは理解した。今回クリス達が敵にしているのが、完全なる国の意思であること。

 リリアは、あのわんぱくで自由な少女は、請われたとて犬には戻らないだろう。ジゼットも止めようとするに違いない。であれば、だ。彼らが行うリリアの『処分』は。

 本格的にリリアが危険である可能性が高まってきた。自分の時の様に拘束してナイフで恐喝、などと言う手は取らない。クリスがリリアを連れで逃げ出した時点で、そのまま射殺命令が出ている可能性はありえることだ。確かに彼女は人外に強いが、相手もまた強化された猟犬であるならば。

 サイモンは、笑うだけ。


「暇潰しにはなったかな」

「えぇ。ひとつ聞きたいけど」

「どうぞ」

「あなたが追われて逃げるなら、どこ」

「簡単だね、自分が最も安全と思う場所に向かって逃げる。本能的に、自分の心が安心できる場所を選ぼうとする。見知らぬ広大な異郷よりも見知った場所へね。そのすべてがダメだった時に始めて放浪」

「ありがとう」


 エリーは考える。クリスの見知った安全な場所とはどこだと。

 クリスとは掃除屋として組んで以来、その生活圏や行動範囲は殆ど共有していた。クリスはどこへ行くにもたいていエリーを連れ出している。つまりよほどでない限り、クリスのそれは自分が見知った場所だ。ウルティスからはそう離れていないどころか、中心部のどこかではないか。

 どこだ。エリーは懸命に考えて。

 携帯が鳴った。

 ディーのものだ。彼は取り出して耳にあて、そしてすぐに閉じた。


「エリー。匿名で伝言だ」

「何」

「愛している人のところにいる、だそうだ」


 それを伝えるだけでも危険なことだ。一度だけコールするとされた連絡で、危険を承知で送られた居場所の情報。

 愛している人。

 愛を気安く語る人が語る、愛している人。

 ウルティスの近くにいる、そしてこれまでのやり取りで出てこなかった、クリスが愛を囁けるような人。

 一人しか、いない。


「ディー、ウルティスまで送って」

「了解だ」


 述べてエリーは立ち上がり、サイモンに会釈する。フェルトンが持ってきた弾薬箱を、自分のバッグにつめる。

 そして。

 エリーは、もう一度だけ迷って。そしてしっかりと、ガンケースを握った。




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