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5-8 監視




 クリスと別行動となってから、エリーはホテルのロビーで一人待ち続けていた。

 エリーがホテルで待機したのは、ひとえにいつ戻るかわからないジゼットの帰りを待っていたからであった。彼は携帯電話を持っていないので、情報を伝えるには直接会う他に手段がない。うとうとと不足分の仮眠をして、出入り口が見えるホテルの食堂で軽く食事を取り。

 14時。

 そうしてしばらく待っていた所に、最初のコールがあった。クリスからだった。


「ちょっと厄介なことになった」


 続けて、クリスは車内での一件からここに至るまでの経緯をエリーに伝えた。

 男連中はリリアを狙っている人間らしいこと。無事に脱出して、ウルティス南の路地を勘に任せて逃避行中であること。両名とも特に怪我はないこと。最初のもの意外は喜ばしい報告だった。

 また、エリーが数時間単位で待ちぼうけを食らっていた間に、もうひとつ別の動きがあった。


「レアから連絡が来てね」


 ジゼットの単独呼び出しは、レアによるものであること。ジゼットは、相手方に居場所がばれていない状態で待機していて、事の推移を待っていること。

 そして、レアをパイプとした彼女ら四名での協議の結果。


「まずリリアとジゼットを合流させて、その先はレアに任せるって感じになった」

「そう」

「このままウルティスを出るって流れになるだろうね。でまぁ、送別会とか開ける状況じゃないけども、エリーも挨拶位したいでしょ?」

「ん」

「ウルムベルク公園ってわかる? 東にあるんだけど。そこの南口のバス停前で午後5時に集合。場合によっちゃ私のほうが遅れるかもだけど‥‥‥ちょい待った」


 クリスがそう言うので、エリーはおとなしく待つ。

 中々クリスからの返事が来ないのでこれまた焦れて待っていると、クリスは少々重みのある声となって言葉を続けた。


「エリーごめん、一応武装しといてくれる?」

「わかった」


 もしも見つかったりなどしたら揉め事程度は起こるだろうとはいえ、武装の必要はあるのだろうか。リリアを連れて行こうとした連中は確かに町の制服警官ではないが、別の地区の警官や類するものである可能性は否定できない。そんな権力を前に武装していいのだろうか。それはエリーが疑念に思うところだったが、クリスが必要と思ったのならそうなのだろうと、問わないことにした。何にせよ銃とは力だ。特にこのような、よくわからない状況下では。

 一度自宅に戻る必要があるな、などとエリーが考えていると、続けてクリスは神妙な声で語る。


「エリー」

「何」

「相手はリリアの誘拐が目的っぽいけど、もしもが起こったらエリーはどうする?」

「例えば」

「誘拐犯とのいざこざ。言ってしまえば銃撃戦」


 掃除屋はアウトローだが、その掃除をしているからこそ地元警察に大目に見てもらっていると言う節がある。しかしここは仮にも法治国家であり、法は法だ。依頼もなしにドンパチやらかせば、警察からは相応の態度が向けられる。また、今回相手にするのはただの誘拐犯と言う感じではないという。妙なことが絡んでくるかもしれない。

 彼らはリリアを狙うと言う。その時どうするか。

 単純だ。エリーにとってはあまりに単純。


「リリアを守る」


 それがエリーの目的だ。必要ならば誰だって相手にする。

 もう誰も、失わせない。

 それ以外にない。

 笑いを押し殺すクリスの声が、エリーの耳に届いた。


「エリーならそう答える気がした」

「ん」

「じゃ、待ってるよ」


 それで通話は切れた。

 エリーは立ち上がる。まずは自宅に戻って武器を確保、その後公園の場所と行き方を調べて。列挙するほどのことはないが。




 そんなエリーの姿を見つめ、あるいは集音マイクを向ける人間がいたが、彼女は気づかない。




 □




 16時30分。

 エリーは指定通り、ウルムベルク公園南口のバス停で立って待っていた。

 携帯で時間を確認する。早く着く分には問題ないだろう。考えて佇む。

 肩にはギターボックス。もちろんそれは外見だけで、中身は信頼と実績の愛銃H28A2が丁寧に仕舞われている。手元にある銃の中から考えた末、結局エリーは相棒を詰め込んできていた。手持ちの銃の中で一番重いが、一番信頼している銃。いつも通りの荷物を詰めた小袋も一緒だ。

 その信頼分の重さが肩に来るわけだが。さすがに担ぎ続けるのはやめて、歩道上に置く。

 一応、周囲を警戒してみる。が、すぐにやめた。リリアは追われる身だ。そのリリアが来るという事は、リリアを狙っている敵と遭遇する可能性もある。しかし彼らがアロハシャツでも着てタップダンスを踊っているなら別だがそんなわけがなく、目印もなく敵識別をできるような能力はエリーにはなかった。探すだけ無駄、というものだ。

 見知った顔が近づいていないかを時折左右を見て確認し、見当たらないので小さく息をつき、自分の来た場所が間違っていないかなと少しばかり不安に感じて。


「おうエリー」


 自分の名前を呼ばれて、横を向く。大柄な男性が片手を掲げてきていた。

 エリーにとって見覚えのある顔だ。名前がすぐに出てくるくらいには。よくクリスに絡んでいるリンクスの酒場の住人にして掃除屋、マティスだ。最初の頃は仕事を共にしたこともあるし、先のラモレール兄弟の山小屋での一件でも共にした。もっとも、エリーとマティスの関係はそこまでであるが。

 無視する相手でもない。エリーは短く答える。


「どうも」

「こんな所で何してんだ?」

「待ち合わせ」

「彼氏とかか? お前にも春が来たか。黙ってれば美人ってのは良く聞くが」


 違うとエリーが答えるが、マティスは大きく笑うばかりだ。

 その後もしばし、エリーはマティスの勢いに乗せられるというか流されるままに会話に付き合う。こういう話好きな人間の相手は、エリーとしては意外と楽である。適当に相槌をうっていれば、勝手に話してくれる。聞き手に回る分にはエリーは労力を感じないし、彼らが楽しそうに話すのなら悪い気分もしない。

 しばし他愛ない雑談に興じ。

 ふと彼は、手にしていたものを掲げた。


「これやるよ。さっき間違って買っちまった」


 ずいと、一本の瓶ジュースを突きつけられた。エリーはいらないと答えたが、マティスが押し付けるようにしてきたので仕方なしに受け取る。

 そして気づいた。

 瓶と一緒に、小さなメモ紙のようなものがある。

 ちらりと確認すると、よく見える場所に「すぐに読め」と書かれていた。


「‥‥‥?」

「今度一杯奢るから話聞かせろよ。またな」


 肩を叩かれる。そしてマティスは、少ししてやってきたバスに乗って去っていった。

 一体何なのか。エリーはメモ紙を開いて中身を確認した。当然のように並ぶ文字列。筆跡は見覚えのないものだが、中身はエリーにとって非常に重要なものだった。





『いい時間まで待ったらクリスに電話を掛けろ。クリスは通話に出ない。後、リンクスの酒場で待機しろ。

 監視されている。電話は盗聴されているものと思え。以後使うな。

 クリス達は無事。以上』





 なるほど、このよくわからない状況においては確かにありがたい情報だった。だが。

 エリーにとって肝心なものが書かれていない。

 クリス達の、居場所。

 そして次に問題なのは何よりも、監視だ。しまったな、とここでエリーは思い至った。何せエリー自身はリリアを見送って以来、ジゼットやクリスを待つためとホテルで堂々姿を晒していた。恐らくはその時から付いたのだろうと予測できたし、自分がその監視者をここまで連れてきてしまったであろうことも。

 無事な彼女達の元に、ずらずらと自分にへばりついた監視を引き連れて近づくわけには行かない。自分の知らないその監視者の動向を知る人間が、この公園に近づかないようにクリス達を前もって退避させたということだろうかと考えた。誰かは知らないが、味方になれる個人か組織かがあるらしい。それはひとまずの所いい事だが。

 同時に。

 お前は足手まといだからここで手を引け。

 この手紙は、そういう意味なのだ。居場所を書かれていないのもそういう事なのだろうなとエリーは思った。

 リンクスの酒場なら掃除屋関係以外の人間は基本立ち寄らない。知らぬ顔が来れば間違いなく注目の的だ。あそこはどんづまりだ。篭る分にはいいが、監視を振りほどくと言う行為には最悪である。行った所で居場所を教えてもらえる可能性は限りなく低いだろう。他人の目があるだけ、自宅よりも安全。行き先の指定は、エリー自身を守る手段。そう解釈して。

 エリーはメモ紙を握り潰して、ズボンのポケットに入れる。

 悔しいとは、もちろん思うが。

 遠ざかることが一番ためになるのなら、そうする。悔しいが。

 17時15分。

 まずは指示通りに電話をコールしてみた。だが「電波の届かない所にいるか電源が入っていないため」との音声が流れるだけだった。恐らくは監視者に、電話を掛ける動作を見せてすっとぼけろという事なのだろうと考えて、エリーはリンクスの酒場に向かうべく、次に来たバスに乗って移動することにした。

 日が、傾く。

 十数分かけて、噴水広場近くのバス停に降り立つ。この時期の日没時間は19時ごろなのでまだ明るく、夕食の為の買出し客などでそこそこ人間もいる。そんな彼らが集まる噴水広場を抜けてリンクスの酒場に向かおうと、歩を進めて。

 横から来た歩行者とぶつかる。多少くらいは致し方ない。

 だが二人、三人とやってきて前後を挟まれ、そのまま腕を捕まれたとなれば話は別だった。


「何」


 エリーを囲んだ男性達は何も言わずに刃物を抜いてチラつかせ、そのまま噴水広場を離れるようにして連行された。物理的に抵抗という考えはもちろん浮かんだが、格闘の心得がない状態で既に腕を固められていてはそれも叶わない。大声を出して周囲の目を引く、と言う手も考えたが、自分の目的を考えればどうでもいい事だったのでしなかった。

 まだまだ人通りのある街路。

 誰かが無理矢理引っ張られて。この町でその程度の事を気にする人間は、いない。



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