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5-7 適合者



 午前12時手前。

 まさか自分がホテルを出て1時間ほどでそのような事態になっているとは知る由もなく、ジゼットは指定された目的地に向かうべく歩いていた。

 正確には歩いていた、だ。

 到着したにはした。指定された目的地に着いたものの、そこで見知らぬ人にまた次の目的地を渡されたのである。ジゼットは、不安を抱えながら指示通りに動いた。そして、二つ目の場所に到達するやまた見知らぬ人がやってきて、三箇所目の場所を書いた紙を渡される。こうして渡すのだから相手は自分のことを知っているようだが、ジゼットからすると見当が付かなかった。

 挙句には道を歩いている最中に成人男性に捕まり裏路地に引っ張られたかと思えば、こっちの道から行けなどと指示される。

 三箇所目に辿り着き、四箇所目の指定。そして移動中に、今度はパン屋に引っ張り込まれて裏口から出るように言われる。

 ジゼットは少しずつ嫌になってきていた。知らない土地で散々歩かされるのだ。誰かの悪戯なのではとすらと感じる。それでも指し示してくれるものがこれしかないので、本格的に嫌気が差すまではやろうと思いながら足を動かす。

 四箇所目。

 小さなレストランだった。

 中に入ると、受付の男性が二階へどうぞと案内したので、ジゼットは従って階段を上る。客はおらず、そしてジゼットが上がった直後に受付の男性が店の看板をクローズドに変えて施錠したが、彼は知る由もない。

 階段を上がる。

 客が一人、いた。

 小奇麗な身だしなみの、赤みかかった髪の若い女性。何よりも目立つのは右目にした、花の刺繍入りの黒い眼帯。

 アナベル。

 ジゼットも見覚えのある人だった。先の兄弟の件で行動を共にすることになった女性。

 訝しむジゼットに対し、彼女は待ちわびた少年の姿を見て微笑んだ。


「こんにちは、ジゼット君」

「‥‥‥こんにちは」

「どうぞ、座ってください」


 アナベルに言われた通りに、ジゼットは向かい席に座る。

 顔見知りだ。まったくの他人ではないだけジゼットも気が楽と言うものであったが、同時に、たらい回しにされた挙句の出会いとなれば警戒も覚える。殆ど睨むような視線で、ジゼットはアナベルに向かった。


「僕に何か、用かな」

「以前はもっと物腰柔らかいと思っていましたが。嫌われちゃいましたかね」

「僕は質問をしているんだよ」

「まぁまぁ。本当は、まったくたいしたことのない用件だったんですから」

「それは、大したことのある用件に変わったということ?」


 そうジゼットがことさらに身構えたので、アナベルは困り顔になった。

 そしてアナベルは、テーブル上においてあった小さい茶封筒をジゼットに突き出した。


「ますは当初の用件です。こちらを渡すように言われました」

「誰から?」

「レアさんです」


 特に伏せられることもなく、自分が厄介になっている斡旋屋の名前が出てきた。言葉は本当なのか、と言う疑念はあったが、アナベルと言う人選を出来る人間を考えると嘘とは思えないところもある。ジゼットは多少警戒を解いて封筒を受け取った。

 中身を確認する。封筒の中には書状が入っていた。


「斡旋屋の紹介状だそうですね」

「これを、僕に?」

「はい。拘束は終わり、出て行っていい、と言っていました。私には何の話かわかりませんが。そして、予定ならこれで終わるはずでした」


 食事をしましょうと言って、アナベルが声を上げる。もう用意していたのだろう。程なくして二人分の、温かな料理が運ばれてくる。

 しかしジゼットには疑問だった。確かにこの書状は、次の斡旋屋への紹介状は、自分とリリアがウルティスに来た時に要望していたものだ。だがレアの店ならいつもと言うわけでもないが、かなりの頻度で出入りしている。書状一枚、その時に渡せばよかったのではないかと。


「どうしてこんなに回りくどい方法を」

「そこですね。少しだけ道草しましょうか」


 アナベルはホットサンドイッチを口に運んで。


「ジゼット君なら知っていると窺っていますが。擲弾兵連隊ハウンドの人たちには、その食事に2種類の薬物を混ぜられていました」

「はい」

「私は、これまで噂程度の知識しかなかったんですが。レアさんが、少しだけ詳しく教えてくれました」

「何をです?」

「薬物の効能、その目的です」


 つまらない話を、アナベルは変わらぬ落ち着いた態度で続ける。


「一つ目は身体強化。わかりやすいですね。何をするにも体力や筋力があれば捗ります。薬の効能自体は、従来のドーピングの枠に収まるはずでした。でも、過剰に発現してしまう人が出てきてしまった。片手で車を持ち上げてしまうとかですね。そしてもうひとつ、人の可能性を呼び覚ますもの。どういうことかと言いますと、透視、物を透かして見ることが出来る。念力、物を触れずに浮かばせてしまう。超能力と言うものですね。別にこれを目指したのではなく、人の集中力を高めたりとかの目的で作ったら、そんなことが起きてしまったというものだそうですが」


 身体強化はわかりやすい。リリアだ。ただ力が強いだけではなく、反応速度まで異常に伸びる。その本気リリアと渡り合えたリュックも恐らく。

 テオもそうかもしれないと思った。物を透かして見る。それだったら隠れていても重機関銃が撃ち込まれたり、煙幕が無効だったのも理由が付く。そういう兵士を意図的に作れるのなら。それはまた、便利ではあろう。

 するとアナベルは、食事と一緒に運ばれた一本の蝋燭を手に取った。そして、ぐっと眼帯を持ち上げる。彼女の右目は戦傷の跡もなく、瞳の色が変わっているわけでもなく、ただただ普通であった。そして両目で、蝋燭を見つめる。

 唐突だった。

 蝋燭に、火が灯る。

 火種も何もないのに。

 そして彼女は火を吹き消して、眼帯を元に戻す。


「パイロキネシス、というそうです。集中して凝視すると燃えるんですよ。両目で読書や料理もアウトです。片目を隠していれば、発火まではしないのでこうしています。誰にも秘密にしているので、話さないでくださいね」

「それなら、、なぜ僕に教えるんです?」

「リリアちゃんがいわゆる同類である、というのは、船の時からなんとなく察していました。明らかに女の子の余裕とパンチじゃなかったですし。私も、異常者の側にいる人間。他人に知られたいとは思っていないですから、ジゼット君がこうして警戒するのも気持ちは良くわかるんです。教えたのはあなた達への理解と信頼、ということでどうです?」


 微笑に、ジゼットは小さく頷く。そうするしかない。


「彼らは適合者とか、変異体とか呼んでいるようですが。こうしたいろいろな人間が出たことを、軍はいくばくか把握していました。そして確保に向かいましたが、それでもかなりを取り逃しました。大量に民兵と言うただ飯食らいを抱えるわけにも行きませんし、普通の人間と適合者をすぐ分けられる判別方法もないので、除隊手続きのところで止められなかったんですね。一体どこの機関がどんな権限で行っているのか、そこまでは知りませんが。彼らは、今も捕獲作業を続けています。そして、今日のお話となるわけです」


 食べてくださいと言われて、ジゼットも手を動かした。当然喉の通りは悪いが。

 薬の反応の出た人間。それも常識外の力を扱える。調査には是非欲しいだろう。エリーから聞いた、自分を探しているらしい人間もやはり、自分の捜索を名目にしたリリア捕獲の為ではないかとの疑念が膨らむ。


「今日の話というのは?」

「お二人の周辺で嗅ぎまわっている人がいるというのは、レアさんのほうで掴んでいたようです。その活動が活発の傾向にあるようなので、こうして紹介状を渡して、ウルティスから去っていいよと伝える。それこそ、ホテルに直接使いを出して渡そうかと考えていたそうですが、張り込まれているとあれなので。あと、少し良くない動向を掴んだそうで。これが、たいした用件に変わったという意味ですね。そこでですね」


 一拍。


「その紹介状を使い、次の斡旋屋に渡るのもいいけれど。この国にいては追われる身だから、他所の国にいかれてはどうですかと。誉められる方法ではありませんが」

「それは。レアさんからですよね、こんなにしてもらう理由がありません」

「えぇ、まぁ、費用は貰うとのことですが。好意ではなく、お金で買う取引です。そんな道もありますよと。あの人の人脈、結構恐ろしいですね」


 あなたは買うか。

 ジゼットにとってはこの国にいる理由そのものは、パスポートなしでは国外に出られないし、言語や文化の違う異国へ行く不安からだ。しかしこの国にいて常に追手がかかるという事になれば、そうするほうがリリアにとって安全だ。ジゼットがもっと小さな時は愛国心を植えつけられて歌ったが、今のジゼットにはそんなものよりもリリアが大事だった。リリアを守れるのなら国外に出るくらいは、生活に不便がなければだが、問題はない。

 この国にいる間は、この不安と危険に隣りあわせだ。それを思えば。


「はい。前向きに受けたいと、思います」

「では細かい話は、レアさんとどうぞ。私からの話はここまでです。あ、これレアさんの携帯番号ですので」


 そうしてメモ紙を渡して。

 アナベルの携帯が鳴った。番号を確認してからアナベルはコールを取ると、2・3言やり取りをして。そして「ジゼット君にです」と渡した。

 電話の主は、レアだった。


「こんにちはジゼット」

「こんにちは。紹介状ありがとうございますレアさん。それと渡航の話を」

「えぇ。でもその前に急ぎの話があるわ」

「何でしょうか」


 レアの話ならばと多少気を抜いていたジゼットは、しかし次には息を呑む。


「筋の人間からのホットな情報。男性数名が、ゴシックドレスの銀髪少女を連れてあなた達のホテルを出るところを見た、ということよ」

「‥‥‥!」


 がたりと、ジゼットは席を立つ。そんな場違いな服装をする小さな女の子が、あのホテルに二人といるはずがない。

 それはリリアだ。

 部屋から出ないように言ったのに。それとも何かしら言いくるめられて連れて行かれたのだろうか。


「そんな‥‥‥リリアはどうなったんです!?」

「続報待ちの状態ね。君は動かないで待機していたほうがいいわ」

「なぜです」

「君にも監視がついている。今は撒いているみたいだけど」


 それで、自分が散々にたらい回しされた意味がわかった。今この場所だけはレアのお墨付きで安全であると同時に、外に出た瞬間敵の目があると。

 すると電話向こうで「待ってね」と断ると、レアが別の相手と話を始めた。そしてしばしして、戻ってくる。


「未確定の情報が来たけれど」

「聞かせてください」

「ひとつ。ドレスの少女は、男性複数名と、女性一名と一緒に車に乗ったそうよ。そしてふたつ。ウルティス中央から南に外れた場所で、ドレスの少女と女性と、負傷した男性が車から転がり出た。女性は拳銃を所持していて、女の子を連れて町に消えたそう」

「女性‥‥‥そうですレアさん、クリスさん達と連絡取れますか? 出かける前に、リリアの遊び相手をお願いしたんですが」

「あらいやだ、いえ、あるいは僥倖かしら。その女性、短めの栗毛だったそうだけど」


 リリアと接しそうな、栗毛の女性。

 リリアを連れているのは、クリスの可能性がある。それだけでもジゼットをほっとさせるには十分だった。リリアがその気になれば大の大人10人程度は秒殺。彼女が栗毛の女性に対しそれをしないなら理由があるし、もし彼女の手を引いているのがクリスだとすれば納得だ。リリアは、クリスのことを口煩いけど楽しく過ごせる「いい人」と思っているから、不平は言っても従うだろう。


「こちらで連絡しましょう。君はかけないでね」

「わかりました」

「‥‥‥そう。私の口から言うのは何だけれど」

「何です?」


 問い返しに、一拍。


「あまり、他人を信じないほうがいいわよ」

「それはレアさんを含めて、ですか」

「えぇ」


 その通りだ。警戒するくらいで丁度いいし、誰かに任せるなんて事は危険かもしれない。特に今は、自身は兎も角としてもリリアのことがある。

 けれどジゼットは目を閉じて。

 はっきりと、答える。


「僕に人を見る目があるかは、わからないけど。レアさんとエリーさん、クリスさんはそうじゃないと思います。僕達はいい人に会えたと思っています。僕は今、何も出来ない身です。そしてここでレアさん達もリリアの敵になるようなら、やっぱり僕には何もすることが出来ません。今はレアさんの言葉を信じるほかないと、思います」

「人間、自分が一番かわいいものよ。他人を蹴落としてでも。他人と最期まで地の果てまで、なんて人間は」

「そうですね、僕もそうだと思います」


 リリアのためではなく、自分のために彼女を守るのかもしれない。自分が、明日も楽しみたいから。

 電話向こうから吐息が聞こえた。


「また連絡するわ」

「お願いします」


 通話は切られた。

 携帯電話を元の持ち主に返すと、ジゼットは今の会話の概要をかいつまんで伝えた。


「アナベルさんの仕事は、これで終わりですか?」

「えぇ、そのようで」

「じゃあ、僕の依頼を受けてみませんか」


 ジゼットの言葉に、アナベルは片目を細める。


「まずは聞きましょうか」

「僕の護衛です。期間は僕達が合流するまで。今がどのような状況であっても、最終的にそうするべきですから。もしもリリアと一緒にいるのがクリスさんならですが、相手はクリスさんが拳銃を抜く必要のある相手です。だから」

「ジゼット君、私は」


 何かしらの衝突が予想されて、その為に戦力として欲しいと。その意図がわかったからこそこれは伝えておかねばならないと、アナベルは話した。


「私、人を殺したことがありません」

「‥‥‥」

「少なくとも、意識して殺したことは。怖いんです。擲弾兵連隊の時からずっとです。救護兵の手伝いとか、荷物運びとかだけ」


 アナベルは、少しだけ肩を落として。


「いつも複数人でする仕事にお邪魔して、ショットガンを持つと皆驚いてくれるから脅かしたり、ドアブリーチの仕事だけして分け前を貰ったりです。元々、掃除屋になったのも成り行きですし。誘われると断れないし、押されるとうんと頷いてしまうんですよ。船の時もそうでした。楽な仕事だよ、どんぱちがあっても勝てるよ、皆で戦いに行こうよって言われると断れなくて。それでお金が入ることを知っているから余計に、ですね」


 それで自身の優柔不断さを嫌悪していると言う様子は見せず、アナベルはただジゼットに対して申し訳ないという顔を作る。


「クリスさんが拳銃を抜くような状況であるというのなら、だからこそ私はお役には立てません。ごめんなさい」

「そうですか。こちらこそすみません」


 それならば声をかけるわけにもいかない。ジゼットはそれ以上は言わないことにした。

 微妙な空気のまま、二人は食事を済ませた。予定ならこれで解散だったが、ジゼットはレアに待機を命じられ、また動くにもどう動けばわからない身だ。仕方なしとジゼットは息をついて、リリアの無事を祈りながら。

 なお動かない目の前の女性を、見る。


「アナベルさんは、帰らないんですか」

「えぇ。携帯も、あったほうがいいでしょう?」


 そう言って、アナベルは弱く笑う。




 そして彼女の携帯電話が、またコールされた。





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