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5-6 猟犬は放たれる




「いつから私の仕事は子守になったのかね」


 ぼやきながらも笑って、クリスは車のハンドルを握っていた。

 だがそれに対する返答はない。助手席にはエリーもいるが、彼女はただでさえ弱い午前中に無理矢理起こされて、まだ脳みそが始動してないなかった。それでも「付いていく」とエリーが言ったのは、やはり相手がリリアであるからだ。リリアが相手なら、吝かではない。

 それに、ジゼットの話も少し気になる。

 電話によると、ジゼットは知らない人間から呼ばれて出かけるのだと言っていた。何かをジゼット達に渡すという話らしいが、なぜかジゼット一人でと条件が付いている上に、そんなことをしてまで呼ばれる理由に見当が付かないという。

 ジゼットが非常に敏感になっていることは、エリーもクリスも前回の電話でわかっている。彼としては何かあるのが怖いから、リリアの勝手な行動を封じることと、変な人間がリリアに付かないように来て欲しいと、それも言い分はわかる。正直オーバーな思考と対応だとはクリスも思っているが、それがジゼットのリリアに対する思いの本気度というものだ。本人は否定するが、彼の行動原理は親友どころではない。やっぱり本気でリリアのことを嫁と思っているんじゃないかとすら勘ぐってしまう。わんぱくを通り越した娘だが、なるほど男子を惹きつけるだけの容姿はあるし、表裏のなさは一つ魅力でもあるだろう。

 ともあれ、彼が思いつめているらしい所に頼りにされるのは悪くない気分だ。それに数日振りにあの我侭娘と絡むとなると、やはり吝かではない。そういうことでクリスは車を転がしている。徒歩でも十分いける距離だったが、エリーがおねむなのでこうしているわけだ。


「それにしてもすぐ来てくれはさすがに笑うけど」


 しかしそれを叶えられる理由がひとつ。

 レアだ。

 厳密に言うとレアの店。扉に掛けたクローズドの看板にエリー達当てに添えられた手紙だった。レアの筆跡で、今日は終日休業にする旨を書かれていたのである。クリス達にとって憩いの場になっているそこは、店主が終日休業するというのは中々珍しいことだったが、それが今日起こったわけだ。

 こんな朝の時間に開いている飲食店はほとんどなく、だらだらする場所もないところでジゼットの電話であった。仕方ないので二人して買い置きのインスタントの食事を済ませて、今に至る。インスタント食はたまにならいいが、手作りには適わない。それが評価し辛いレアの手料理だとしてもだ。

 リリア達の泊まるホテルの正面街路は片側一車線だが広めだ。適当に路肩につけて、ほら着いたよとクリスは眠り姫を起こす。多少睡眠時間が取れたおかげで、エリーにしてはまともに動き出す。

 じゃあホテルに行こうかと、その時だった。


「ありゃ」


 丁度そのホテルから、黒のゴシックドレスを着たリリアが出てくるのを見つける。見つけるというよりは、派手な衣装が嫌でも目に入ったわけだが。

 それなりに身なりを正した男性四人に囲まれるようにして少女は歩いて、路肩につけていた車に向かっている。

 男達はエリー達の知らない顔だ。そして自分達以外の人間が来る予定などジゼットからは聞かされていない。むしろそれを警戒しての呼び出し。

 二人は数秒考えた。そしてこれはもしかしてよくないのではないかと、二人は顔を見合わせた。

 クリスは車に乗せた自分の荷物を、サブマシンガンや手榴弾を突っ込んでいる袋を引っつかむと、後ろ腰の拳銃も手で確認しながらエリーを伴って少女の元へと向かった。


「お~いリリア」

「あ、エリー。クリス」


 クリスが声をかけると、車に乗り込むなど二の次だとリリアは足を止めて二人を笑顔で迎えた。


「あんたどこ行くの」

「警察だって」

「へぇ」


 クリスは少女を囲む男性を見る。

 車はいわゆるパトライトをつけたパトロールカーではなくただの乗用車。彼らの服装も、正してそれっぽくは見えるがよく噴水広場で見る制服警官とは少し違う。リリアは知らないが、ハウンドをやめてからウルティスに住んでいるクリスには違いがわかった。

 そしてそのうちの一人が、クリスとリリアの間に割り込む。


「何か用でしょうか」

「あ~、私、そいつの保護者。うちのが何かやらかしましたかね」

「そうでしたか。ある事件で事情を聞きたいので」

「そう? じゃ、私も同伴していいよね。なにやらかしたか知らないけどごめんなさいね。どこに行くの。中央署?」

「そうですね」


 言いながら、クリスはリリアを車に押し込みながら自分も勝手に乗っていく。有無は言わせないと乗り込んで、周囲の男達の様子を窺う。その時警官達が少しばかり戸惑った顔をしたのを、エリーとクリスは見逃さない。エリーにも、彼らがウルティスの制服警官の姿ではないとわかっていた。任意同行に制服警官を寄越すなんて決まりはこの国にはないのだが、ジゼットの訴えの直後となると彼女たちとしても警戒したい。


「クリス、私は」

「エリーは待機してて。車も置きっぱなしでいいよ。で、連絡待ち」

「了解」


 ジゼットの事もある。頷いて、エリーは一歩引く。

 後部座席で男二人に挟まれながら手を振るクリスとリリアを乗せて、車は走り出した。実に法律を守った速度で、走る。

 クリスは周囲を見る。わずかばかりに勘が囁く中、運転席や助手席、自分達の両脇に座る男達の視線や、運転席の人間の無線などに耳を傾ける。残念ながら無線の先の人間の声は聞こえなかったが。そしてリリアの様子を見て。


「警察が部屋に来たの?」

「うん」

「リリアあんた、荷物は?」

「置いて来いって言われたわ」


 つまり丸腰かと、クリスは理解しつつ。


「リリア。余計なことは言わないで、私の言う事もちゃんと聞きなよ?」

「はいはい、わかってるわ」


 暴れるなといういつもの小言だと、リリアはあからさまにため息をつく。

 今日に限ってはそういう意味ではないのだが。

 車は走り続ける。

 それはほんの少しの事実と、クリス自身の予感であった。

 あのホテルから中央署にまっすぐ行くには、今ドライバーが運転しているこの道は適さない。

 だからクリスは、連行中という事実に対する適当な態度のまま、話しかけた。


「ねぇリリア。あんた、私のこと嫌い?」

「何よ急に」

「答えなって。ちなみに私は、あんたのことは別に嫌いじゃない」

「そう。私も、別に嫌いじゃないわ」


 好き、と言われなくて若干不満だったリリアは、同じように返す。

 そんなリリアの手を握ってそっと、しかしよく聞こえるようにクリスは呟いた。


「愛してるよ、ば~か」

「愛‥‥‥?」

「そ、愛」


 愛という言葉の意味がわからず、クリスが変なことを言い出したなと思いながらリリアは彼女の横顔を見上げた。

 そして、軽薄と怠惰のいつもとは違う、お仕事の時の表情になっていることに気づいた。

 車はなお走る。そろそろ、クリスの知らない場所にやってきていた。

 ウルティスの中央署は噴水広場近くにあるのに、そのあたりはクリスのテリトリーなのに。おかしな話だ。運転手がしていた短い無線のやり取りも終わっていた。

 クリスは考える。ホテルにピンポイントでやってきた、警察制服に似せた人間。ただの強盗なら道具を持って乱入だからこれはまず違う。また、リリアが部屋にいるのがわかっていてやってきたのは明らかだ。後は誘拐の線だが、これもクリスは除外することにした。多数の人間が入り乱れるホテルで、親なしで長期間リリア達が居座っていることを調査した上で、ジゼットが抜けたタイミングで、実行犯だけでも四名が直接出向く。誘拐にしては出来すぎだ。そこらの一軒家でも張ってたほうがよほど効率的で安全だ。

 それに、その四人の男達。

 動きが逐一はっきりしている。体も無用に揺らすことがない。

 軍人の臭い。自分達ハウンドが多少でも齧った戦闘訓練、それを昇華させたような。

 そして裏付けるように囁く、自分の勘。

 これが本当に私服警官か何かで完全に的外れであれば、ごめんねてへぺろで済む話。


「ねぇ運転手さん。中央署から大分離れたけど、どこにいくの?」

「行くのは南署だ」

「さっきと言ってること違うね」

「言い間違えたかな。南署だよ」

「で、南署から道を外れたら次はなんて言うのかね」

「運転中だ、無駄話は隣の人としてくれ」


 車は、走る。


「その無線、こっちにまったく聞こえてないと思ってる?」


 クリスには会話内容は聞こえていない。ただの鎌かけだ。しかしもし彼らが本当に警察でないとするなら、会話内容は推測できる。

 保護者と名乗って唐突に入ってきたイレギュラー、クリスの処遇。

 相手は複数。この4人で全員ならばこの中にリーダーがいて、どうすべきか指示を仰ごうとするだろう。もしそれ以上の規模でいるなら、その規模に相応のリーダーにどうするかを聞くだろう。あの無線は、そのためのものと考えての、ただの鎌かけだ。

 いくばくかの沈黙。


「悪いが、一緒に来てもらうよ」

「抵抗はするな」


 クリスの脇に座っていた男が彼女の腕を掴んで拘束し、振り返って着た助手席の男がサプレッサー付きの自動拳銃をクリスに向ける。奇しくも彼女がサイドアームとするものと同じ、UP45ハンドガン。

 反応したのは。

 リリアだ。

 助手席の男のサプレッサーを素早く掴んで、クリスから銃口を外す。仮にも良くしてくれるクリスが襲われたからという、それだけの理由だったが。

 その動きを抵抗と見たリリアの脇の人間が、少女の拘束にかかろうとする。4人の中で一番の手練だったその男はしかし、彼が認識するよりも早く振るわれた少女の左裏拳で鼻頭を殴られて悶絶した。同時にリリアは右手で握っていた助手席の男の拳銃を力任せにもぎ取る。リリアならば可能だった。そしてそのまま即席の棍棒にして、グリップの底部をクリスを拘束していた男の顔面に叩きつける。

 彼が悶絶する間に、クリスは拘束されていない手で腰からハンドガンを抜き、男の胸に銃口を突きつけた。今から自身の拳銃を抜くわけには行かない。クリス側はそれで勝負が決まるが、反対側はそうではなかった。裏拳を受けた男は立ち直ると、リリアの首根っこを掴みかかろうとして、しかし少女に肘撃ちのお返しを貰う。それを男は腕でガード。

 少女の動きに対応できただけでも称賛だが、そこまでだった。リリアは拳銃を鈍器に代えてガードの上から殴りつける。リリアのあの力でだ。

 二度。三度。

 衝撃でガードが崩れた所に、横殴りに頭へ素早く鋭い一撃。それで男は呻いて、昏倒した。しばらく動けないだろうが、生きているだけ、最後の一撃をどれほどリリアが手加減したかが窺える。

 運転手が助手席の男に拳銃を渡し、彼が拳銃を再度クリスに向けるが。リリアが狭い車内で小さな体をこれでもかと駆使し、銃を握る手首を蹴り上げて獲物を吹き飛ばしたことで、勝負は決まった。

 リリアなら妥当な結果である。特に驚くこともせず、クリスは運転席を睨みつけた。


「さて運転手さん、どうしてリリアを攫おうとしたのか教えて頂戴な」


 当然おいそれとは答えない。

 ので、クリスは自身の捕虜の足の甲へと銃口を向け変えて、躊躇いなく撃ち抜く。45口径の銃声と、男の絶叫が車内に響いた。


「私は気が短い」

「君達を解放する。それでどうだ」

「あんたら全員射殺するって手があるのよ」

「クリス」

「何」

「殺さないで」


 クリスは、ぎょっとして隣の少女を見つめた。

 まさかの、だ。

 あれだけ殺戮の限りを尽くしてきたリリアがそんなお願い事をしてくるとは思わず。クリスは凝視して、そしてリリアの堅いけれど迷いのない表情に「わかった」と答えた。無益な殺生は、クリスも好むわけではない。そして改めて人質に銃口を突きつけて。


「私も無用な殺生はやめるよ。で、あんたらは命の恩人に何か一言は?」

「そっちの女の子を捕縛するように言われた。それ以上は知らない」

「感謝の念が足りないようね。理由を聞いてんのよ」

「‥‥‥薬の症状が出ている。ここまでだ」


 リリア、薬。

 いつかレアの語った御伽噺が、クリスの脳内で想起された。ハウンド、擲弾兵連隊に支給された食事の中に混ぜられたと言う、身体強化などをする薬物。


「それ、レーションとかに混ぜられたっていう薬のこと?」

「‥‥‥」

「まぁいいでしょう。じゃあ誠意の履行といこう、車止めて」


 車はすぐに道路脇に寄って、止まった。

 足を撃った人質を車外に放り出して、まずクリスが出る。そしてクリスのバッグを持ってリリアも降車した。大通りで拳銃を振り回すのはいろいろと問題だが、この際は仕方ないとクリスは割り切るしかない。

 約束は約束だ。人質に銃口を向け警戒しながら、クリスはリリアの手を引いて、そして後は振り返らず走り始めた。彼らから離れられる方向ならばどうでも良かった。

 すぐに、男達は車から降りる。追跡しないとは言っていないし、追ってくるなとも約束していない。はいそうですかと引き下がるとも思っていないし、薬の話を教えたのは逃がす気はないという事だろうとも思っていた。もう一台後ろからつけていた4人乗りの車も止まり、負傷者と救護者を除いた数名がクリスの後を追うべく走り始める。

 リリアの洋服は兎に角悪目立ちが過ぎるが、入り組んだ地形で家壁で遮れるならリスクはない。車で十数分、既に知らない場所だが見つけた路地に入り込んで、ひとまず身を隠す。勘は遠ざかったので、とりあえず大丈夫そうだなとクリスは息をついた。


「クリス、ありがとう」

「何が」

「殺さないでくれて」


 リリアにしては珍しい感謝の言葉に、クリスはやはりきょとんとしてから、彼女の頭を撫でることで答えた。随分とこいつも丸くなったものだと。リリアは、くすぐったそうに彼女の手を受け入れる。

 さて、追跡者が出ていることは最早語るまでもない。このまま見失ったらはい解散となってくれればいいが、そうでないとなればここから正体不明の誰か、薬の話からしてろくでもない連中からの逃走をしなければならない。これは非常にまずいとクリスは感じていた。何がまずいかって、向こうはリリアを捕らえるのがゴールだが、こちらは敵が諦めるのがゴールである。いつ終わるのだかわからない上に、敵に回した相手の規模もわからない。あるいはここで手を引けばクリスはお咎めなしで済むかもしれないが、リリアは。

 どこまで付き合うか、どこまで手伝うか。悩む所だが。

 そのリリアはまだ危機感は持っていない。ただ、しおらしいまま上目遣いに見上げて。


「ねぇクリス。私って変な人に攫われそうになったのよね。どうして私を助けてくれるの」

「愛してるからよ」

「愛してるってどういうこと?」

「あんたのことが嫌いじゃないって事よ、クソ娘」


 リリアの手からバッグを受け取って、クリスは軽薄に笑った。

 理屈ではなく。

 少なくとも、そういう気持ちは、ある。



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