化け物の島/困難は彼らに降り注ぐ
「おお、なんだこりゃ。死屍累々って感じだな。
どうなってんだ、これ?」
予想通りというか、予想以上というか。
砂浜から少し歩いた山道には参加者が多数倒れ伏していた。
石畳が敷き詰められ、一応の整備はされている。
滑って転んだわけではなさそうだ。
駆け寄って容態を確かめてみる。
生きているものと死んでいるものが半々くらい。
生きている連中は、みな身なりのいい貴族連中だった。
「これ……なんですか? あまりに、酷すぎるんじゃ……!」
「不用意に森に入って行けば、住民たちの怒りを買う。当たり前のことだ」
あれだけの人数が一気に駆けて行ったのだ、それは相当な騒音だったろう。
普段人通りも何もない島だ、動物たちの警戒心を大いに刺激したのだ。
衣服に引っかき傷や動物の短い毛、それから噛み痕がいくつもあった。
致命傷となったのは首への一撃だろう。
「なんだろう、これ。オオカミか何かか?」
「それにしちゃ、傷が深すぎる。
首の半分以上を持って行っている。かなりデカいぞ」
凄惨な死体から、ミンクは目を逸らした。
お嬢さん育ちっぽいし、こういうのには慣れていないのだろう。
俺だって見慣れているわけじゃないが。
「慎重に行こう。声を上げたり、騒がしくするのはダメだ。
物音を立てないように……」
その時、奥の方から悲鳴が上がった。
参加者連中だろう、襲われているのか?
「慎重に行こうぜ。あいつらに気付かれない位置を保って――」
言った途端、ミンクが走り出した。
制止する暇さえもなかった。
「これ以上、誰かの命が失われるのを黙ってみてはいられません……!」
正義感のお嬢ちゃんめ。俺は頭を掻き、辺りを見回して言った。
「先に行ってくれ、マイト。すぐに合流する……確かめにゃならんことがある」
「おう、任せておけ。ミンクのことは、必ず俺が守ってみせる!」
期待してるぜ、勇者様。
っていうか、あいつもあいつでまんざらでもないんだな。
走り去っていくマイトを見送り、俺は周囲を探った。
敵はあいつらが引きつけてくれる。
転がったものたちの懐を探り、星を探す。
だが、見つからなかった。
めぼしい装備品なども転がっていないから、誰かが持ち去っのだろう。
「ま、そりゃそうするよな。転がってりゃ友達だって道具……」
ため息を吐いて立ち上がる。奥の方では断続的な戦闘音が聞こえて来た。
二人はひとかどの実力者であるとはいえ、未知の敵相手では辛いだろう。
助けがいる、きっと。そう思って俺は走り出した。
立木の中を越えて行くと、すぐに彼らに追いついた。
「オイオイ、なんだこいつは……まるっきり化け物じゃねえか……!」
視界が開けた先に待っていたもの、それは化け物としか言えない生き物だった。
人を丸のみにしてしまえそうなほど巨大な蛇。
人の腕ほどの大きさがある蜂。
直立して歩く、筋骨隆々とした雄牛。
こいつらは、確か……そう、人造生物。
魔法によって通常とは違う成長の仕方をした生き物の総称だ。
ようするに、人様の都合のいいように進化したものたち。
巨大な雄牛、タウラスはその力から畑の開墾などに使われることも多い。
だが、人造生物がこの島に生息しているならさっきの惨状にも納得だ。
多くの人間を超える力を持つこいつらは頭がいい。
特定の人物を探し出したりすることなんて朝飯前だ。
きっと、貴族を殺すなと命令が出ていたのだろう。胸クソ悪い。
(さて、それじゃあこっそりやっちまいますか……!)
幸い、人造生物どもは全員俺に背を向けている。
こっちには気付いていない。ならば速攻で片付ける!
マジックアローを生成、巨大蜂グローワスプに向けて放った。
比較的小さなそれらは、魔法の矢によって散らされた。
「クレイン! お前、遅いんだよ!
さっさと手伝ってくれよ、ったくもう!」
マイトはタウラスの巨大な拳を、木剣で受け止めた。
魔力で強化してなお、剣はミシミシと音を立てる。
あんなのと殴り合ったら、俺なんて一瞬で肉塊に変えられるだろう。
「そっちは頼んだぜ、マイト。
俺はもうちょっと、楽な方に行くからさぁ!」
指先に炎を生み出し、蛇の真横に向けて放った。
昔爺さんから蛇は熱いものに反応するということを聞いたことがある。
そして、それは真実だったようだ。
俺の作り出した火球に反応し、蛇が顔をミンクから逸らす。
この隙を見逃さないでくれよ!
ミンクは蛇の隙を見て、右手にマジックアローを生成した。
俺の何倍も大きなものだった。
ハッタリでないことは中に込められた魔力の強さからして分かる。
俺は息を飲み、巻き込まれないように射線上から跳んで避けた。
同時に、魔法の矢が放たれる!
その威力は、まさに圧倒的なものだった。
矢の一本一本が巨大な蛇、ギガスネークの肉体を粉砕した。
バラバラになった巨体が森に撒かれる。
しかし精密操作は苦手なようで、蜂は取り漏らした。
弾幕を縫って蜂が彼女に迫る。
ミンクはマジックシールドを広域に展開し、蜂の針を受け止めた。
無毒化された種とは言え、あれだけ太い針に突かれればかなり痛い。
俺は跳び、ミンクに纏わりつくグローワスプの群れを叩き潰した。
「クレインさん! ひ、酷いんですよ。人造生物の群れが、あ、あんな……」
「落ち付けよ。分かってる。まずはここを切り抜けるのが最優先だな……」
二人死んでいる。どちらもゴロツキみたいな身なりをしている。
もっといい身なりをしていれば、死なずに済んだだろうに。
マジックアローで蜂の群れを牽制しながら、俺は彼らの懐を探った。
金色に輝く星型を見つけ、それを持って立ち上がる。
「っし、さっさと逃げるぞ! 取り敢えず高台に……」
蜂以外は高地を嫌う。
そして蜂も巣の近くからは離れないだろう。そう思った。
幸い、山へと昇っていける山道がある。
そこを通って行けばこいつらから逃れられる。
「ま、待って! 止めて、離してくれよ!」
「うるせぇ! お前はここでリタイアだよ、ノロマのフェリック!」
ところが、高台の方から声が聞こえて来た。
見ると、先にこちらに到着していた貴族連中がいた。
そいつらは一人の体を掴み、蹴飛ばし蜂の方に追いやった。
品のいいジャケットを着た、育ちのいい貴族が地面を転がる。
立ち上がり、蜂から逃げようと出鱈目に走ったのがまずかった。
崖から滑り落ち、そして下の叢まで落ちた。
取り敢えず生きているようだが、彼を狙い化け物どもが集まって来る。
「大変です、クレインさん! 助けないと!」
「ええ……死なないだと、多分」
「そんなこと分からないじゃないですかっ!」
分かるんだよ、と言おうとしたところでミンクが駆け出した。
まったく、体力のないお嬢ちゃんが無茶してくれちゃって。
助けなきゃいけなくなるだろ、こんなの!
相棒と組み合っているタウラスにマジックアローを投射、俺も走り出した。
横っ面叩き込まれた攻撃に、タウラスは身じろぎする。
目を狙ったがそれは少し求め過ぎだろう、あれなら問題なくマイトは処理する。
問題なのはこっちの方だ。
貴族の坊ちゃんに襲い掛かって来たのは、やはりタウラス。
ミンクは彼に近い位置にいた蛇と蜂とを攻撃した。
ならば、と俺はタウラスに切りかかった。
タウラスの太い腕が、俺の木剣を防ぐ。
それだけで、木剣は柄を残してへし折れた。
「冗談だろ、オイ! どういう筋肉してんだこいつ……!?」
タウラスは逆の腕を振り上げる。
顎に食らえば頭だけが吹っ飛んで行きそうだ。
魔力シールドを張るが、しかし受け切れるかどうか――!
「危ない、クレインさん!」
ミンクが更にシールドを重ねてくれた。
本体から距離が離れるほどシールドの出力は減衰する。
だが、ミンクの張ったシールドは見事タウラスの腕を受け切った。
(こいつもどういう魔力してんだよ……! だが、ありがたい!)
これなら全力で攻撃を行うことが出来る。
魔力を両手に収束、最大出力のマジックアローをゼロ距離で叩き込んだ。
タウラスの体が吹っ飛び、森の中に消える。
「っそ! とっとと逃げるぞ! マイト、いつまで遊んでいやがる!」
俺が声をかけた時、ちょうどマイトがタウラスを打ち倒した。
「これが遊んでるように見える? まあいいや、さっさと行こうぜ!」
俺は貴族の坊ちゃんの腕を引き、高台へと全力で昇って行った。
「ああ、まったく死ぬかと思った。島に来るなりなんだよ、あれまったく」
取り敢えず蜂も蛇も牛も追い掛けて来ないの。
俺たちは道の端に転がった。
「あ、ありがとうございます。危ないところを、助けていただいて」
「ホントに危なかったぜ。マジでお前のために死ぬかと思った」
俺の皮肉に、貴族の坊ちゃんは身を縮めた。
小心者だな。だから仲間にも捨てられた。
「僕、フェリック=ローレスと言います。
あの、本当にありがとうございます」
彼、フェリックは丁寧に名乗った。
貴族らしいフリル付きのシャツに肩章のついたジャケット。
特徴的な青い髪は目を覆い隠すくらいまで長く伸びている。
全体的に筋肉が付いておらず、ひ弱な印象だ。
女ものの服を着れば、そのまま女でも通用しそうなくらいに。
「だからお前を助けに行ったわけじゃねえって。
そんなにかしこまるなよ気持ち悪い」
これは本当だ。
いつも威張り腐った貴族どもが小さくなると逆に気持ち悪い。
「けど、何であんなところに転がってたんだ?
確か仲間と一緒にいただろ」
「僕、落とされたんです。怪物から逃げている途中に。
どんくさい、って言われて」
まあ、どんくさいな。
だが化け物の群れに押し込めるのはやり過ぎだ。
足を踏み外して死んでいた可能性だってある。
そもそも殺されないと知っていたのかどうかも……
「酷いことをしますね、本当に……無事に済んでよかったです」
うんうん、そうだな。無事でよかった。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。
フェリックだったっけ? 一緒に行こうぜ?」
うんうん。
うん?
「何言ってんだこのアホ。
俺たちだけで手いっぱいなのにお荷物抱えて行けるか!」
「いやいや、荷物とは限らねえだろ? こいつ貴族なんだから結構強いかも」
「さっきの立ち回り見てどこをどう解釈すればそう言う結論になる……!?」
剣技だのなんだのは習っているかも知れないが、とても実戦には耐えない。
さっきの立ち回りを見れば一目瞭然だ。
「でも、このまま見捨てたらこの人きっと……」
いやだから死なないって、と言おうとしたがミンクは両目に涙をためている。
「いいんです。何もかも、僕の力が足りないのが悪いんですから」
しゅんとした様子でそんなことを言わないでほしい。
これじゃ俺が悪いみたいだろ。
「ほら、クレイン!
貴族が偉そうにしてんのが気に入らねえって言ってたろ?」
「こいつが気に入らねえ貴族の側に立ってるってこと分かってて言ってるな?」
「だったらこいつも、偉そうにふんぞり返る貴族の犠牲者じゃねえか!」
パッと見正しそうなこと言いやがって。
まあいい、グダグダやってても仕方ない。
「分かったよ、時間もねえしさっさと行こう。チェックポイントまであとすぐだ」
「……! ありがとうございます! 皆さんのお役に立てるよう、頑張ります!」
今度は目をキラキラと輝かせて答えた。
つくづく貴族らしくないなぁ、こいつ。
歩きながら自己紹介を行い、俺たちは高台の一番上まで向かった。
そこから島の全景が見渡せる。
海上で見たのと同じように、古い時代の建造物らしきものがそこかしこにあった。
そして、その中でも原形を保っているドーム状の建物。
そこがチェックポイントだ。




