絵作りの試験/越えるものと越えられぬもの
ご丁寧に、下へと降りられるロープが掛けられていた。
俺とマイトは安全を確認するために先に降り、二人に降りるよう促した。
フェリックは意外と小器用に降りたが、ミンクは体勢を崩し下に落ちた。
受け止めようとしたが、その前に風の魔法で衝撃が殺された。
「わ、凄いですねミンクさん。風団を使えるなんて」
「勢いを殺す魔法か。俺も使えるけど、こんな高さはダメだな……」
ミンクは照れくさそうに笑った。
自分の体重と落下の加速を打ち消す魔法を彼女は使いこなしている。
フェリックにこの魔法は使えないが、知識は持っているようだ。
一目見ただけで魔法の種類を言い当てるとは。
「それじゃ、行こうぜ。方向としてはこっちだったよな?」
歩きながら、俺たちは色々なことを話した。
「へえ、フェリックくんって西のグランから来たんですか?」
「はい。僕の一族は鉱山経営の功績が認められて、貴族になったんです」
新興貴族という奴か。
この国の貴族は二種類おり、一つは自称神代から続く真貴族。
もう一つは新王国になってから貴族となった新興貴族だ。
権威主義のこの国では、どれだけ力を持とうが新興貴族は軽んじられる。
ちなみに、カイゼルも新興貴族だそうだ。
「三男じゃ家督も継げないし、弱いので中央の騎士にはなれませんでした。
学者にでもなろうかな、と思って勉強していたんですけど、お父様がね」
「あー、男なら騎士になってお国に尽くせとかそういうタイプ?」
「元々腕一つで成り上がって来た方ですから、そういう思いが強いみたいです」
貴族ってのもなかなか楽じゃないらしい。
生きるか死ぬかよりはマシだろうが。
「あ、そう言えばクレインさん。先ほど武器を失っていましたよね?」
「ああ。素手で戦えるように鍛えちゃいるから、問題はないんだけどな」
マイトに負けまいと剣の腕を鍛えていたが、別に剣が好きなわけじゃない。
片手で振るのにいい武器が剣しか見つからなかっただけだ。
棍棒とかハンマーも悪くなかったが。
至近距離での魔法行使でそれなりに戦えるので、素手でも不便はない。
「よかったら、こちら使ってください。僕には使い切れないものなので」
そう言って、フェリックは腰から剣を抜き、俺に差し出して来た。
俺はそれを受け取る、ズシリとした重みが腕にかかる。
抜いてみると、それは刃引きされた鉄剣だった。
なかなかいいものだな、と思う。
重心のバランスが先端に偏っているので、振りやすい。
何度か振り回してみると、結構しっくりくる。
見た目ほど重くないのだろう。
マイトほどの力バカじゃない俺にとっては、中々嬉しいことだ。
「でも、いいのか? これ、お前の剣なんだろう?」
「いいんです。剣も使いこなせる人に使ってもらった方が嬉しいでしょうから」
「なら、遠慮なく使わせてもらうよ。ありがとう、フェリック」
素直に礼を言って、剣を鞘に戻す。
ベルトに鞘を括り付け、再出発した。
しばらく歩いて行くと視界が開け、大きな門が目に入った。
巨大な石造りの門、蝶番の部分は真っ黒な金属で作られている。
少なくとも、こんなものを見たことはない。
「カルマ島か。人がいなくなる前は、どんな連中が住んでたんだろうな」
「神代の時代、ここは魔族の領地だったらしいです。
その後入植者などもなかったそうですから……
本当なら、これは魔族が建てたものということになりますね」
フェリックは物珍し気に建物を観察しながら言った。
魔族の建てたもの、か。そんなことがあるはずはない。
魔族なんてものは王が人をまとめるために作り上げた虚像だ。
きっと俺たちと同じ、血の通った人間だったのだろう。
爺さんはそう言っていた。
「さあ、行こうぜ! どんなものが待っているのか、楽しみだぜ!」
「ああ、楽しみだな。楽しみ過ぎて落ちないように気を付けろよ?」
俺は扉に手を掛け、押した。
とても重い扉だったが、押して動かないことはなさそうだ。
俺とマイトで二枚の扉を押し開けた。奥には広間があった。
「ホッホッホ、来たかいな。待ちくたびれたしもうたぞ」
部屋の中央にいたのは、老人だった。
髭がとても長く、地面について絨毯めいて広がっている。
おとぎ話に登場する魔法使いのようだ。
「爺さん、あんたがここの試練を司っているわけか?」
「ってことは、あんたを倒して進めばポイントゲットってわけか!」
「落ち着け、そんなはずはないじゃろう。若者は短気でいかんのぉ」
魔法使いめいた老人は柔和な笑みを浮かべ、奥の間を指した。
「最初の試練の場はこの奥じゃ。30分以内に突破してまいれ」
「何をやらせるのか、ってのを聞くのは……
マナー違反ってことになるんですかね?」
「左様。ワシはお主らを案内するだけ、入ってから考えるのはお主らじゃ!」
呵々と老人は笑った。
俺たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。
「それと、一緒に入れるのは二人までだ。
出来れば二人一緒に頼むぞい、時間の無駄じゃ。
成功すれば二人一緒に星を得られるが、失敗すれば得られん」
「なら、どっちかが成功すりゃいいってことか。
ならマイト、ミンクと行け」
「んじゃ、お前はフェリックとだな。
うん、いいんじゃねえのか? 行こうぜ」
奥には二つ扉があり、その前には二人の係員が立っている。
どちらも違う場所に誘導されるのだろう。
俺とマイトはツカツカと歩き、二人は慌てて俺たちの後を追った。
「ま、待ってくださいクレインさん! ぼ、僕でよかったんですか!?」
「お前だからいいんだよ。それと、ミンクだからな。
俺とマイトは戦いはともかく、知識方面はからっきし。
分担を考えるならこれしかねえだろ?」
俺はからっきしというほどではないが、マイトはダメだ。
数字すらまともに数えられない。
少し迷ったが、まあ若いお二人を一緒にした方がいいだろう。
「そ、そうですか……分かりました、僕頑張りますよ!」
「そんなリキ入れなくていいだろ。気楽に行こうぜ、気楽に。
失敗しても落ちるだけだ」
さすがに第一関門、そこまで面倒なことにはならないだろう……
そんなことを考えながら歩いていると、終着点に辿り着いた。
5m四方ほどの小さな部屋で、真ん中には大きめのテーブルが置かれている。
否、テーブルではない。これは……
「『枠』、か? そしてこれは、何のパネルなんだ……?」
石造りの枠が作られており、更にその中には15枚のパネルが並んでいた。
きれいに並べられているが、一カ所だけパネルが置かれていない。
そこには目のような刻印も刻まれている。
これはいったい、何をやらせようというのだろうか?
「これは、きっとパズルだ。見てください、図柄が」
「そうだな。もしかして、こいつを動かして図柄を完成させろ、とか?」
パネルに描かれているのは、てんでバラバラな模様だ。
これらを組み合わせて、一枚の絵を完成させろと?
無茶を言ってくれる。モチーフすらも分からないのに。
「見たことがあります、これは王都で……
そう、『天上の騎士』の宗教画ですよ」
「見たことがないんだけど、それっていったいどういう絵なんだ?」
「初代神聖騎士団長、レリアム=ストレイン叙勲式の絵です。
王はこれが神から地を譲り受けた何よりの証拠である、と。
その写しを本で見たことがあるので、覚えていたんです」
王城に飾られた絵画のことは、俺も聞いたことがあった。
名も知らぬ旅の吟遊詩人は言った。
『この世界の中心には、この世でもっとも愚かなものがある』、と。
それは実在すら疑わしい神と、ただの絵を証拠と呼ぶ王家。
その両方なのだろう。
「よし、フェリック。
その絵について分かる限りでいい、教えてくれ。
俺がパネルを動かすから、お前はそれを見て間違っていたら指摘してくれ」
「図柄が分かる僕が動かした方がいいのでは?」
「分かっている人間に見ていてもらった方がいい。
手先の器用さには自信がある」
フェリックは頷いてくれた。
俺は耳に意識を集中、フェリックの言葉を漏らさず聞いた。
頭の中でそれを形作り、色付け。パネルを動かしてみた。
何度か試行錯誤をして、ようやく満足のいく絵が出来上がった。
片膝を突き傅く騎士、それを見下ろす花冠を着けた男。
『天上の騎士』の絵が完成した。
「よし。んで、出来たらどうすりゃいいんだ……?」
そんなことを考えていると、奥の扉が開いた。
そこから入ってきたのは魔法使いの爺。
「どうやら完成したようじゃな、どれどれ……
うむ、素晴らしい」
そう言って、老人は懐から印と星を取り出した。
俺たちはその両方を受け取った。
「サンキュー、フェリック。お前のおかげで何とかなった。
「そんな。クレインさんもスゴイですよ。
僕が言ったこと、正確に理解してた」
フェリックの言葉は非常に分かりやすかった。
頭の中にすっと入ってくる感じだ。
まあ、何はともあれこれで1ポイント。
これならあいつらも問題ないだろう。
なにせミンクも付いているのだ。
俺たちは扉を潜り、反対側の広間へと向かう。
「……あれ? あいつら、まだこっちに来てないのか?」
だが、広場には誰もいなかった。
辺りを見回すと、近くにこっちが出て来たのと同じような石の扉がある。
恐らくあそこから出て来るのだろうが、しかし……
「あいつら何やってんだよ! あと少しで30分経っちまうぞ!」
その場にいない俺が焦っても仕方がない。
そんなことは分かっているが、しかし時間は無常に過ぎていく。
さっきの老人が扉を開き、そして。
「よ、よう、クレイン……お、お前らはどうだった……?」
「こっちはバッチリだよ。そ、それで? そっちはどうだったんだ?」
マイトとミンクは顔を見合わせ、ばつの悪そうな表情をした。
そして、二人して腕を交差させ、バツを作った。
ようするに、ダメだったというわけか。
「ミンク……お前が一緒にいたってのに、まさかこんなことになるなんてな……」
「ご、ごめんなさい。
でも、私も出された問題の解答がさっぱり分からなくて……!」
まさか、困ったことになったぞ。
初っ端から躓く羽目になるなんて。
「ま、まだ一日目だし?
逆転の目はまだ残ってんだろ! ッハッハッハ!」
「マイト、暢気に構えてる暇はないぞ。
チェックポイントのルール忘れたのか?」
マイトは心底不思議そうな表情をして俺を見た。
頭を何度抱えればいいんだ?
「いいか、テストをクリアすると星が手に入る、ここまではいいな?
んで、クリアしたテストにはこんな風に印が押される。
印の数がすなわち、星の数になるんだ」
「うん、だからまだ6ポイント残ってんだろ?」
「違う。印の数に応じてだ。
お前は1ポイント落としたくらいに思ってるだろうがな、違うぞ。
お前は実質的に4ポイントここで落としたんだ」
俺の説明を受けて、ようやくマイトの顔色も変わって来た。
この島に降り立ったメンバーの数は、総数50。
単純計算でも400しか星はない。
しかも、これは分かっている範囲だけ。
恐らく他にも脱落したやつがいるから、これより少なくなる。
ならば30人が合格出来るくらいのポイントしか残っていない……!
「ここからは熾烈なポイントの奪い合いになるぜ。
お前たちにとっては特にな……」
倒す人数は両手で足りると思っていたが……
甘かった。戦いはこれからだ。




