第9話 一升餅
あのウィンブルドンの夜から、三週間ほどが過ぎた。
一歳の誕生日の朝、居間のテーブルには大きな丸い餅が置かれていた。
両手で抱えてもまだ余りそうな大きさだ。紅白の二つ重ねで、上の餅には朱色の筆で名前が書かれている。
丹羽琢真。
ああ、こう書くのか。
音では知っていた。父親も母親も毎日のように呼んでいる。けれど漢字で見るのは初めてだった。
琢は玉を磨くという意味だったはずだ。切磋琢磨の琢。
磨かれる予定の名前らしい。今のところ、磨いているのは廊下の床ばかりだが。
その日は来客があった。
正確には来客が一組と、届け物が一つ。
平日だったが、父親はこの日のために銀行に休みを届けてあった。
届け物の方は朝のうちに来た。
丹羽建設の若い社員が玄関先で深々と頭を下げ、白い封筒を差し出したのだ。
「社長から、お孫さんの誕生日にと。本日はどうしても現場を抜けられないとのことで、くれぐれもよろしくと」
父方の祖父からだった。
まだ会ったことのない――正確には、生まれた直後に会ったきり、正月の熱で会いそびれたままの祖父。
封筒は祝儀袋ではなかった。
銀行の、普通の封筒だった。
そして、立った。
封筒が玄関の上がり框の上に、自力で立っていた。
父親はしばらく無言でそれを見下ろしていた。
「……親父、加減ってものを知らないんだよな」
中身は見せてもらえなかった。
ただ、その日の午後、父親は封筒を持って銀行へ行き、帰ってきてから「琢真名義で口座作った」とだけ言った。
封筒の厚みで祖父の人となりが少し分かった気がした。
加減を知らない大人。今の俺にとっては悪くない響きだった。
来客の方は昼前に来た。
「おお、琢真。大きくなったなあ」
玄関から入ってきたのは母方の祖父母だった。
こちらは出産のときから何度も顔を見せてくれている。正月の熱のときに、りんごをすりおろしてくれたのもこの祖母だ。
祖母は小柄で、母親とよく似た、ゆっくりとした話し方をする人だった。なるほど、母親のおっとりはここから来ているのか。
祖父の方はまるで違った。
背筋がまっすぐ伸びていて、声に張りがある。紺の背広の襟に小さな金色のバッジが光っていた。
部屋に入るなり父親に向かって深々と頭を下げる。
「いつも娘がお世話になっております」
「い、いえ、こちらこそ」
父親の背筋もつられて伸びた。
義理の父親の前でネクタイの結び目を二度触っている。
あとで分かったことだが、母方の祖父は市議会の議員だった。
この辺りでは古くから続く家で、祖父の父親も、そのまた父親も、何かしらの議員をやっていたらしい。
その祖父が俺の前にしゃがみ込んだ。
目の高さを合わせる。
右手を差し出し、俺の小さな手を取る。
そして左手を上からそっと重ねた。
両手で包み込む。
「琢真くん。おじいちゃんです。よろしくお願いします」
まっすぐ目を見てにこりと笑う。
握る力は強すぎず、弱すぎず。手を離すまでの長さも、ちょうどいい。
……プロの握手だ。
前世で、選挙前の駅前で何度かこれをやられたことがある。忙しい朝に両手で包まれて、なんとなく断りづらくなって、なんとなく名前を覚えてしまう、あれだ。
一票も持っていない一歳児に、全力の握手。
祖父は満足そうに頷いた。
「この子が二十歳になったら、一票だからな」
「お父さん、選挙の話はやめてくださいって」
母親が珍しく少し強い声を出した。
祖父ははっはっはと笑った。本気で冗談なのか、半分本気なのか、判断がつかない笑い方だった。
二十歳。
俺が選挙権を得る頃、この人は現役なのだろうか。
たぶん現役だ。そういう顔をしている。
せっかくなので握り返しておいた。力はほどほどに。
保健センターの一件以来、人前で握るときだけは気をつけている。
昼食の席では俺の顔を巡って論争が起きた。
「目元は、うちの家系だわ」
母方の祖母が俺の顔をしげしげと眺めて言った。
「口元もそうだな。うちの親父にそっくりだ」
母方の祖父が頷く。
父親は箸を持ったまま小さく咳払いをした。
「……手は、うちの親父に似てるって、よく言われますけど」
「手はね。手は、まあ」
手だけ譲られた。
父親の家系の取り分は両手のみらしい。
当の本人としては、どちらでもいい。
顔で世界ランキングが決まるわけではない。
顔ではなく、あの夜の十七歳の跳躍の方がどちらかの家系に似ていてくれたらいいのだが。
どちらの家系が勝つにしても確かなことがある。
みんなの言う「この子」の周りには、世話を焼きたがる大人が四人もいる。
四人の祖父母。
その中に俺の話を真面目に聞いてくれる人が、一人くらいいないだろうか。
昼食のあと一升餅の儀式が始まった。
「一升餅っていうんだぞ、琢真」
父親が得意げに言う。
「一生食べるものに困らないように。一生、健やかに。それで、一升の餅を背負わせるんだ」
一生。
俺の場合は今のところ三十年だ。
餅は風呂敷に包まれ、俺の背中に括りつけられた。
重い。
一升というのは、たしか二キロ近くある。今の俺の体重の五分の一ほどだ。大人に置き換えれば米袋を背負って立てと言われているようなものである。
「立てるかなあ」
「無理しなくていいのよ、転んでも縁起がいいんだから」
転ぶと縁起がいいのか。
どう転んでも縁起がいい行事というのは、親にとってはずいぶん気楽な行事だ。
俺は床に手をつき、ゆっくりと膝を伸ばした。
背中の重みで身体が後ろに持っていかれそうになる。前に体重をかけ、踏ん張る。
立った。
「立った!」
「すごいすごい、琢真!」
父親が手を叩き、母親がカメラを構える。フィルムを巻く、ジジジという音がした。
母方の祖父がなぜか拍手の音頭を取っていた。職業病だろう。
その間、俺は視界の端に表示を出していた。
スタミナ +1
パワー +1
スタミナ +1
入る。ものすごく入る。
背中に二キロの重りを背負って姿勢を保つのは、どうやら今の俺にとって最高の練習のようだ。
この餅、毎日背負えないだろうか。
残念ながら、餅はその日の夕方には切り分けられ、きな粉と醤油になって大人たちの腹に消えた。
俺の練習器具が目の前で食べられていく。
今日の主役がきな粉餅を恨めしそうに見ている図。
大人たちには「食べたいのね」と解釈された。違う。
誕生日の夜、俺は改めて【STATUS】を開いた。
一歳を迎えた現在の成果は、こうなっている。
【STATUS】
■基礎能力▽
パワー G 3 / 3▽
テクニック G 2 / 2▽
コントロール G 2 / 2▽
スピード G 2 / 2▽
スタミナ G 3 / 3▽
レスポンス G 2 / 2▽
■成長タイプ▽
通常 ピーク 三十歳
ショット、球種、コート適性は生まれた日のまま。すべてG 1 / 1だ。
上限だけ広げても中身を詰める練習ができない。
サーブの練習をする一歳児はいない。
グラス。あの夜、テレビの中で見た緑色。
三週間前より、この三文字が少し重く見える。
ミッション一覧も覗いてみる。
・ラケットを握る▽
未達成。
当然だ。この家にラケットはない。スプーンなら、たくさんある。
一年で、ここまで。
G3。ランクの区切りがどこにあるのかは分からないが、Gの次がFなら、まだ最下層の、そのまた底の方だろう。
全然足りない。けれど、ゼロではない。
誕生日の翌日、居間の壁のカレンダーに目が止まった。
大きな数字の下に会社の名前と住所が印刷されている。毎月一枚ずつめくる、よくある企業の贈答用だ。
一九八五年、という年号には今さら驚かない。出生届を読み上げる父親の声でとっくに知っている。
目が止まったのは、その下の一行だった。
丹羽建設株式会社。千葉県柏市――
昨日の封筒の送り主の会社だ。
母方の祖父がこのカレンダーを見上げて、「丹羽さんのところは、相変わらずいい紙を使うなあ」と言っていたのを思い出す。
その祖父母を玄関で見送りながら、母親は「写真、柏の駅前で現像に出しておきますね」と言っていた。
つまり、この家も柏にある。
前世の地図を頭の中で広げる。
東京の東、常磐線で上野まで三十分と少し。都心に通う人間がこぞって家を建てる町だ。
そういう町の土地がこれからどうなるか。
そして四人の祖父母のうち一人は、その町の土の上で商売をしている。
融資規定の夜に考えたことが、急に番地つきになった。




