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BIG5になりたくて~グランドスラムを取らなきゃ死ぬので世界最強目指します  作者: 夏冬
プロツアー・BIG4

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81/143

第81話 本戦

 三月、初めてツアーの本戦に出た。

 予選を二つ勝って本戦のドローに名前が載った。


 会場が違った。

 下の大会の会場は町外れの市営のクラブで、チャレンジャーの会場は少し大きなクラブだった。


 ツアーの会場は、スタジアムだった。


 センターコートの客席は、すり鉢のように四方から迫り上がっていた。

 一番上の席から見下ろせば、コートは手のひらに載るだろう。


 二年前、ウィンブルドンの上の方の席から見下ろしたときと、同じ形だった。

 今はそのすり鉢の底にいる。


 一回戦は二番目に大きなコートだった。

 客席は半分くらい埋まっていて、千人か二千人か、見当がつかなかった。下の大会の二十人とは桁が違う。


 コートの隅に黒い大きなテレビカメラがあった。

 ベースラインの後ろに一台、サイドに一台、客席の上の方に一台。

 下の大会にカメラは一台もなく、チャレンジャーの決勝に地元のテレビ局が一台持ってきたのが最高だった。


 ラケットバッグをベンチに置いたところで、視界の端に表示が浮かんだ。



 【MISSION】

 ・ツアーの本戦に出場する 達成



 スピード +28

 スタミナ +26



 下の大会の優勝より多い。ここではコートに入るだけでそれだけの値打ちがある。


 小学生の頃は見られないように戦い、高校生の頃に、見られてもいいと決めた。

 今度は見られるのが仕事の場所らしい。


 一回戦の相手は八十位台の選手だった。勝った。六対四、六対三。

 ベンチで表示が浮かんだ。



 【MISSION】

 ・ツアーの本戦で初勝利する 達成



 レスポンス +24



 一覧の一番上に、四大大会、の四文字が来た。


 二回戦の相手は五十位台だった。

 三セット目の五対四、俺のサービスゲームで三十―三十。


 この試合の大事なポイントでは外へ逃げるサーブを打っていた。

 相手もそれを覚えていて、リターンの位置を半歩外にずらしていた。


 センターへ打った。相手は半歩外に立ったまま見送った。


 マッチポイント。今度は相手がセンター寄りに立った。

 外へ打った。浮いたリターンを空いた方へボレーで置いた。


 七対五、三対六、六対四。


 三回戦で二十位台の選手に負けた。六対七、四対六。


 二回戦に勝った日、初めて記者会見の部屋に呼ばれた。

 下の大会には記者会見がなかった。


 記者会見の部屋はスタジアムの地下にあった。

 長い机とマイクと、壁に貼られたスポンサーの看板。


 机の前に椅子が二十脚ほど並んでいて、座っていたのは七人だった。

 五人が海外の記者で、二人が日本の記者。


 日本のテニス雑誌とスポーツ新聞だ。机の端には通訳の人が座っていた。


 最初の質問は海外の記者から英語で来た。


「You were ranked outside the top nine hundred a year ago. How did you climb so fast?」


 通訳の人が口を開きかけたが、その前に、英語で答えた。


「I just played a lot of matches. And I ate well」


 国際科の三年間と、この一年の、夜行バスと安宿と受付の折りたたみの机で覚えた英語だった。

 ヘイズ先生なら、声以外にも一か所くらいは褒めてくれる英語だ。


 海外の記者がうなずいた。次の質問も英語で、また英語で答えた。

 三つ目の質問も英語で答えた。


 四つ目の質問が終わったところで、日本のスポーツ新聞の記者が遠慮がちに手を挙げた。


「……すみません、今のは?」


 部屋の中が一瞬静かになった。通訳の人が困った顔で俺を見た。


「……すみません」


 日本語で謝った。


「一つ目は、試合をたくさんしてよく食べた、です」


 日本の記者がメモを取った。


「よく食べた」


「はい」


「何を」


「塩むすびです」


 日本の記者は手を止めた。


「……塩むすび」


「はい」


 海外の記者たちが、何と言ったのかと通訳の人に聞いていた。

 通訳の人が英語で説明した。


「Rice ball. With salt」


 海外の記者たちが顔を見合わせた。


 部屋の後ろで圭が壁にもたれて下を向いていた。

 肩が揺れていた。


 五月、ランキングは百二十位台まで上がった。


 ホテルの部屋で画面を見ていた。百二十三位。百位まであと二十三人。


 百位の壁、という言葉を子どもの頃から何度も聞いた。

 日本人の男子は百位の壁を越えられない。


 藤代圭も百十八位で止まった。

 その前の選手たちも、その後の選手たちも、みんな百位の手前で止まった。


 去年の五月、千夏の封筒に一枚だけ違う紙が混ざっていた。

 美咲が掲示板を印刷したもので、余白に美咲の字で「ひどくない?」とあった。

 同じ紙にからあげの話も出ていたので、何に怒っていたのかは分からない。


 そこにも書いてあった。日本人男子は百位の壁。これはもう物理法則。


 あと二十三人。物理法則にしては、ずいぶん人数が具体的だ。


 このまま行けば、七月の終わりに百位台の前半で、八月の全米は予選から出ることになる。


 隣の部屋からテレビの音がしていた。

 圭の部屋に行くと、圭はベッドの端に座って欧州のクレーの大会の中継を見ていた。


「百二十三位です」


「……そうか」


 いつもの答えだった。順位の話はいつもそこで終わる。

 圭がテレビから目を離さずに続けた。


「一つだけ言う」


 「そうか」に続きがあったのは、この一年で初めてだった。


「……数字は見るな。ボールを見ろ」


 画面の中でクレーのボールが高く跳ねていた。


「百十八の、手前でも、奥でも、ボールは同じだ」


 テレビの中で誰かが長いラリーの末にポイントを取り、赤い土が舞い上がった。

 この人が自分の数字を口にしたのも、初めてだった。


 部屋に戻ってベッドに横になった。


 ツアーの本戦では八十位の選手にも五十位の選手にも勝てた。

 二十位の選手には負けたが、タイブレークだった。


 あの負けで入った経験点は、チャレンジャーの決勝の三倍だった。

 空港で頭の中に並べた表には、書けなかった数字だ。


 次にやれば分からない。ツアーの本戦の水準でも勝てる。


 四人以外なら。


 四人はどこにいるのか。

 この春はツアーの大会を四つ回って、四つとも四人の誰とも当たらなかった。


 一位から十位までの名前の中に、去年の秋にテレビで見つけた全部が揃っている男がいる。

 残りの三人はまだ見つけていない。


 四人のうちの何人かはまだ若いはずだ。

 俺と同じくらいか少し下で、今はどこかのジュニアの大会か、下の大会を回っているのかもしれない。


 揃う前に上に行きたかった。揃ってから上に行くのは、ずっと難しい。


 窓の外で夜の音がしていた。

 一瞬、自分がどこの国にいるのか分からなくなった。


 ホテルの部屋はどの国でも同じ形をしている。ベッドと机とテレビと窓。

 違うのは、机の上の表の書き込みが毎週増えていくことくらいだ。

 おかげで表を見れば今がいつかは分かる。どこかは分からないが。


 まだ、ネットを挟んで立ったことがない。

 打ち合ったこともない相手に、十年と少し、勝たなければならない。

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