第7話 ほふく前進
赤ん坊の一年というものは実に変化が激しい。
ろくに焦点も合わなかった目は周囲を捉えられるようになり、持ち上げることすらできなかった首も自由に動くようになった。
寝返り、ずり這い、はいはい、つかまり立ち。
ずり這いの時期は短かった。
腹を床につけたまま進むと腕の力ばかり使う。パワーには入るが、ほかがさっぱりだ。
最も効率がよかったのが、はいはい。
いや、これだと少しカッコがつかないので、ほふく前進としておこう。
一つの動作でパワー、コントロール、スピード、スタミナの経験点が手に入る。乳児である今の俺にとって、これ以上に効率のいい全身運動はなかった。
暇さえあれば俺は床を這い回った。
ただし熱を出したあの年末以来、決めたことがある。無理はしない。
この身体は思っていたより簡単に壊れる。寝込めば経験点はゼロで、削れた数字を戻すのにまた日が要る。
一日稼ぎすぎて三日寝込むのは赤字だ。
息が上がったら休む。昼寝の前後は流す程度にする。汗をかきすぎたら、母親に見つかる前に座布団の上で転がって冷ます。
前世では徹夜も朝食抜きも平気でやっていた人間が、生後八か月にして休養の計画を立てている。
人は死にかけると賢くなる。
家の中にはいくつかのコースがあった。
一番長いのは居間から廊下を抜けて、玄関の上がり框まで行って戻ってくるコース。途中に段差が一つあり、ここで手をつく位置を変えるとコントロールの経験点が入る。
一番短いのは居間のちゃぶ台の周りを回るコース。単調だが、角を曲がるたびに体重移動があって、スピードの入りがいい。
居間の真ん中に玩具が置かれるようになっても、俺は玩具の周りを三周してから廊下へ向かった。
「琢真は本当に元気ねえ」
母親にはさぞ好奇心旺盛な赤ん坊に見えたことだろう。
実際には経験点のための周回だ。まるでゲームである。
違うのは、障害物が増えることだ。
廊下の角に、階段の前に、台所の入口に。日曜日、父親は汗をかきながら三つ目の木の柵を取りつけ、満足そうに言った。
「これで台所には入れないぞ」
俺は柵に手をかけてつかまり立ちをした。
柵の向こうの父親と目が合う。
「……立つのか、もう」
柵につかまって立ったり座ったりを繰り返すと、パワーとスタミナの経験点がよく入る。
父親が汗をかいて取りつけた三つの柵はそのまま三台の練習器具になった。
ところが、つかまり立ちが安定してくると柵は障害物としての役目を果たさなくなった。
柵の隙間に足をかけ、上の横木に手をかけて体重を引き上げる。
登れる。
正確には登りかけたところで、母親に見つかった。
「あなた! 琢真が、柵に登ってます!」
翌週の日曜日、父親はホームセンターで新しい柵を買ってきた。
前のものより背が高く、横木のない縦の格子だけでできている。足をかける場所がない。
「これなら登れないだろ」
父親は腕を組んで柵を見下ろした。
勝ち誇った顔だった。
俺は縦の格子を両手で握った。
握って引く。握って押す。
登れない。
登れないが、握って引くとパワーの経験点がよく入る。結局、新しい柵は新しい練習器具になっただけだった。
父親は柵を握ってぶら下がろうとする俺を見てしばらく黙っていた。
「……懸垂してないか、あいつ」
「してませんよ、赤ちゃんが懸垂なんて」
「だよな」
していた。
正確には懸垂のようなものを。
丹羽家の柵を巡る軍拡競争はこうして父親の一勝一敗で幕を閉じた。
負けた一回分の柵代は、たぶん父親の小遣いから出ている。
ある日曜の午後、父親が妙なことを言い出した。
「琢真、競争するか」
父親は居間の端で四つん這いになった。
ワイシャツではなく、休日の古いトレーナー姿だ。
「よーい、どん」
父親がはいはいで進み始めた。
大人のはいはいは思ったより遅い。膝が痛いのか一歩ごとに顔をしかめている。
息子を楽しませようとしているのだろう。
負けてやって、息子が勝って、喜ぶ。そういう筋書きのはずだ。
だが俺にとって、競争というのは真剣勝負である。
俺は全力で床を蹴った。
右手、左膝。左手、右膝。体重を前に。視線はゴールの座布団に。
「お、おお?」
父親の横を抜いた。
「待て、琢真、速い、速いって」
父親が慌てて速度を上げる。膝がごつごつと床を打つ音がした。
差が少し縮まる。
だが赤ん坊の方が重心が低い。小回りも利く。
ちゃぶ台の角を俺は内側から回った。父親は外側に膨らんだ。
座布団に先に手をついたのは俺だった。
スピード +1
スタミナ +1
コントロール +1
人生初の対戦。人生初の勝利。
相手は膝の痛む大人で、しかも手加減つき。
決して誇れる戦績ではないが、公式記録があれば、一勝〇敗である。
父親は座布団の手前で仰向けにひっくり返っていた。
「……膝が痛い」
台所から母親が顔を出した。
「何してるんですか」
「競争。負けた」
「そうですか」
「本気で負けた」
「そうですか」
母親はそれ以上何も言わずに台所へ戻っていった。
その夜、父親は膝に湿布を貼り、翌週の日曜日にまた四つん這いになった。
「琢真、もう一回だ」
二回目も俺が勝った。
三回目は父親がちゃぶ台の角でフェイントをかけてきた。大人げない。それでも俺が勝った。
四回目の日曜日、父親はついに膝当てをつけて現れた。
どこで買ってきたのか、野球のキャッチャーがつけるような、ごつい膝当てだった。
「……あなた、それ」
「装備は大事なんだよ」
四回目は僅差で父親が勝った。
父親は座布団の上で拳を突き上げた。
生後九か月の息子に、膝当てを装備して勝った二十代の銀行員。
母親は台所の暖簾の陰で声を殺して笑っていた。
俺は少しだけ悔しかった。
経験点は勝っても負けても入る。
それなのに、悔しかった。
前世で最後に何かに負けて悔しかったのがいつだったか、思い出せない。
夜、父親と母親が話しているのが聞こえた。
「あいつ、やけに動くよな。こんなもんなのか、赤ん坊って」
「よその子より早いって、保健婦さんも言ってましたよ」
「早いのはいいんだけどさ。なんか、目的があって動いてる感じがするんだよな」
「目的?」
「いや、分かんないけど。こう……営業回りみたいな」
母親が笑った。
「赤ちゃんが営業回りなんて」
「だよなあ」
父親も笑った。
俺は布団の中で肝が冷えた。
保健婦さんの笑っていなかった目を思い出す。家の中なら全力でいい、毎日見ている相手は慣れていく――保健センターの一件のあとに引いたその線は、甘かった。
毎日見ているからこそ、毎日の違いに気づく人もいる。
翌日から家の中でも、周回の途中で三回ほどわざと玩具に寄り道することにした。
積み木を一つ持ち上げて落とす。母親が嬉しそうに手を叩く。
ついでにパワーとテクニックも入るので寄り道も悪くない。
競争の日だけは寄り道をしない。あの一敗は、まだ返していない。
とはいえ父親の見立ては正しい。俺がやっているのは営業回りだ。
ノルマは、三十歳までに四つ。




