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BIG5になりたくて~グランドスラムを取らなきゃ死ぬので世界最強目指します  作者: 夏冬
ジュニア・才能の隔絶

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第41話 大会で優勝する

 二日目の朝は少し風があった。会場の駐車場は昨日より混んでいた。


 一日目はあのあと二つ勝った。

 二回戦も三回戦も、打ったのはスライスだけだった。

 どちらの相手も最初は笑って、途中から笑わなくなった。


 準決勝の相手も四年生だった。

 昨日の一回戦の子よりさらに背が高く、サーブが速く、フォアハンドの音が大きい。


 フェンスの外に揃いのシャツの大人が三人ついていた。


 最初の二ゲームは相手が取った。

 速いサーブにスライスの返球が少し浮き、浮いたところを叩かれた。


 この子の強いボールは昨日の子のより角度がある。


 三ゲーム目から返球の高さをボール半分だけ下げた。

 ネットの白帯のすぐ上。

 それだけで、相手のフォアハンドは打点が一つ下がる。


 そこから相手のミスが増えた。

 ミスが出るたびに相手の肩に力が入り、力が入れば、また強く打つ。

 俺は同じ球を返し続けた。ふわりと浮いて低く滑る、遅い球を。


 ゲームカウントが二対二から五対二になった。

 フェンスの外の大人たちは黙っていた。


 最後のポイントは、低く滑ったスライスに相手のラケットが届かなかった。


 六対二。


 ネットに向かって歩いた。相手は来なかった。


 ベースラインの後ろでラケットを地面に置き、両手で顔を覆っていた。

 肩が震えていた。


「……なんで、あんなので」


 声が指の間から漏れた。


 速いボールで負けたのなら、悔しくても理由は分かる。

 遅くて、跳ねなくて、弱そうなボールに負けたのでは、何に負けたのかも分からない。


 下手に見せれば相手は泣かない。そう思っていた。

 逆だった。


 俺はネットの前で手を出したまま待った。

 ほかにできることもなかった。


 揃いのシャツの大人の一人がコートに入ってきて相手の背中を叩いた。

 相手はしばらくしてから立ち上がってネットまで歩いてくると、目を合わせずに指先だけで俺の手を握った。


 すぐに離した。


 決勝は昼過ぎだった。


 相手は俺と同じ三年生で、一ポイント目から強く打ってこなかった。

 昨日の一回戦の子が途中で思いついたことを最初からやる。遅いボールには遅いボールで、という作戦らしい。


 遅いボール同士が二十回続いたところで、俺は一球だけスライスを短く落とした。

 前に走ってきた相手が届く前に、次のスライスを反対側の角へ流した。

 三回やると、相手は短いボールに出てこなくなった。


 六対一。


 大会本部のテントの下で役員の大人たちがドロー表を覗き込んでいた。


「丹羽……どこのクラブ?」


「グリーンのジュニアだって」


「グリーンで、あんな打ち方教えてたか?」


「教えてないだろ」


 首をかしげているうちに表彰式になった。


 コートの脇に長机が一つ出され、その後ろに大会の横断幕が張られている。

 横断幕の端に、協賛、の文字があった。その下に見覚えのある社名がある。


 丹羽建設。


 昨日は、なかった。


 振り返ると、フェンスの外で祖父が腕を組んでいて、その横で祖母が小さくため息をついていた。


 孫の試合に会社の名前を出すなと言われて、大会ごと会社の名前にしたらしい。

 加減を知らない人の、加減の仕方だった。


 役員の男の人が賞状を読み上げた。


「十歳以下の部、男子シングルス、優勝。協賛、丹羽建設……あ、失礼しました。丹羽琢真くん」


 会場の何人かが笑った。祖父は笑わなかった。

 満足そうに深くうなずいていた。


「間違っちゃいねえ」


 隣で祖母が今度は大きくため息をついた。


 賞状は縁に金の線が入った厚紙だった。

 手に取ったとき視界の端に表示が浮かんだ。



 【MISSION】

 ・大会で優勝する 達成



 コントロール +6

 スピード +6



 ミッション一覧を開いた。



 ■ミッション一覧▽

 ・県大会で優勝する▽

 ・全国大会に出場する▽

 ・全国大会で優勝する▽



 市の次は県でその次が全国。一行ずつ上がっていくらしい。


 帰りは千夏を丹羽家の車に乗せた。

 千夏の母親が町内会の用事で先に帰らなければならなかったのだ。


 千夏は準決勝で負けていた。

 相手は四年生の女の子で、千夏は最後まで速いボールから下がらなかった。

 下がらずに、打ち負けた。


 後部座席の窓際で、千夏はずっと外を見ていた。

 国道は混んでいて、車が止まるたびに窓ガラスに映った千夏の顔が見えた。


 泣いていた。声は出していない。

 目から落ちるものを手の甲で何度も拭いていた。


 父はルームミラーを一度だけ見てラジオの音を少し大きくした。

 母は助手席で前を向いたままだった。


 真ん中の席の美咲が、千夏と俺の顔を交互に見た。


 何か言うべきだと思った。惜しかった。次は勝てる。

 四年生相手によくやった。


 どれも口の中で止まった。

 俺は決勝まで行き、千夏は準決勝で止まった。決勝まで行った方が何を言っても、上から言うことになる。


 だから、何も言わなかった。


 美咲が膝の上のお菓子の袋を開けた。

 細長いチョコレートの菓子を一本取り出して真ん中でぱきりと折る。


「はんぶん」


 千夏の前に差し出した。

 千夏はしばらくそれを見ていたが、窓の方を向いたまま受け取った。


 少しして窓ガラスに向かって小さな声で言った。


「……あしたも、コート、いく」


「うん」


 明日は本家に親戚が集まる日で、コートは使えない。公園の壁しかない。

 それは言わなかった。


 美咲が残り半分のお菓子を自分の口に入れた。

 それから真剣な顔でもう一本取り出して今度は俺に向かって折った。


「おにいちゃんも、はんぶん」


「俺は、勝ったけど」


「かったひとも、はんぶん」


 五歳の分配には、勝ち負けが関係ないらしい。


 その夜、布団の中で二日分の経験点を数えた。


 大会の二日間で入ったのは、主にスライスと、フットワークに関わるスピードとスタミナだ。

 ミッションの報酬の分を除けば、本家のコートで千夏と日曜日を一日打った分にも届かない。


 理由はいくつか思いついた。


 試合は待つ時間が長い。順番を待ち、相手がボールを拾うのを待ち、エンドを替える。

 移動も受付も表彰式もある。ボールを打っている時間は会場にいる時間の半分もない。


 それに、負荷を選べない。

 千夏とのラリーの方が入るのは、千夏が強いからではない。

 千夏と打つときは狙いと速さを一球ずつ変えて、自分で重くしている。

 試合の負荷は相手が決める。この市の同年代で一番強い子たちでも、俺から見れば軽い。


 報酬の行の数字だけは、まとまっていた。


 つまり、こういうことだ。大会はミッションのためにだけ出る。

 それも報酬が使う日数に見合うときだけ。それ以外の日は全部練習に使う。


 三十歳まであと二十一年と少し。

 長いように見えて、そのうち身体が伸びる時間はもっと短い。


 一日を、割に合わない方に使う余裕はない。


 ただ。


 目を閉じると、ベースラインの後ろで顔を覆っていた四年生の震えていた肩が浮かんだ。

 あの子はこの一年、今日の準決勝のために練習してきたのかもしれない。

 その試合を俺は割に合わない二日間の一試合として数えている。経験点の表に、あの肩の分を書く欄はない。


 布団の横に賞状が立てかけてあった。

 母が額に入れると言って居間から持ってきたのだ。


 協賛、の文字は、賞状の方には入っていなかった。


 それだけはよかったと思う。

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