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BIG5になりたくて~グランドスラムを取らなきゃ死ぬので世界最強目指します  作者: 夏冬
ジュニア・才能の隔絶

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40/142

第40話 試合に出場する

 大会の前の晩、布団の中で【STATUS】を開いた。


 基礎能力の欄は三月の終わりに見たときから、いくつかの数字が一つずつ動いただけだった。

 今夜見たいのは、その下だ。▽を押した。



 ■ショット▽

 フォアハンド G 16 / 17▽

 バックハンド G 12 / 13▽

 サーブ    G 4 / 5▽

 ボレー    G 5 / 6▽

 スマッシュ  G 6 / 7▽


 ■球種▽

 フラット   G 15 / 16▽

 スピン    G 13 / 14▽

 スライス   G 3 / 4▽

 キック    G 1 / 1▽



 この三年で打ってきたものの、そのままの記録だった。

 壁と千夏と本家のコート。

 一番多く打ったのはフォアハンドのフラットで、一番打っていないのはスライスだ。


 千夏とのラリーはボール一個分ずつ速くしていく計画だった。

 速さを刻むのに回転はいらない。ボールを切って打った覚えはほとんどない。


 明日の試合を、どう勝つか。


 全力のフォアハンドなら通じるとは思う。

 ただ、八歳の子どもがそれを年上に叩き込めば、相手は泣く。


 大人は首をかしげ、首をかしげた大人は誰かに話し、話は広がる。

 目立つ八歳に、いいことは一つもない。


 それから、もう一つ。試合は経験点を選べる場所でもある。


 壁打ちと違って、試合なら相手のボールは毎回違う。

 その違うボールを一番低い項目で返せば、そこに経験点が入る。


 隠すにしても稼ぐにしても、行き着く先は同じだった。

 表の一番下の方、スライスのG3だ。


 明日はこれしか打たない。

 フォアハンドもバックハンドも、全部ボールの下を切って返す。


 サーブも切る。ふわふわして跳ねない遅いボール。

 見た目はひどく弱いはずだ。

 実際に弱い球なのだから、そこは心配いらない。


 それでいい。全力は誰にも見せない。


 表示を閉じると、隣の部屋から美咲の寝言が聞こえた。


「……さん、ご」


 また四が抜けている。明日はスコアを数えたがるだろう。


 連休の日曜の朝、市営コートは子どもより大人の方が多かった。


 丹羽家は総出だった。父と母と、この春から幼稚園の年長になった美咲。

 本家から祖父と祖母。それから悠蔵。たかが八歳の、市の大会の一回戦である。


 大げさだと思うが、止める理由も思いつかなかった。


 受付のテーブルで悠蔵が参加費を払った。

 係の人から領収書を受け取ると、上着の内ポケットから小さな手帳を出す。


 お年玉の株を一円単位で書きつけてきた手帳だ。

 悠蔵はいつもの欄に「三千円」と書きかけて、ペンを止めた。


「投資……じゃないね。参加費」


 横線を一本引いて別の欄に書き直した。


「どっちでもいいでしょ」


「よくないよ。投資なら、いくら戻るか書かなきゃいけない」


「戻らないの?」


「戻らないねえ。参加費だから」


 悠蔵は手帳をしまいながら笑った。


「まあ、いいんじゃない」


 フェンスの外では祖父が何かを抱えていた。

 細長く丸めた白い布で、端から太い筆文字が少し見えている。

 丹、の字だった。


「応援はな、でかい方がいいんだ」


 祖父が布の端をつかんで広げかけた。

 その手首を、祖母が横から静かに押さえた。


「孫の試合に、会社の名前ですか」


 二年前、コートの入口に看板を立てようとしたときと、ほとんど同じ台詞だった。

 祖父は口を開けて閉じた。布は丸めたまま祖母の手提げ袋の中に消えた。


 丹羽建設の社長は、この件に関して一度も祖母に勝っていない。


 受付の列の後ろに千夏がいた。

 千夏の母親と一緒だった。女子の十歳以下の部に千夏も出る。


 背中のラケットケースが千夏の背丈の半分くらいあって、顔がいつもより白かった。


 千夏の手が俺の袖の方へ伸びてきた。

 袖に触れる手前で止まり、何もなかったように引っ込んだ。


「……きんちょう、してないし」


「してるって、言ってない」


「言いそうな顔してた」


 千夏はラケットケースのベルトを両手で握り直して女子の受付の方へ歩いていった。


 六歳のときは、袖をつかんだまま離さなかった。

 つかむ前に手を引っ込めるようになったのは、いつからだったか。


 一回戦の相手は四年生だった。


 俺より頭一つ背が高く、クラブの名前が入った揃いのシャツを着て、ラケットを二本持っていた。

 六ゲームを先に取った方が勝つ、一セットだけの試合だ。


 コートに入ったところで視界の端に表示が浮かんだ。



 【MISSION】

 ・試合に出場する 達成



 テクニック +4

 レスポンス +4



 試合に出る。それだけで一つ、ミッションが片付いた。


 最初のサーブは俺からだった。トスを上げてボールの横をこするように切る。

 ボールはゆるく曲がりながら相手のコートの真ん中あたりに落ち、低く滑るように跳ねた。


 相手は打ち返しながら笑った。


「なにそれ」


 フェンスの外でも何人かが笑った。

 八歳の子どもが回転だけかけた遅い球を打っている。


 相手の返球は強かった。四年生のフォアハンドはフラットで、まっすぐ速い。

 千夏のボールよりずっと速い。


 俺は走ってボールの下を切った。

 ボールはふわりと浮いて相手のコートの深いところに落ちた。


 また跳ねない。相手がもう一度強く打ち、俺がもう一度切って返す。


 四球目で相手のボールがネットにかかった。


 跳ねないボールを跳ねるつもりで打つと、ラケットの面が少し上を向く。

 上を向いた面で強く叩けば、ボールは浮くか、打点が遅れてネットにかかる。


 相手は次のポイントでも同じように強く打ってきた。


 スピードは20を越え、レスポンスもこの春に20に届いた。

 四年生の強いボールは走れば全部届く。


 届いたら切って返す。返したボールはコントロールの22で相手の足もとか一番深いところに落ちる。


 三ゲーム目に相手が一度だけネットに出てきた。

 ふわふわの球なら前で叩ける、と思ったのだろう。


 俺は同じスライスをネットに詰めた相手の横へ流した。

 遅いボールは相手のラケットの先をゆっくり通り過ぎて、サイドラインの内側で止まりそうに弾んだ。


 遅くても相手のいないところに落とせば取れる。


 ゲームカウント、三対〇。相手の笑いは二ゲーム目の途中で消えていた。


 フェンスの外で知らない大人が首をかしげていた。


「……あれで、なんで取れてるんだ」


「向こうが勝手にミスしてるだけだろ」


 隣の大人が首を振った。半分は当たっている。


 途中から、相手はフォアハンドを強く打つのをやめてボールを高く上げてきた。

 山なりの遅いボールだ。こちらのスライスと同じ速さにすればミスは減る。


 四年生なりに考えたのだ。俺はそれも切って返した。


 遅いボール同士のラリーが十回、十五回と続いた。

 続けば続くほど、先に焦れるのは、跳ねないボールを持ち上げなければならない方だった。


 六対一。


 ネットの前で握手をすると、相手は俺の手を握ったまま小さく言った。


「……つまんねえ球」


「うん」


 褒め言葉として受け取っておいた。



 【MISSION】

 ・公式戦で初勝利する 達成



 コントロール +5


 コートを出たところでミッション一覧を開いた。

 二つの行が消えて、次の行が一番上に来ていた。



 ■ミッション一覧▽

 ・大会で優勝する▽

 ・県大会で優勝する▽

 ・全国大会に出場する▽



 大会は二日間ある。今日のうちに、あと二つ勝つ。

 試合のあいだスライスの経験点はポイントごとに入っていたが、思っていたほどの量ではない。そのあたりは夜に数えることにした。


 女子の一回戦は隣のコートで、俺が戻ったときにはもう最後のゲームだった。


 千夏は相手の速いボールから一歩も下がっていなかった。

 一年前なら下がっていた速さだ。


 最後のボールを千夏がバックハンドで返し、相手のラケットが届かなかった。

 千夏はネットの前で相手と握手をして、それからこちらへ歩いてきた。

 汗で前髪が額に貼りついていた。


「かった」


「見てた」


「……さいごだけでしょ」


「最後だけ」


 千夏は、ふん、と鼻を鳴らした。口の端は上がったまま下がらなかった。

 それからベンチの横で水筒を開けながら俺の顔を見た。


「たくまの、へんなテニス」


「変?」


「ぜんぶ、ふわふわしてた」


「作戦」


「ふうん」


 千夏はそれ以上は聞かずに水筒のお茶をごくごくと飲んだ。


 ベンチの向こうでは、美咲が祖父の膝に乗ってスコアボードを見上げていた。


「おにいちゃん、いち、に、さん、ご……」


「よん」


 千夏が振り向きもせずに言った。

 それから水筒の蓋を閉めて、俺の方を見て目を細めた。


 俺のボールがふわふわしていないことを、この会場で、受けて知っているのは千夏だけだった。

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