第17話 二語文
母親の育児日記には、ページの端に単語が書き足されていく。「ぱぱ」「ママ」「まんま」「わんわん」「かぶ」。
かぶ、が入っている。母親の中では、俺は蕪の好きな子のままらしい。
一九八六年、春。一歳八か月。
単語が十を超えたあたりで、俺は危機感を覚えた。この人は数えている。
数えられるということは、比べられるということだ。
三か月健診の保健婦の顔を思い出す。「首、しっかりしてますね」と言いながら、目だけが笑っていなかった、あの顔。
本当のところ、俺の語彙は日本語の辞書一冊分ある。
今この場で「本日は晴天なり」と言えば、母親は日記を落とし、父親は会社を休み、俺は大学病院に連れていかれる。
だから時間割を作った。
一歳半、単語。二歳、二語文。三歳、会話。
前世の育児書の記憶から引いた、平均的な幼児の発達表である。
語彙数という名の、もう一つの経験点だ。こちらは貯めるのではなく、出し惜しむ方の。
「琢真、これは?」
母親が絵本のりんごを指さした。
……りんご。
言いたい。たった三文字だ。
「……まんま」
母親は残念そうに、でも楽しそうに笑った。
「そうですね、食べ物ですね」
日記には何も書き足されなかった。計画どおりである。
りんごの解禁は二週間後だ。けっこう悔しかった。
初夏になると走れるようになった。
前から走れはした。転ぶのが怖くて走らなかっただけだ。
熱の夜以来、俺は自分の身体の壊れやすさを知っている。転んで頭を打つのは経験点の割に合わない。
けれど走らなければ入らない経験点がある。
公園の坂道は平地を走るより効率がいい。
上りはパワーとスタミナ。下りは転ばないようにバランスを取るだけでコントロールに入る。
俺は坂を黙々と往復した。
「琢真、転ばないんですねえ」
ベンチから母親が感心した声を出した。
転ばないように細心の注意を払っている。二歳前の子どもが、転ばないように細心の注意を払っているとは母親も思っていないだろう。
坂の下でよその子どもがボールを転がしていた。
ゴムの、赤いボール。
二つ上くらいの男の子が蹴ったボールが、坂を転がり落ちてくる。俺の方へ。
反射的に追いかけていた。
転がるボールはまっすぐには進まない。地面のでこぼこで、ころころ向きを変える。
目で追い、足を合わせ、手を伸ばす。
ボールに触れた瞬間に表示が流れた。
レスポンス +1
スピード +1
上の行は知っている。メリーの鳥もテレビの中のボールも、目で追えば入った。
新しいのは下の行だ。自分の足で追いかけると、スピードにも入る。
公園には動くものがたくさんある。ボール。鳩。よその子ども。
男の子にボールを返すと、また蹴ってくれた。また追いかけた。
「あら、遊んでもらってるんですか。よかったですね」
走るのに言葉は要らない。口で出し惜しんでいる分は、足で稼げばいい。
帰り道、乳母車の上で【STATUS】を開いた。
■基礎能力▽
パワー G 6 / 7▽
テクニック G 3 / 3▽
コントロール G 4 / 4▽
スピード G 5 / 6▽
スタミナ G 6 / 6▽
レスポンス G 4 / 5▽
一歳の誕生日から、およそ一年。
パワーとスタミナは倍になった。倍になってもG。
テクニックだけがほとんど伸びていない。
スプーンとショベルカーで稼げる分はもう稼ぎきった。
夏の夜、布団の中でミッション一覧を開いた。
■ミッション一覧▽
・ラケットを握る▽
・テニスボールを打つ▽
・ラリーを十回続ける▽
一番上の一行が相変わらず未達成のまま居座っている。
ラケットがあれば、握れば終わる。二歳の子どもにでもできる。
問題はラケットがないことだ。
正確にはある。寝室の押し入れの上の段の奥。母親が大学時代に使っていたという、長いケース。
一度だけ「らけっと」と言ってみたことがある。
母親は笑って「大きくなったらね」と言い、その週のうちにケースを上の段の奥へ押し込んだ。大人のラケットは二歳児が振り回すには重くて硬い。
布団から顔を出して押し入れを見上げた。
上の段は母親の背よりも高い。踏み台を使っても二歳の腕では届かない。
二メートル先のラケットに、二年かかりそうだ。
今年の七月も、父親の膝の上で深夜のウィンブルドンの決勝を見た。
去年の十七歳は十八歳になって、また勝った。今年は画面の端のボールまで目で追えた。
七月の終わりに二歳になった。
残り、二十八年。
押し入れの高さが、今は一番遠い。
秋の夜、父親がネクタイをほどきながら帰ってきた。
「琢真。悠蔵兄貴から伝言だ」
夕飯の前に父親は俺の前にしゃがんだ。
「上がってるよ、だとさ」
俺はうなずいた。
上がっている。
正月に賭けた、お年玉分の株が。
胸の奥で固まっていたものが少しほどけた。
外れていたらどうしようと、正月からずっと、ときどき考えていたのだ。
押し入れのラケットより先に、コートの方が近づいてきた。
父親はうなずいた俺を見てしばらく黙っていた。
「……なんで俺は、二歳児に伝言してるんだろうな」
父親は首をひねりながら立ち上がり、台所へ向かった。
その夜、俺は父親の前でわざと積み木を三回倒した。
三回目は、さすがにやりすぎだったかもしれない。父親は倒れた積み木ではなく、倒した俺の手の方を見ていた。
十月の日曜日。
朝飯のあと、母親が「ちょっとお話があるんです」と言った。
父親は新聞を置き、俺はミニカーを置いた。
「来年の春ごろ、もう一人」
母親は照れたように笑った。
居間が静かになった。
父親は何も言わなかった。
黙って立ち上がり、黙って押し入れを開け、黙って何かを取り出した。
膝当てだった。
去年の春、はいはい競争で俺を負かした、あの膝当て。
野球のキャッチャー用の、黒い、ごつい膝当て。
「……あなた、なんで今それを出すんですか」
母親が笑った。
父親は膝当てを握ったまま、自分でも分からないという顔をしていた。
とりあえず、兄になる息子に、勝負の厳しさを教える準備を始めた。そういうことにしておく。
俺はその膝当てを見た。
気づいたら、口が動いていた。
「ぱぱ、まけ」
居間がもう一度静かになった。
二語文は二歳で解禁している。ただ、時間割には「わんわん、いた」「ぶーぶ、きた」までしか書いていない。勝ち負けの判定は入っていない。
しかも、事実と違う。前回負けたのは、俺だ。
「……琢真、今なんて言いました?」
母親が日記を取りに走った。
「二語文! 第一号!」
第一号ではない。「わんわん、いた」は先週から出している。
だが母親の中では、父親に宣戦布告したこの一言が第一号になったらしい。
父親は膝当てを握ったまま俺を見下ろしていた。
仕事の顔ではない。はいはい競争の顔だった。
「負けるのは、お前の方だぞ」
俺は頭を抱えたかった。
抱えられる程度には、腕も伸びている。
でも、それよりも。
来年の春ごろ、この家に、もう一人。
俺はミニカーを拾い上げた。
言葉の時間割は自分の分しか作っていない。来年からは、もう一人分の時間割が要る。




