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BIG5になりたくて~グランドスラムを取らなきゃ死ぬので世界最強目指します  作者: 夏冬
グランドスラム

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101/145

第101話 赤土と芝、再び

 六月、パリの赤い土の上で二度目の決勝に立った。

 相手は赤土の魔人だった。


 去年の決勝では六十三本のラリーのあとに足を止められた。

 去年の全米の準決勝ではハードの上でストレートで勝った。


 ここでは、とあの男は言った。ここでだけだ、と。

 今日はここではなかった。赤い土の上だった。


 最初のラリーで跳ね上がる途中の球を叩こうとした。


 ライジング。


 ハードの上でこの男を崩した打ち方だった。


 ラケットの面がボールに負けた。


 ハードの上ならまっすぐに上がってくる球が、赤い土の上では、途中でもう一段伸びる。

 伸びた分だけラケットの面の上の方に当たる。


 当たった球がネットにかかった。


 もう一度。


 また、ネットにかかった。


 ハードの型はここでは型にならなかった。


 途中で叩くのをやめて、赤土の魔人と同じように下がった。

 下がって高く跳ねる球を高く跳ねる球で返す。


 赤土の魔人の得意な打ち合いだった。


 去年より長く打てたし、去年より足が止まらなかった。

 けれど長く打てた分、赤土の魔人も長く打った。


 七十一本目で俺のバックハンドがラインを越えた。


 足元の赤い土を見た。俺の側のコートには、滑った跡が点で残っていた。

 線ではなく、点で止まれるようになった跡だ。


 赤土の魔人の側のコートには、跡がほとんどなかった。


 四対六、六対七、四対六。

 去年より近いスコアで、それでもストレートだった。


 表彰式で二枚目の準優勝の盾を受け取った。

 去年と同じ形の盾の、去年と同じ場所に俺の名前が彫ってあった。


 勝った方の名前は、カップの方に彫られる。


 七月、ロンドンの芝の上で準決勝に立った。

 相手は芝の王、一月にメルボルンのハードの上で勝った男だった。


 肩の高さのボレー。この男の突き抜けていない場所。

 芝の上ではその場所がなかった。


 山なりの球を上げようとした。


 芝の上ではサーブが膝の下で滑ってくる。

 膝の下の球を肩の高さまで持ち上げるには、下からすくうしかない。


 すくい上げているあいだに、芝の王はもうネットの前にいた。

 山になる前の球が、ネットの上を低く越えていく。


 膝の高さの球は、芝の王の一番得意な高さだった。


 ネットの前の芝の王が、手首一つでコートの隅に置いた。


 届かなかった。


 芝の王はサーブを打つたびにネットに出てきた。去年と同じだった。


 少しずつ届く球は増えていた。

 去年は半分くらいだった。今日は三分の二くらい届いた。


 届いた球が、ネットの前の芝の王の手首に崩された。


 一セット目はタイブレークで取った。届く球が増えた分の一セットだった。

 二セット目から、芝の王はサーブを一段速くした。残りの三つのセットは、どれも一度のブレークで持っていかれた。


 握手は短かった。芝の王は何も言わずに足元の芝を見た。


 ここは俺の場所だ。


 ロッカールームの前の廊下に圭が立っていた。

 壁にもたれて腕を組んでいる。


 負けた日の廊下には、いつもこの人が立っていた。何も言わずに肩に手を置いた日もあったし、顔で笑っていた日もあった。


 負けたあと、この人はたいてい一つだけ言う。


 笑ってたぞ。千夏の方がうまい。


 負けた日の夜の、一つだけ。今日は何を言うのか。


 圭の前で止まって待った。


 圭は壁にもたれたまま俺の顔を見ていた。

 口が開きかけて閉じた。また開きかけて閉じた。


 廊下の向こうで、次の試合の選手が通路を歩いていく足音がした。


 待った。


 圭は組んでいた腕をほどいてポケットに手を入れ、出して、また組んだ。


「……今日は、ない」


 それだけだった。


「ない」


「ない」


 圭は壁から背中を離した。


「……一つも、ない」


 そう言って廊下の先へ歩いていった。


 黙っていたことなら前にもあった。一つもない、と口に出して言われたことは、十一年間で一度もなかった。


 届いていない選手になら、この人は一つだけ言える。

 肘だ。低くいろ。滑れ。

 けれど、届いていてそれでも負けた選手に言える一つは、まだこの人の中にもないのかもしれない。


 廊下の先で圭が一度だけ振り返った。

 何か言いかけて、言わずにまた歩いていった。


 ロッカールームのドアを開けてベンチに座った。

 しばらくドアの外の足音を聞いていたが、圭の足音はもう聞こえなかった。


 その夜、ホテルの部屋でSTATUSのコート適性の欄を開いた。



 ■コート適性▽

 グラス  C 63 / 65▽

 クレー  A 81 / 83▽

 ハード  S 95 / 96▽



 グラスはやっとCに入っていた。

 クレーはAに入り、ハードはSのまま九十五まで来ていた。


 赤い土の上の赤土の魔人。

 あの男の赤い土の上の数字は見えない。見えるのは、今日も勝てなかったということだけだ。

 数字の見えない相手との差は、負けた数で測るしかない。


 ハードの上でなら四人と打ち合えている。

 赤い土と芝の上の俺は、そこからまだ遠い。


 見つけてきた弱点は、三つともハードの上で見つけたものだった。

 ハードの上で見つけた弱点は、ハードの上でしか弱点にならない。


 赤土の魔人の弱点は赤い土の上で、芝の王の弱点は芝の上で、見つけなければならない。

 同じ型を、別の床で。変わるのは探す場所だった。


 STATUSを閉じた。


 三十歳まであと六年。残りは二つ。どちらも一番遠い床の上にあった。


 窓の外のロンドンは、夜の十時を過ぎてもまだ明るかった。

 眠れないのは、この国の夏のせいにしておいた。

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