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『とろろそば』と『海』

あらすじ

オルゴール堂を出たユン・シウとカン・サランは、静屋通りにある純和風の蕎麦屋へ向かいます。サランは迷わずシウの作品のヒロインの好物でもある「とろろ蕎麦」を注文し料理を待つ間、サランはプレゼントされた『Misty』のオルゴールに触れながら、どこか嬉しそうにシウを見つめて心地よい時間を過ごしました。昼食後、シウはサランに「先生」ではなく「シウさん」と呼んでほしいと提案し、二人は対等な関係でお互いを呼び合うようになります。二人は、余市にある「ニッカウヰスキー蒸留所」を訪れます。シウはサランに美味しいチョコレートを食べさせたいと売店へ向かいます。運転するシウは食べられませんが、車内で遠慮なく開封して試食したサランは、そのあまりの美味しさに「驚いたフグ」のような愛らしい表情を浮かべるのでした。

 小樽オルゴール堂を出た二人は、メルヘン交差点の側で流しのタクシーを拾った。 

車内には、サランが手に持った『Misty』のオルゴールが、小さな、けれど確かな存在感を放っている。

「お腹、空きましたね」 サランが窓の外の流れる景色を眺めながら、ふふっと微笑んだ。

「お蕎麦屋さんがあるんだ。サランの口に合うといいんだけど」

「もちろん。知っています。公式認定ファン主席ですから」 

シウは少し照れくさそうに視線を泳がせた。 

タクシーは小樽駅の近く、静屋通りと呼ばれる静かな路地裏で停まった。

車を降りると、そこには一瞬で目を奪われるほどの風格を纏った、純和風の建物が佇んでいる。

「わぁ……旅館みたい。すごくかっこいい建物ですね」 サランが歓声をあげる。 

店構えは、料亭や高級旅館を彷彿とさせる佇まい。

くすんだ砂色の漆喰壁に、端正な縦格子がはめ込まれた窓。

そして店先には、初夏の風にさらさらと優雅に揺れる一枚の大きな“しだれ柳”が、

名店の目印のように青々と茂っていた。 

足元の情緒ある石畳のアプローチを進み、藍色の暖簾をくぐって中へ入る。

一歩足を踏み入れた途端、

先ほどの賑やかさとは打って変わり、しっとりとした大人の静寂が二人を迎えた。

店内は、ノスタルジックなオレンジ色の灯りに照らされた、見事な木造建築の空間だった。

聞けばこの建物、かつてニシン漁で栄えた網元の石蔵や、

明治期の豪商の邸宅、そして古い割烹料亭の三つを融合させて再生した歴史的建造物なのだという。

手前のテーブル席を抜けた奥には、圧倒的な存在感を放つ古い石蔵の重厚な『蔵戸』が見えた。

その手前の板の間には、小さな囲炉裏が切られており、赤々と炭がおこされている。

まるで時代劇の舞台に迷い込んだかのような、

あるいは小樽の古き良き栄華の熱気がそのまま閉じ込められたかのような、息をのむほどに美しい内装だった。 

女将が小気味のよい挨拶をしながら、出迎えてくれた。

二人は、その石蔵の気配を感じられる落ち着いた席へと案内された。

「あらー。美男子さん。こんにちは。また来てくださったのね。

今日は彼女も一緒なの?綺麗なお嬢さんね。可愛いわ」

二人はテーブル席を選び、メニューを手に取った。

カン・サランは日本語が得意であったが、

女将の勢いに負けて弁明するタイミングを逸した。

ユン・シウもドギマギしたが、カン・サランが意に介さず、

目を輝かせてメニューを見ていたので、やり過ごす事にした。

カン・サランは心が決まっていたようだ。

目的のそれをメニューの中で見つけると、確信と自信をもって手をあげた。

「すいませーん!!」

「はーい」

女将が水とおしぼりをテーブルに並べた。

「とろろ蕎麦、下さい!」

カン・サランは子供の様に笑顔だ。

「はい。とろろ蕎麦、お1つですね」

「僕は上天ざる、お願いします。両方、地物粉で。それに追加で上天ぷらの盛り合わせを一つ下さい」

ユン・シウの作品のヒロインは『とろろ蕎麦』が大好きなのである。

厳密に言えば、『冷やし山菜とろろそば』で『ウズラの卵』と『おくら』を

追加したものをこよなく愛して欲しい。

原作者が勝手に思っているだけなのだが。

ヒロインの好物が、ラーメンでもスープカレーでもジンギスカンでも困る。

イメージが違うのだ。ヒロインは『とろろ蕎麦』が大好きであって欲しい。

『天ぷらの盛り合わせ』を追加で注文したのは、

カン・サランが食べたくなると思ったからだ。

注文を終えると、サランは再び、テーブルの端に置いたオルゴールにそっと触れた。

先ほどシウが語った「料理を作る人の真意」という『misty』な例え話をまだ咀嚼しているのだろうか、

少しだけ悪戯っぽい、けれどどこか嬉しそうな瞳でシウを見つめている。

歴史ある石蔵が静かに見守る空間で、運ばれてくるお蕎麦を待つ時間。

二人の間を流れる空気は、ひたすらに心地よく、優しかった。


「先生って呼ぶのやめて。シウさんって呼んで欲しいな。

こっちが年上だけど知り合いってことで、対等な方がいいな。」

「わかりました。シウさん」

「お願いします。サランさん」

「かしこまりました。シウさん」



昼食後の午後。

この日は天候に恵まれ、気温もまるで7月のように上昇してきた。

海岸線を走る車内からは、海が見える。

太陽が海面を反射してキラキラと眩しかった。

レンタカーを走らせた二人は蘭島に到着した。

ここは景色が良く、美しい海岸線が広がる。

綺麗な黄褐色の砂浜が数百メートル続いている。

車を降りると、静かで穏やかな波の音が広がっていた。

二人は先ほどコンビニで、

調達したビーチサンダルに履き替え、波打ち際に向かった。

砂浜へと駆け寄り、引き波が濡らした砂をきゅっと踏みしめた。

「わあ。綺麗!」

カン・サランは子供のようにはしゃいで走った。

生まれて初めて、自由に海で遊ぶのだ。

笑顔ではしゃぐ横顔は、どこか切なげで、息をのむほど美しい。

シウはとても美しく良い写真が撮れて満足した。

再びシウ達は車に乗り込んだ。

余市の目的はニッカウヰスキーの蒸留所である。

重厚な石造りの正門をくぐると、

そこはまるでスコットランドの古い町並みに迷い込んだかのような、

異国敷地内を歩くと、冷ややかな空気の中に、

ウイスキーの原酒が静かに眠るオーク樽の、芳醇で甘い香りがほんのりと漂ってきた。

「なんだか、とても落ち着く場所ですね……」

サランは歴史を感じさせる石造りの赤いとんがり屋根を見上げ、

その静謐な佇まいに深く息を吐いた。情緒あふれる空間が広がっている。

一通り見学と撮影を済ませて、売店に向かった。

16時頃に閉館となるのであまり時間的余裕はない。

チョコレートを購入してカン・サランに持たせるためだ。

ニッカのチョコートはすごく美味しいのだが、

車を運転する人はその場で食べてはいけない。

飲酒運転となるからである。

カン・サランは運転しないので、遠慮なく開封して試食した。

彼女は初めてのニッカのチョコレートで、美味しさのあまり、

『驚いたフグ』のような顔をしたのであった。


今後、記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、

もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。

こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※作中のメインキャラクターは日本語も韓国語も話せる設定となっておりますが、読む側を考慮して日本語表記にしております。キャラクター達は場面に応じて言語を使い分けているとご理解願います。


参考データ

※ユン・シウ…小説家25歳

※カン・サラン…女優志望のアルバイト20歳

※ソン・カナン...女優。カン・サランの芸名。ソン・インナに名付けられた。

※ソン・インナ…女優、シウの母親

※ユン・ジュンソ...シウの父。総合映像制作会社S.S.Iの会長

※ユン・ヒョヌ...シウの異母兄。ソヒョン・チョヨンの恋人。S.S.Iの後継者

※イ・ソジュン...シウの親友。Juringエンター専務。子犬の幼顔と低音ボイス

※イ・ウジン...映画監督。『残酷な美しさ』『私にキスできますか?』

※パク・ドユン...映画監督。シウの親友。Juringエンタ常務。映像制作部部長。

※イ・ダイン...『私にキスできますか?』ヒロイン

※キム・ソヒョン...シウの元恋人『Love Hunt』プロデューサー。

※キム・ソンミン...キャサリン。薔薇組第二夫人。数千万ウォンの身体を誇る

※ハン・チョヨン...女優『私にキスできますか?』イ・ダイン役

※ハン・ジヨン...女流写真家。奇跡の1枚を撮る「アメイジングメーカー」

※ナ・ジウ...薔薇組音響アシスタント。通称小枝。


※虹の薔薇組...ドユンのハーレム軍団。精鋭撮影チーム。

※佐藤直樹...ユン・シウの祖父。伝説の投資家。

※佐藤志乃...ソン・インナの本名。

※天翔樹林...ソン・インナのシルフィード歌劇団時代の芸名。

※涼風小鳥...中村綾。サランの母親。

※中村綾...サランの母親

※トリニティG...韓国最大の財閥グループ

※S.S.I...総合映像制作会社

※Juringエンタ...芸能事務所兼資産管理会社。会長インナ。社長シウ。

※アトリエ・ノア...中堅芸能事務所。サランことカナンが所属していた。

※『Love Hunt』…ネット配信の恋愛リアリティ番組

※『私にキス出来ますか?』…シウ作の小説

※『ずっと僕は君を』…シウ作の小説

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