芽吹きを感じる季節
春が訪れた3月、ソウルのユン屋敷に戻ったサランとシウには、次々と嬉しい成果が舞い込みます。
3月。
長く厳しかったソウルの冬がようやく和らぎ、ユン屋敷の庭の隅にも、
かすかな春の気配が芽吹き始めていた。季節の変わり目を告げるように、
窓の外では生温かい風が吹き荒れ、時折「ゴロゴロ」と遠くの空で春雷の音が響いている。
リビングのソファでは、冬の間中、床暖房にべったりだったマシロとでんすけが、
少しだけ活動的になっていた。特にシルバータビーのマンチカン、でんすけは、
短い足をいっぱいに伸ばして、窓ガラスに映る雨粒を不思議そうに追いかけている。
「でんすけ、それはただの水滴だよ。食べられないよ」
エプロン姿のサランが、丸いお尻をふりふりしながら猫じゃらしを振る。
彼女の耳元で小さく揺れるのは、出会いの街・小樽を思い出させるガラス細工のピアス。
サランの指先は相変わらず深爪でマニキュアもクリアだけれど、
その手で握られたスマートフォンには、最近届いたばかりの嬉しい進捗が映し出されていた。
「見て!見て!『Cosme de Saran』の新しいフレグランス、試作品が届いたのです!」
書斎からリビングへ降りてきたシウに、サランは嬉しそうに小さなガラス瓶を差し出した。
かつてシウの母・インナに抜擢されたキム・ソヒョン室長が、F.G.S korea営業第二企画部部長として死力を尽くし、
ようやく形にした10代・20代向けのコスメライン。
サラン自身がアイデアを出した『Pings Romance』の香りだ。
シウが蓋を開けると、桃とマンゴーのみずみずしい甘さに、
バニラと練乳のコクが混ざり合った、どこか懐かしくも甘酸っぱい香りがふわりと広がった。
「うわあ、本当にフルーティーでミルキーだ。
キャッチコピーの『ひと夏のときめき』にぴったりだね。この前のCMの反響もすごかったし、
きっとたくさんの女の子たちが手にとってくれるよ」
「そうなのです! 私のフォロワーもまた増えて、お義母さんのモノマネ動画も大好評なのです」
サランは得意げに胸を張る。
地上波やネットで一斉に配信された『ファイン・グロス・シャイニスト』のCM、
そして渋谷を騒がせたカナンの「巨大3Dレッグ」の宣伝効果は凄まじく、
彼女のSNSの通知は今も鳴り止まない。
シウはそんなサランの頭を優しく撫で、ローテーブルの上に置いてあった一冊の見本誌を手に取った。
それは、彼が全編を書き直し、冬に出版された第三作目の小説『愛故に君を想う』。
そしてその隣には、サランの言葉を分離させて作った詩集『永遠の恋故に』が並んでいる。
「サランの詩集、いま『とわ恋』って呼ばれて、ネットで二次創作のバイブルになってるみたいだよ。
文芸少女たちに大ヒットだって」
「とわ恋……? なんだか恥ずかしい、シウの小説と一緒に並んでいるのが、一番嬉しい」
サランはシウの隣に寄り添うと、ごく自然に彼の肩にそっと頭を預けた。
シウの次作の映画化オファーはすでにS.S.Iと契約が進んでおり、
そこではソン・カナンをヒロインにした完全プラトニックな恋愛映画が構想されている。
サランはまだその真意を知らず、「今度は私をキャスティングしてくれるのかな」と純粋に楽しみにしていた。
「あ、そうだ。シウ、今日の夜ご飯は……」
サランが言いかけたその時、遠くで一段と大きな雷の音が「バリバリッ!」と響いた。
驚いたマシロとでんすけが、一目散にサランの膝の上へと飛び込んでくる。
「にゃあ!」「ふにゃあ!」「大丈夫だよ、マシロ、でんすけ。私がついてるよ」
二匹を両腕でぎゅっと抱きしめるサラン。
その様子を見ながら、シウは声を立てて笑った。
「これじゃあ、犬がやってきたら、ユン屋敷は大騒ぎになりそうだね」
サランが身を乗り出す。
「いや、まだ飼うとは言ってないよ」
「ぴー! 嘘つき、今言った!」
足をバタバタさせて抗議するサランの手を、シウは優しく握りしめた。
外の嵐とは対照的に、リビングには新しい季節の訪れを祝うような、
温かく甘い桃の香りがいつまでも満ちていた。
そしてこの頃。
『Love Hunt4』の配信がついにスタートした。
ハン・ジホの強制追放、キム・ソヒョンプロデューサーの降板、
そしてソン・カナンの番組辞退――数々のスキャンダルを乗り越え、
編集された映像が世に放たれると、ネット上は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
「カナン、本当に格好いい……!」「あのステップは何!? 鳥肌が立った!」
Wデート企画の夜の洞爺湖畔。ハン・ジホの手をひらりとかい潜り、
美しい『右旋回下段脚払い』を披露したカナンの映像は、配信直後からSNSで瞬く間に拡散された。
さらに、彼女を助けるためにタブレットでジホを殴打したキム・ソヒョンの苛烈な姿も、
視聴者からは「神対応」と逆に大絶賛され、
皮肉にも番組は過去最高の視聴数を叩き出していた。
ユン屋敷のリビングで、サランは自分の映る画面を食い入るように見つめていた。
「私、画面で見ると、なんだか少し強そう」
「強そうどころじゃないよ。あの俊敏な動き、完全にアクション女優のそれだったからね」
シウがソファの隣で苦笑しながら、温かいホット緑茶を差し出す。
サランの耳元では、ピアスがチリンと揺れた。
フォロワー数は40万人を遥かに突破し、今や時の人となったカナン。
その勢いは、春の訪れとともにさらに加速していく。
今後、記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※作中のメインキャラクターは日本語も韓国語も話せる設定となっておりますが、読む側を考慮して日本語表記にしております。キャラクター達は場面に応じて言語を使い分けているとご理解願います。
参考データ
※ユン・シウ…小説家25歳
※カン・サラン…女優志望のアルバイト20歳
※ソン・カナン...女優。カン・サランの芸名。ソン・インナに名付けられた。
※ソン・インナ…女優、シウの母親
※ユン・ジュンソ...シウの父。総合映像制作会社S.S.Iの会長
※ユン・ヒョヌ...シウの異母兄。ソヒョン・チョヨンの恋人。S.S.Iの後継者
※イ・ソジュン...シウの親友。Juringエンター専務。子犬の幼顔と低音ボイス
※イ・ウジン...映画監督。『残酷な美しさ』『私にキスできますか?』
※パク・ドユン...映画監督。シウの親友。Juringエンタ常務。映像制作部部長。
※イ・ダイン...『私にキスできますか?』ヒロイン
※キム・ソヒョン...シウの元恋人『Love Hunt』プロデューサー。
※キム・ソンミン...キャサリン。薔薇組第二夫人。数千万ウォンの身体を誇る
※ハン・チョヨン...女優『私にキスできますか?』イ・ダイン役
※ハン・ジヨン...女流写真家。奇跡の1枚を撮る「アメイジングメーカー」
※ナ・ジウ...薔薇組音響アシスタント。通称小枝。
※虹の薔薇組...ドユンのハーレム軍団。精鋭撮影チーム。
※佐藤直樹...ユン・シウの祖父。伝説の投資家。
※佐藤志乃...ソン・インナの本名。
※天翔樹林...ソン・インナのシルフィード歌劇団時代の芸名。
※涼風小鳥...中村綾。サランの母親。
※中村綾...サランの母親
※トリニティG...韓国最大の財閥グループ
※S.S.I...総合映像制作会社
※Juringエンタ...芸能事務所兼資産管理会社。会長インナ。社長シウ。
※アトリエ・ノア...中堅芸能事務所。サランことカナンが所属していた。
※『Love Hunt』…ネット配信の恋愛リアリティ番組
※『私にキス出来ますか?』…シウ作の小説
※『ずっと僕は君を』…シウ作の小説




