ぐずりの訳
あらすじ
8月後半の早朝、映画『真緑の翡翠』のロケに向かうため、サラン(カナン)とシウは霧に包まれた仁川国際空港にいました。眠気に耐えるサランの隣にシウがごく自然に腰を下ろすと、サランは彼の肩にそっと頭を預けます。
映画『真緑の翡翠<グリーン・ジェイド>〜最期の戦い〜』のロケへと向かう8月後半の朝、
ソウルの仁川国際空港は、霧の為、どこか物憂げな朝の気配に包まれていた。
「ぴぃ」搭乗ロビーのベンチで、サランは、薄手のカーディガンに身を包みながら大きなあくびをした。
眠気に耐えて、頭はいまだ半分夢の中にある。耳元で小さく揺れるのは、あの小樽のガラス細工のピアスだ。
「ほら、これ。ホットの緑茶」不意に視界を遮るように差し出されたペットボトルに、サランはパチパチと瞬きをした。
顔を上げると、シウが立っていた。
ラフなジャケットがよく似合っていた。
「……ありがと。生き返る」サランはボトルを受け取り、シウはその隣にごく自然に腰を下ろした。
サランは彼の肩にそっと頭を預けた。
新千歳空港行きの飛行機が離陸し、雲を抜けると、世界は澄み切った秋の青空に変わった。
機内は早朝のせいもあり驚くほど静かである。
隣り合う二人の距離は、所属事務所の社長と女優というよりは、人目憚らない恋人たちのそれだ。
サランは座席のモニターを眺めながら、
時折、携帯のアプリに、静かに何かを書き留めていく。
シウがふと横を見ると、サランは台本を抱えたまま、微かに寝息を立てていた。
「1分前まで起きていたのに」
シウは一人笑った。
そして改めてサランの睫毛の長さに、驚くのであった。
『タピオカドリンクのストローが乗る睫毛』
世界で一番美しい寝顔である。
約2時間半のフライトを経て、新千歳空港へ降り立つと、本州やソウルよりも一足早い、
涼やかで乾いた風が二人を出迎えた。
到着ロビーでは、『虹の薔薇組』のドライバー担当、コ・ヒョン(フランチェスカ)と
メイキング担当のホン・ジウ(ルシア)が待っていた。
「あら! カナン、今日は浮腫んで不細工ねぇ!」
この人種の男(女?)達は遠慮なく女性をディスれる不思議。
『シウは磨きがかかったじゃない!でもまだまだね」
この人種の野郎共にシウはいつも不人気なのである。
不人気で結構なのだが。
サランはスポーツ系なメンズスタイルで来ている。
シウにベタベタしても他人の注目を集めにくいからであった。
筋肉痛で寄りかかっている人のイメージである。
そしてスポーツマン風に軽快に挨拶した。
「お姐様達、今回のロケ、よろしくお願いします!」
「じゃあ、乗って。行くわよ!」
空港から道央自動車道に乗り、ワンボックスは一路、登別へと向かう。
車窓の景色は、千歳の市街地を抜けると、夏を名残惜しんだ山々と、
時折のぞくグレーの太平洋へと変わっていった。
サランは窓ガラスにピタリと額をくっつけ、子供のように目を輝かせた。
「今日は登別温泉に泊まる。前に言っていた『地獄谷』のある所だよ。楽しみだね」
シウが優しく微笑みながら、サランの手元をそっと見つめる。
高速道路の登別東インターチェンジを降りると、巨大な赤鬼の像が彼らを迎えた。
そこから温泉街へと続く坂道を登るにつれ、車内には、どこか懐かしくも強烈な硫黄の香りが漂い始める。
立ち上る白い湯煙と、ナナカマドの森。
そのコントラストの向こうに、荒々しい岩肌と、激しく噴き出す泥土の「地獄」が姿を現した。
「さあ、着いたわよ。ここが地獄の三丁目よ」
「地獄の三丁目?」
サランはシウを見た。
「『地獄ラーメン』っていうラーメンの有名店がここにあって、辛さレベルが1丁目、2丁目、3丁目って、
表現するんだよ。『地獄の三丁目』って表現は、辛さMAX=とっても楽しみな場所に到着したよって意味になる。」
サランが目を輝かせたので、シウが慌てた。
「サランは食べちゃダメだよ。お腹壊すし、顔が腫れて撮影できなくなるから」
人間、ダメと言われると興味を持つものである。
「う~ん~う~ん~う~ん~!」
幼児のぐずりモードになってしまった。
「う~ん~う~ん~う~ん~!」
返す言葉も無いので、シウも真似してやった。
サランがバシバシと抗議の平手打ちで攻撃してくる。
本当はトレーニングで仕上がってきたシウのボディーの感触を楽しんでいるので、
顔はニヤニヤしている。
横目で見たコ・ヒョン(フランチェスカ)とホン・ジウ(ルシア)は
「あなた、見た目の割に結構すけべねぇ」と突っ込み入れた。
シウは笑って、サランは耳を真っ赤にした。
一行は大きなキャリーバッグを引いてホテルに入った。
登別の熱い湯煙と、硫黄の香が二人を歓迎してくれていた。
今後、記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※作中のメインキャラクターは日本語も韓国語も話せる設定となっておりますが、読む側を考慮して日本語表記にしております。キャラクター達は場面に応じて言語を使い分けているとご理解願います。
参考データ
※ユン・シウ…小説家25歳
※カン・サラン…女優志望のアルバイト20歳
※ソン・カナン...女優。カン・サランの芸名。ソン・インナに名付けられた。
※ソン・インナ…女優、シウの母親
※ユン・ジュンソ...シウの父。総合映像制作会社S.S.Iの会長
※ユン・ヒョヌ...シウの異母兄。ソヒョン・チョヨンの恋人。S.S.Iの後継者
※イ・ソジュン...シウの親友。Juringエンター専務。子犬の幼顔と低音ボイス
※イ・ウジン...映画監督。『残酷な美しさ』『私にキスできますか?』
※パク・ドユン...映画監督。シウの親友。Juringエンタ常務。映像制作部部長。
※イ・ダイン...『私にキスできますか?』ヒロイン
※キム・ソヒョン...シウの元恋人『Love Hunt』プロデューサー。
※ハン・チョヨン...女優『私にキスできますか?』イ・ダイン役
※ハン・ジヨン...女流写真家。奇跡の1枚を撮る「アメイジングメーカー」
※虹の薔薇組...ドユンのハーレム軍団。精鋭撮影チーム。
※佐藤直樹...ユン・シウの祖父。伝説の投資家。
※佐藤志乃...ソン・インナの本名。
※天翔樹林...ソン・インナのシルフィード歌劇団時代の芸名。
※涼風小鳥...中村綾。サランの母親。
※中村綾...サランの母親
※トリニティG...韓国最大の財閥グループ
※S.S.I...総合映像制作会社
※Juringエンタ...芸能事務所兼資産管理会社。会長インナ。社長シウ。
※アトリエ・ノア...中堅芸能事務所。サランことカナンが所属していた。
※『Love Hunt』…ネット配信の恋愛リアリティ番組
※『私にキス出来ますか?』…シウ作の小説
※『ずっと僕は君を』…シウ作の小説




