写真の美女、ここにいる美少女
小樽運河のほとりで、シウはサランに勇気を出して誘いかけます。二人は大きな石造りの倉庫を改装した『ガラス館』を訪れました。一歩足を踏み入れると、ゆらめく幻想的で静謐な空間が広がっていました。
星空のようなランプの灯りと甘い湯気に包まれる中、シウは目の前に座るサランの美しさにすっかり心を奪われていくのでした。
午前十時。
小樽運河は、やわらかな朝の光に包まれていた。
穏やかな水面はどこまでも青空を映し出し、
時折、風が吹くたびに細波が静かにきらめいている。
清々しい空気に満ちていた朝の静寂が終わりを告げ、
周囲に観光客の賑わいが増し始めた頃、
シウは胸の鼓動を抑えながら、意を決して切り出した。
「せっかくなので……この後、少しご一緒しませんか?」
サランは不意を突かれたように、瞬きをして戸惑う様子を見せた。
シウは慌てて言葉を重ねる。
「あ、無理でしたらすぐに撤回します。ただ、サランさんにお願いというか、次回作のモデルをしてもらいたくて。『私にキスできますか?』のヒロイン、イ・ダインと今日のサランさんのファッションが、あまりにもぴったり重なったから」
「あ……ええと、はい。わかりました。でも、私、男の人と二人きりで歩いたことなんて、今まで一度もなくて……」
そう答えるサランの耳たぶが、
熟した果実のようにみるみる真っ赤に染まっていく。
そのあまりの初々しさに、シウの心臓も大きく跳ねた。
「せっかくの小樽ですから、いろいろ案内させてください。
サランさんは、僕にとって記念すべき『正規公認ファン第1号』ですから」
「『正規公認ファン第1号』……ですか?」
「そうです。完璧なコンセプトファッション、限定ハードカバー持参、聖地巡礼も完璧で、映画も視聴済み。第1号にして、すでに僕のなかでは第1位のファンですよ。だから、そのお礼をさせてください」
シウの茶目っ気のある言葉に、サランの緊張がふわりと和らいだ。
しかし、
ちぎれてしまうのではと心配になるほど、彼女の耳はまだ赤いままだ。
「はい。わかりました。シウ先生、案内よろしくお願いします!」
「先生」と呼ばれた響きに、
くすぐったいような喜びを感じながら、二人は歩き出した。
対岸に並ぶ赤煉瓦倉庫の美しい陰影を横目に、
浅草橋を背にして歩みを進める。
海からの風がサランの髪を揺らすたび、シウの元へ心地よい香りが漂ってきた。
夏の果実に、とろりとした練乳の甘さを加えたような、
爽やかでいてどこか甘酸っぱい香り。
それは先ほどシウの脳裏をかすめた、懐かしい記憶の香りに酷似していた。
観光客たちのシャッター音とはしゃぐ声を遠くに聞きながら、
二人は歴史ある「堺町通り」へと足を踏み入れる。
石畳の道が続くこの通りは、
まるで時間を大正や明治へと巻き戻したかのような錯覚を覚えさせた。
道の両側には、往時の面影を色濃く残した和洋折衷の木造建築や、
どっしりとした石造りの倉庫が軒を連ねている。
洋菓子店から漂う香ばしいバターの香りに誘われそうになりながら、
二人はさらに通りの奥へと進んでいく。
どこかの扉の隙間から零れ落ちるオルゴールの切ないメロディが、
軒先に吊るされた風鈴の涼やかな音と優しく混ざり合っていた。
歩き始めて十分ほど経った頃、目指す場所が見えてきた。
歴史を物語る錆色の蔦が壁一面に這う、堂々とした石造りの倉庫。
その古びた木製の扉を押し開けると、外の明るい世界から一転して、
薄暗く、圧倒的に幻想的な空間が目の前に広がった。
一歩足を踏み入れた瞬間、二人の視線を奪ったのは、
無数の石油ランプの灯りだった。
天井から吊り下げられたもの、壁に掛けられたもの、
そしてテーブルの妖精のように静かに佇むもの。
それら167個のランプが放つ、あたたかくゆらめく琥珀色の光が、
暗がりのなかに無数のきらめきを躍らせている。
「綺麗……」サランの口から、感嘆の言葉が吐息となって零れ落ちた。
ランプ特有の微かなオイルの匂いが鼻腔をくすぐる。
外の賑やかさは嘘のように消え去り、ここにはただ、
セピア色の静寂と、ガラスに反射する光の芸術だけが満ちていた。
かつて漁業用の木造石張倉庫だったその広大なホールは、
今や光の聖域と化している。
レジでの注文を済ませ、
シウは『特製ロイヤルミルクティ』と
『ホットコーヒー』が載ったトレイを受け取った。
琥珀色の液体からは、濃厚な甘い香りと共に心地よい熱が伝わってくる。
運よく空いていた壁際の丸テーブルへ向かい、
二人は椅子を引き、そっと腰を下ろした。頭上を見上げれば、
気の遠くなるほど高い天井までランプのイルミネーションが連なり、
まるで満天の星空の下にいるかのような錯覚を覚える。
テーブルの中央でも、小さな硝子細工のランプが、
ゆらゆらとオレンジ色の呼吸を繰り返していた。
トレイの上で、
波打つミルクティがランプの灯りを反射して黄金色にきらめいている。
北海道産の牛乳で丁寧に茶葉を煮出した、こだわりの一杯。
サランはそのカップを愛おしそうに両手で包み込み、
ゆっくりと口元へ運んだ。
きめ細やかなミルクのまろやかさが彼女の唇を濡らし、
続いてじっくりと抽出された紅茶の深い渋みと上品なコクが、
口いっぱいに広がっていく。
異国を思わせる豊かな茶葉の芳香。
ランプの揺らぎと、どこからか流れる美しい旋律。
石油のわずかな匂いと、甘く切ないミルクティの湯気。
ユン・シウはカップを傾けながら、まるで時が止まったかのようなその空間で、
ただ真っ直ぐに、正面に座る美少女に心を奪われていた。
今後、記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※作中のメインキャラクターは日本語も韓国語も話せる設定となっておりますが、読む側を考慮して日本語表記にしております。キャラクター達は場面に応じて言語を使い分けているとご理解願います。
参考データ
※ユン・シウ…小説家25歳
※カン・サラン…女優志望のアルバイト20歳
※ソン・カナン...女優。カン・サランの芸名。ソン・インナに名付けられた。
※ソン・インナ…女優、シウの母親
※ユン・ジュンソ...シウの父。総合映像制作会社S.S.Iの会長
※ユン・ヒョヌ...シウの異母兄。ソヒョン・チョヨンの恋人。S.S.Iの後継者
※イ・ソジュン...シウの親友。Juringエンター専務。子犬の幼顔と低音ボイス
※イ・ウジン...映画監督。『残酷な美しさ』『私にキスできますか?』
※パク・ドユン...映画監督。シウの親友。Juringエンタ常務。映像制作部部長。
※イ・ダイン...『私にキスできますか?』ヒロイン
※キム・ソヒョン...シウの元恋人『Love Hunt』プロデューサー。
※キム・ソンミン...キャサリン。薔薇組第二夫人。数千万ウォンの身体を誇る
※ハン・チョヨン...女優『私にキスできますか?』イ・ダイン役
※ハン・ジヨン...女流写真家。奇跡の1枚を撮る「アメイジングメーカー」
※ナ・ジウ...薔薇組音響アシスタント。通称小枝。
※虹の薔薇組...ドユンのハーレム軍団。精鋭撮影チーム。
※佐藤直樹...ユン・シウの祖父。伝説の投資家。
※佐藤志乃...ソン・インナの本名。
※天翔樹林...ソン・インナのシルフィード歌劇団時代の芸名。
※涼風小鳥...中村綾。サランの母親。
※中村綾...サランの母親
※トリニティG...韓国最大の財閥グループ
※S.S.I...総合映像制作会社
※Juringエンタ...芸能事務所兼資産管理会社。会長インナ。社長シウ。
※アトリエ・ノア...中堅芸能事務所。サランことカナンが所属していた。
※『Love Hunt』…ネット配信の恋愛リアリティ番組
※『私にキス出来ますか?』…シウ作の小説
※『ずっと僕は君を』…シウ作の小説




