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『夏の果物に練乳をかけたような甘い香り』

ドライブを終えて小樽市内に到着したユン・シウとカン・サランは、お礼とサランの20歳の成人祝いを兼ねて、小樽運河沿いのレトロな石造り倉庫を改装した居酒屋でディナーをします。道中、シウはサランの香水が、幼い頃に母親が作ってくれた「フルーツピンス(かき氷)」を再現した手作りの香りであることを知ります。

小樽への帰路、車は暮れゆく日本海に沿って走り出した。

助手席のサランは、窓ガラスに頬を寄せ、静かに海を見つめている。

右手に険しい岩肌、左手にどこまでも続く海。

昼間の鮮やかなブルーは消え去り、海は深い藍色へ。

そして空の端は、わずかに燃え残るような朱色から、

紫色のグラデーションへと移り変わっていく。

サランは小さく溜息をつき、

「この景色を、一生忘れない」と呟いた。

「もう明日、韓国に帰っちゃうんだぁ……。また働かなきゃ。嫌だなぁ」

彼女の嘆きは、海の彼方のロシアまで届きそうなほど切実だった。

彼女にとっては、これが初めての海外旅行。

その短い日程の大半を、僕が連れ回してしまったことを詫びると、

サランは「本当に嬉しかったし、すごく楽しかった」と

満面の笑顔を返してくれた。

トンネルを抜けるたびに外の景色は暗さを増し、

街灯の光がぽつりぽつりとアスファルトを照らし始める。

そろそろ、夕飯の相談をしなければいけなかった。

今日の同伴のお礼に、僕がごちそうする約束になっているのだ。

寿司が優勢ではあったが、肉も食べたくなるかもしれない。

会話の中で、今年20歳になる彼女が、

まだ成人の祝いを特にしていないという話を聞いていた。

それならと、最終的に寿司も他のメニューも食べられる、

雰囲気のいい居酒屋でディナーをすることに決まった。

「ずっと聞こうと思っていたんだけど、それ、何の香水? すごくいい匂いだね」

僕が尋ねると、カン・サランは恥ずかしそうに目を細めて笑った。

「これ、自作なのです。お金ないから」

ドラッグストアで買ったという、安物シロップ系ピーチのシングルノート。

そこに「練乳」の抽出エキスや、安価なバニラエッセンスを、

自ら一滴ずつスポイトで混ぜ合わせて作っているのだという。

「幼い時にね、夏になると母親が作ってくれた、フルーツピンスの香りであるのです」

愛情の分だけ練乳をたっぷりかけて、食べさせてくれた思い出の味。

それは、遠い夏の日の切ない記憶だった。

辺りはすっかり薄暗くなり、車は小樽市内に到着した。

サランは助手席で、まだ何か想いを巡らせているようだった。

僕が彼女を連れて入ったのは、小樽運河沿いに佇む、

巨大な石造りの倉庫を改装した居酒屋だ。

重厚な木製の引き戸を開けると、外の薄暗さとは対照的に、

あたたかみのあるランプの光がふわっと広がった。

見上げれば、明治の面影を残す太い木梁はりが、

高い天井を支えている。

店内に満ちているのは、炭火で焼かれる香ばしい海鮮の煙と、

賑やかな客たちの笑い声。

けれど、案内された奥の席は不思議と静かで、

どこか非日常的な雰囲気が漂っていた。

「うわぁ……すごい。素敵ですね」

サランは少し目を見張りながら、古い石壁を見つめた。

「一応、成人祝いだからさ。ちょっと雰囲気のいいところを、と思ってね」

僕がそう言って微笑むと、彼女は嬉しそうに頷いた。

「まずは乾杯しよう」

メニューを開き、サランのための生ビールと、地物の特上握り、

そして炭火で豪快に焼き上げるイカの姿焼きや大ぶりのホタテ、

海鮮サラダに串焼きをいくつか注文した。

運ばれてきたグラスを、二人は軽く合わせる。

「成人、おめでとう」

「ありがとうございます、シウさん」

冷たいビールを喉に流し込んだサランは、はにかむように笑った。

倉庫のひんやりとした空気の中で混ざり合う、

炭火の煙と、古い木や石の匂い。

厳かでレトロな石造りの空間と、目の前でゆらゆらと揺れるランプの炎。

「美味しそうな、いい匂いだね」

焼き上がったホタテの殻から立ち上る湯気を見つめながら僕が呟くと、

サランは照れたように自分のグラスを見つめ、

また少しだけお酒を口に運んだ。

やがて、漆黒の平皿に美しく並んだ「特上握り」がテーブルへと運ばれてきた。

「わあ……!」

サランが、目をきらきらと輝かせながら感嘆の声を漏らす。

「どれから食べる?」

覗き込むと、皿の上で最も強い存在感を放っているのは、

やはり本鮪の大トロだった。

濃いピンク色の身には、

まるで細雪が降り積もったかのように繊細な白い脂の筋が走っている。

サランが箸でそっと持ち上げると、

ネタはその自重で、しなやかに身をくねらせた。

「じゃあ、大トロから……いただきます」

彼女が口に運んだ瞬間、その動きがぴたりと止まった。

「……んん!」言葉にならない声を上げ、幸せそうに目を閉じる。

「とろける。じゅわって……」

次に二人が目を留めたのは、軍艦巻きのツートップ、

ウニとイクラだった。

漆黒の海苔の器から溢れんばかりに盛られたウニは、

一切の形崩れがなく、一粒一粒がふっくらと美しいエッジを保っている。

サランがそれを口に入れると、今度は驚いたように目を見開いた。

「ウニ、初めてなの……! 美味しい!」

「本当だ、美味しいね」

お楽しみに取っておいたイクラの軍艦には、二人の手が同時に伸びた。

醤油漬けにされた卵の一粒一粒が、

店の照明を反射してルビーのように輝いている。

口に含むと、海苔の「パリッ」という心地よい、

乾いた音が小気味よく響いた。

直後、舌の上でピンと張ったイクラの皮が、「プチプチ」と弾ける。

サランは小さく、満足げなため息をついた。

僕たちは互いの顔を見合わせ、言葉の代わりに深く深く頷き合う。

晩餐のテーブルに広がる至福の余韻は、

外を流れる静かな夜の空気にゆっくりと溶けていった。


石壁の向こうから、かすかに波の音が聞こえるような気がした。



今後、記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、

もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。

こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。


※作中のメインキャラクターは日本語も韓国語も話せる設定となっておりますが、読む側を考慮して日本語表記にしております。キャラクター達は場面に応じて言語を使い分けているとご理解願います。


参考データ

※ユン・シウ…小説家25歳

※カン・サラン…女優志望のアルバイト20歳

※ソン・カナン...女優。カン・サランの芸名。ソン・インナに名付けられた。

※ソン・インナ…女優、シウの母親

※ユン・ジュンソ...シウの父。総合映像制作会社S.S.Iの会長

※ユン・ヒョヌ...シウの異母兄。ソヒョン・チョヨンの恋人。S.S.Iの後継者

※イ・ソジュン...シウの親友。Juringエンター専務。子犬の幼顔と低音ボイス

※イ・ウジン...映画監督。『残酷な美しさ』『私にキスできますか?』

※パク・ドユン...映画監督。シウの親友。Juringエンタ常務。映像制作部部長。

※イ・ダイン...『私にキスできますか?』ヒロイン

※キム・ソヒョン...シウの元恋人『Love Hunt』プロデューサー。

※キム・ソンミン...キャサリン。薔薇組第二夫人。数千万ウォンの身体を誇る

※ハン・チョヨン...女優『私にキスできますか?』イ・ダイン役

※ハン・ジヨン...女流写真家。奇跡の1枚を撮る「アメイジングメーカー」

※ナ・ジウ...薔薇組音響アシスタント。通称小枝。


※虹の薔薇組...ドユンのハーレム軍団。精鋭撮影チーム。

※佐藤直樹...ユン・シウの祖父。伝説の投資家。

※佐藤志乃...ソン・インナの本名。

※天翔樹林...ソン・インナのシルフィード歌劇団時代の芸名。

※涼風小鳥...中村綾。サランの母親。

※中村綾...サランの母親

※トリニティG...韓国最大の財閥グループ

※S.S.I...総合映像制作会社

※Juringエンタ...芸能事務所兼資産管理会社。会長インナ。社長シウ。

※アトリエ・ノア...中堅芸能事務所。サランことカナンが所属していた。

※『Love Hunt』…ネット配信の恋愛リアリティ番組

※『私にキス出来ますか?』…シウ作の小説

※『ずっと僕は君を』…シウ作の小説

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