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第4話 明日は続いていたのです!


 巨人を打倒した少女の声は、広間へと静かに落ちた。


 崩れた巨人の残骸からは、まだ青い火花が散っている。

 焦げた石の匂いと、砕けた金属の熱が空気に残っていた。


 フィリップは剣を握ったまま少女を見る。


 薄い金色の髪に、簡素すぎる布の服。

 そして、裸足のまま瓦礫の上に立っている細い足。


 けれどその手には、あの金属の巨人を一撃で斬った古びた剣がある。

 おそらくは、ただの少女ではない。


 だが、放っておいていい相手にも見えなかった。

 事情を知らずとも、いまにも泣きそうで、こんな危険な場所をみすぼらしい姿で彷徨う少女を放っておけるほど、フィリップは薄情ではない。


 もしそういう男だったなら、彼はシーカーになどならなかっただろう。

 だってこうして冒険をしているのは、金が欲しかったからでも、宝が欲しかったからでもない。

 彼は、冒険の先で出会う人々とのふれあいが好きで、今日もシーカーを続けているのだから。


「……助かった。君が来なければ、俺たちは死んでいた」


 フィリップが己の不甲斐なさを噛みしめて頭を下げると、少女は首を傾げた。

 どうやら助かった人間が後悔を残すことに、納得できないらしい。


 だから少女は必死になってフィリップを応援する。


「なぜまた俯くのです? 謝る必要などありません。勝者は声を上げて笑うのです。ここに敗北などなく、このポンコツは死にましたっ! さあ!」

「なんかちょっとズレてるな、このねーちゃん……」


 足を押さえていたグリが、涙の残った顔でぼそりと言う。

 一方でケーラは、砕けた障壁の反動でまだ息が荒かったが、少女から目を離していなかった。


 その視線には警戒だけではなく、強い興味が混じっている。


「君、名前は?」


 少女の不可解なテンションを無視してケーラが尋ねる。


 すると少女は、待っていましたと言わんばかりに胸を張った。

 表情はほとんど変わらないが、胸だけは誇らしげに張られている。


「よくぞ尋ねました。私はホムホム。スーパーホムンクルスです」


 どうやらホムホムはスーパーホムンクルスらしい。

 だが誰も、その言葉の意味を掴めなかった。


 それが職業を指しているのか、ホムホムのフルネームなのか、何もわからなかったからだ。

 何より、この時代にはホムンクルスという概念がない。


 しかしホムホムは、妙に自信に満ちた声で続ける。


「完璧です。綺麗に決まりました……。私は自分の才覚が恐ろしい」

「まあ、なんだ? 名前がホムホムなのは伝わった。ありがとう、ホムホム」


 フィリップは慎重に言葉を選び、暫定ホムホムに同意を示して微笑む。

 その空気を読む能力はさすがだが、しかし逆に言うと、名前以外は何ひとつ伝わっていない。


 だが、ホムホムは満足そうに頷いている。

 本人としては、必要なことをすべて言い切ったつもりらしかった。


 きっと、諦めかけた人間がまた笑えるようになったなら、それがホムホムにとっての勝利だったのだろう。

 だから彼女の視点では、再び俯きかけた人へ応援をした自分の対応は、やはり完璧。


 つまり、そういうことらしかった。


 そして一人で満足しているホムホムを知るために、フィリップは巨人の残骸へ目を向ける。

 これほどの旧文明の遺物を斬った強さ。

 常識では考えられないみすぼらしい服装に、自分を説明する言葉の奇妙さ。

 危険地帯に一人でいた理由。


 聞きたいことは山ほどあった。


 しかし、グリは足を痛め、ケーラは魔力をかなり消耗している。

 自分も肩と腕に痺れが残っていた。


 次の敵がいつ現れるかも知れない状況で、長く話し込む余裕はない。


「ホムホム。俺たちは町へ戻る。よかったら君も来ないか?」


 少女の眉が、ほんの少しだけ動いた。


「……?」

「あー、その、なんだ。君をここに一人で置いていけないんだよ」

「しかし私は一人で歩けます。それに私には、明日を見に行く使命があるのですが」


 それはたぶん、説明のつもりなのだろう。

 だがどうやらホムホムには色々と経験が足りないらしく、自分が心配されているということにあまり気づいた様子はない。


 なにせホムホムはこう見えて、進んだ技術を持っていた旧魔導文明の最終兵器。

 彼女の感覚に合わせれば、スーパーホムンクルスなのだから、人に心配されるという状況が理解できなかったのだ。


 だがそんなことを知らないフィリップは、まず少女の服を見た。


 四角い布に穴を開け、腰を別の布で結んだだけの服。

 戦いに巻き込まれればすぐ破れそうで、町を歩けば十人中十人が振り返るほどのみすぼらしさだ。

 裸足の足には細かい傷があり、それなのに本人はまるで気にしていない。


 それは年端も行かない少女にとって、あまりにも悲しい姿だった。

 もしかすると、ひどい目に遭ったのかもしれない。


 そう思ってしまうには、十分すぎる条件がそろっていた。


「歩けるかどうかの話じゃない。君みたいな子を、こんな場所に置いていく大人はいないんだよ」


 ホムホムは自分の手を見た。


 水槽の中で育った体に、年齢という感覚はまだうまく結びつかない。

 けれどフィリップの声は嘘をついているようには聞こえなかった。


 ならきっと、人間にとってはそれが正しい解釈なのだろう。


「ですが、私はホムホムです……。使命が……」

「それは聞いた。だからホムホムを町へ連れていく。使命だって、とりあえず人のいるところでやればいいだろ?」


 そう言ってフィリップが近づくと、ホムホムはまだちょっと抵抗があるようで、剣を抱えて後ずさった。


 ただ、本気で逃げる様子ではない。

 もし本気なら、フィリップたちが止められるはずもないだろう。


 彼女はただ困惑していただけだ。

 助けた人間たちが、なぜか自分をどこかへ連れていこうとしている。

 とても気にかけてくれている。

 兵器である少女には、その理由がわからない。


 だから必死に、自分が自分であることを伝えている。


 だが、それは三人にとって何の解決にもならなかった。

 グリが痛む足を引きずりながら立ち上がる。


「なあ、ホムホム。町にはうまい飯があるぞ」


 その言葉に、ホムホムの動きが止まった。

 きっとおいしく食べるものが多くあるということは、騎士の夢見た明日が続いている証明になると思ったから。


 だからグリの言う飯という言葉に反応して、その町とやらに興味がわいたのだろう。


「もしやそれは、人が大勢で幸せに暮らしているということですか?」

「そうだぜ。それにみんなで食う飯は、絶対にうまい」


 ケーラがグリの頭を軽く叩いた。


「餌付けみたいに言わないの」

「でも効いたぞ? 見ろ、ホムホムの目が輝いてるぜ。表情はちょっと薄いけど!」


 ははは、と笑うグリだったが、ホムホムはさきほどの言葉を真剣に考えていた。


 この一か月で、木の実と獣と水は知った。

 だが、人が作る食べ物はまだ知らない。


 夢の中の人々は、確かに何かを分け合い、口に運んでいた。

 あれも、人らしさの一部なのかもしれない。


 そして何より、騎士がこの時代にも生きていたならば、きっとみんなで食べるご飯を喜んでいただろう。

 そのことが、ホムホムにはよくわかった。


 きっとそれが、騎士が望んだ明日にある、日々を生きる人の熱だったから。


「なるほど……。それなら私に、断る理由はありません」


 その様子に、ケーラの細い目が少しだけ開いた。

 だが何かを問い詰める前に、フィリップが首を振る。


 行くと決まったなら、もうここを離れる方が先だ。

 少なくとも油断してさきほどと同じような展開になるのは、フィリップは避けたかった。


 そうして巨人の残骸から小さな部品だけを回収し、シーカーたちは広間を出た。

 ホムホムは自分が保護されていると気づかないまま、その後ろをついていく。


 時々、なにか興味のあるものを発見しては道を逸れた。

 そのたびにフィリップが立ち止まり、グリが飯の話をし、ケーラが笑う。

 だけどホムホムにとっては真剣だ。

 なにせ生まれてこの方、こうしてこの世界のことを学んできたのだから。


 だが自分がいくら完璧な説明をしても、人にはスーパーホムンクルスの行動原理があまり伝わらない。

 きっと高すぎる才能というのは、時にホムンクルスを孤独にする。


 ホムホムは新たな悟りを開き、再び自らの才覚に愕然とした。

 人と接して半日も経たず、もうこの領域まで到達してしまったのかと。


「才能とは恐ろしいものですね……」


 最後にそう呟くと、ホムホムは前を見ることにした。

 とりあえず人らしくあるために、自分が周囲の人間に合わせていくことにしたらしい。


 巨人の骨を抜けると、森の光が柔らかくなった。

 崩れた塔の根元には草が生え、古い道の割れ目には花が咲いている。

 遠くには、低い柵に囲まれた畑が見えた。


 ホムホムは足を止める。


 夢の中で見た世界は、黒い魔力と悲鳴に覆われていた。

 塔は燃え、人は逃げ、獣は未来を踏み潰していた。


 けれど、今の世界は違う。


 確かにかつての傷は残っている。

 崩れた建物も、割れた道も、枯れた魔力の跡もある。

 それでも、その間から草が伸びていて、人の歩いた跡がある。


 騎士の信じた世界は、まだ生きているのだ。

 いや、一度死んだあとで、もう一度息をしようとしているのかもしれない。


 胸に、小さな熱が灯った。


 騎士は間に合わなかったのかもしれない。

 あの時代を救うことはできなかったのだろう。


 けれど、彼が信じた明日は、本当にどこかへ続いていた。

 その証明が、目の前に広がっていたのだ。


「どうした?」


 フィリップが振り返る。

 ホムホムは畑の向こうを見つめたまま言った。


「あなたたち人間は、やっぱり眩しいです」


 フィリップには、その言葉の意味がよく分からない。

 ただ、なぜかその言葉に、胸の奥をつかまれるような気がした。


「なら、その眩しい人間様の町で、驚くくらいうまい飯を教えてやるよ」


 その時、風が吹き知らない匂いがした。

 木の実とは違う、温かくて、胸の奥をそっと撫でるような匂い。


 その甘い匂いに、ホムホムは無表情のまま目を瞬かせる。


「……これは、何ですか」


 するとグリが得意げに笑った。


「町の名物パンの匂いだよ。うまいぜ!」


 ホムホムは、騎士の見たかった明日の中に、その匂いがあることがとても嬉しかった。

 だってそれは、今日も人の明日が続いていたということだから。



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