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第5話 ホムホムの町デビュー


 町の門には、大勢の人がいた。

 ホムホムは、その事実だけで少し立ち止まった。


 鎧を着た門番に、荷車を引く男。

 籠を抱えた女もいるし、走り回る子どもも見える。

 彼らは誰も黒い獣から逃げておらず、空を見上げて絶望していない。


 みんな、当たり前のように今日を歩いていた。


「人が、こんなにもたくさん……」


 ホムホムが真顔で呟くと、隣のグリが得意げに胸を張る。


「だろ? 町ってのは、だいたい人が多いんだよ、飯ももうすぐそこだ」


 その言葉に、ホムホムの視線が少しだけ鋭くなった。


 門の近くには焼けた小麦の匂いが漂っている。

 ホムホムはそれが何なのかまだ知らない。

 知らないのに、なぜか胸の奥がそわそわした。


 その時、門番がフィリップに気づいて手を上げた。


「おう、フィリップ。戻ったか。ずいぶん派手にやられたな」

「巨人の骨でヤバいのに当たった。詳しくは組合で報告する」

「そりゃ災難だったな。そっちの子は?」


 門番の視線がホムホムへ向く。

 だってどう見ても、普通の旅人ではない。


「一緒に町に入れるよ。彼女は命の恩人なんだ」

「そうか。……身分証明はあるか?」


 門番がそう尋ねた瞬間、ホムホムは首を傾げた。


 身分証明ってなんだろうと。

 もちろん、知らない言葉ではない。

 身分を証明するものというのはつまり、自分が何者であるかを示すものなのだろう。


 ホムホムは自分の服を見下ろした。


 腰の布を少し持ち上げたり、袖のような部分を探ったり。

 最後には服の胸元をぱかーんと開いて確認する。


 ぶっちゃけ何もなかった。


「……ありませんね」


 しかしホムホムは慌てない。

 こういう時のために自己紹介を練習してきたのだ。


 それから少し考えて、門番へ向き直った。


「ホムホムです。スーパーホムンクルスをやっています」


 今度は門番が首を傾げた。

 やっぱりこうなったかと、フィリップは額に手を当てる。


「名前は証明じゃないんだ」

「ですが、私はホムホムです。私を証明するなら、これ以上のものはないはずです」

「ものすごい自尊心だ。ある意味尊敬するよ……」


 フィリップは苦笑し、銀の認識札を門番に見せた。


「俺が保証する。問題があれば組合に通してくれ」

「銀等級の保証なら通すさ。ただ、その子から目を離すなよ」

「もう遅いよ。すでに色々やらかしてる」


 フィリップの言葉の意味を、ホムホムはよく理解できなかった。

 けれどなんだかんだで門は通れた。


 ならやっぱり、ホムホムはホムホムなのだ。

 これ以上の証明はないと確信する。


 そして町の中へ一歩入った瞬間、目を瞬かせた。


 道の左右に店が並び、人が声を上げている。

 古い石材の壁には、旧文明のものらしき金属片が補強として打ち込まれていた。

 窓辺には花があり、どこかで鍋の煮える匂いがする。


 滅びた世界の上に、人は暮らしていた。

 そのことが、ホムホムには眩しかった。


「まず宿だな。グリの足とケーラの魔力切れを見てもらう」


 フィリップが予定を立てると、ホムホムは頷こうとして、ふと足を止める。

 市場の一角で、赤い実が山のように積まれていたからだ。


「これは、木の実ですか」


 そして、おもむろにリンゴのような木の実を一つ手に取る。

 指先に魔力を通し、じっと見つめて観察した。

 表情は動かないが、内心ではかなり真剣だ。


「水分が豊富で甘味もあります。これは良い木の実ですね。才能があるのでしょう」

「お、お嬢ちゃん、見る目があるねえ」


 このお嬢ちゃんはいきなり何を言い出すんだと、店主が少し動揺しつつも、愛想笑いを浮かべる。

 見た目はみすぼらしいが、少女のそばにいるシーカーは銀等級。


 銀等級といえば、頂点の虹等級からはじまり、その次の金等級に続く上位シーカーの資格である。

 全部で虹、金、銀、銅、木と五段階あるが、だいたいの中堅どころか銅で足踏みすることを考えると、素晴らしい身分の者といえた。


 だからきっとこのお嬢ちゃんもそれなりの立場のもので、この姿にも意味があるのだろうと深読みしているのだ。


 だがその言葉が聞こえているのか、いないのか。

 ホムホムは次のリンゴを手に取り観察を続けた。


「こちらは内部に虫さんがいます」


 堂々と宣言される商売人としての死刑宣告に、店主の笑顔が固まった。

 ホムホムは悪意なく、リンゴを二つの山に分け始める。


「良い木の実。虫さんの住居。良い木の実。虫さんの住居。これは少し迷いますが、虫さんの別荘です。きっとこの虫さんは努力家なのでしょう、大繁殖しています」


 その台詞に、周囲の客がざわついた。

 あまりにも突拍子もない台詞に、店主の額に汗が浮かぶ。


 しかし怒れば、自分の商品に虫入りがあると認めることになる。

 かといって、このまま仕分けられては商売にならない。


 店主は震える笑顔で、きれいなリンゴを一つ差し出した。


「え、えへへへ……。どうです、お嬢さん。シーカーのみなさんの一員なのでしょう? ここは一つ、このリンゴで許してください。はははは……」

「ありがとうございます。優しい店主さん。あなたには商売の才能があると思います」


 そしてホムホムは悪意なく虫のいないリンゴを受け取り、ほくほく顔で店主にお礼を言った。

 すると急にはぐれたホムホムを探し、どこいったんだと探し回っていたフィリップたちに合流する。


「ホムホム? なんだ、そのリンゴ?」

「才能のある優しい店主さんからもらいました。人間とはやはりいいものです」

「……ん? そ、そうか。まあホムホムって美少女だからな。そういうこともあるか」


 そんなフィリップの台詞にケーラも頷くが、唯一抜け目のないグリだけが一部始終を見ていたらしい。

 少年はホムホムのあまりにえげつない所業を知り、青ざめた顔で震えていた。


 まだまだ、生まれたてのスーパーホムンクルスには、人の常識は難しかったらしい。


 だって本人は、良いものと良くないものを分ければ、みんなに喜ばれると思っただけなのだ。

 しかしその善意が、商売人である店主には死刑宣告となったのである。


「私は学びました。商売には、虫さんの都合が密接に絡んでいます。それを伝えてあげると、人間は商品をわけてくれるのです」

「こ、こええよ、このねーちゃん……」


 グリはあまりの悲惨さに心の中で店主に頭を下げ、今度きたらリンゴをいくつか買ってあげようと誓う。

 店主は最後まで笑顔だったが、その目にはキラリと涙が浮かんでいた。


 とはいえ、虫リンゴは誰だって買いたくない。

 ある意味、自業自得でもあった。


 その後、四人はそろって宿へ向かった。

 宿の女将は、フィリップたちを見るなり大きく目を見開く。


「また無茶してきたねえ。グリ、足を見せな。ケーラは座る。フィリップ、あんたも顔色が悪いよ」

「助かる。あと、この子も頼むよ」

「見ない顔だね。服も……、まあ、事情は聞かないよ」


 ホムホムはまた首を傾げた。

 事情とは何だろう。


 私はホムホムです、と説明すべきか考えたが、フィリップの目が「今はやめておけ」と言っている気がしたので、やめた。


 その代わり暇になったホムホムは宿の片隅に目を向ける。

 そこには水汲み用の魔道具が置かれていた。


 手押しの管を動かすと、井戸から水を汲み上げる仕組みらしい。

 けれど動きが鈍く、管の中で水が詰まりかけているようだ。


 その内部構造を、ホムホムはじっと見つめた。


「あまりに非効率ですね」


 魔力を宿した指先が伸びる。


「これは直しましょう。みんなもハッピー、私もスッキリ。完璧です」


 そうして誰も気づかぬうちに、宿の水汲み魔道具は一新する。

 かつては水をくみ上げるだけの機能のものだったはずが、一瞬のうちに構造が書き換わり、自動で水を生成する魔道具に進化していたのだ。


 しかも見た目は変わらないので、使用者は今まで通り井戸の水を汲んでいると思い込む。

 ただちょっとだけ、いつもより軽い力で水がどばどばでるな、と思うだけだろう。


 そう、この変化に気づく者は、いないのだ。

 そしてそのホムホムのヤバい魔導技術をまたまた目撃してしまったグリは、またもや顔を青ざめさせる。

 もはや膝が笑いすぎて、まともに立っていられないほどだった。


 だが、グリは何も言わない。

 言ってしまえば、この怪異みたいなねーちゃんに、何をされるか分からないと思っているからだ。


 だからグリはこのことを見なかったことにして、いつも通り振舞おうと心に決めるのであった。


 そして町に来てから次々に怪事件を起こすホムホムは、のんきに考えた。

 そろそろお目当てのパンが食べたいな~、と。


 そんなことを考えながらも、時に宿の魔導ランプを進化させ。

 時に宿のベッドにむらがる埃やダニを遠隔で浄化し。

 時に足をぷらぷらさせながら、旧魔導文明に記録されていた音楽を歌った。


 ちなみに音楽はめちゃくちゃ好評だったらしい。


 そうして色んなことに手を出していると、フィリップたちの手当てが終わるころには、外は夕暮れになっていた。


 すでに宿の食堂には、温かな匂いが満ちている。

 ホムホムは席に座り、背筋を伸ばして期待のパンとやらを待っていた。


 そして丸いパンが一つ、目の前の皿に置かれる。


 表面は少し硬そうで、割れ目から湯気が立っている。

 焼き色は淡く、触れると温かい。

 森で食べた木の実とも、獣の肉とも違う香ばしい匂いがした。


「それがパンだぜ、ねーちゃん。町の名物ってほどじゃないけど、ここのはとびきりうまいんだぜ」


 グリがにしし、と笑いながら言葉にする。

 ホムホムは両手でパンを持ち、その熱に感じ入る。


 ……とても温かい。

 ただそれだけで、胸が詰まった。


 だって、夢の中で騎士は黒い空の下を走っていたから。

 誰もが逃げ、明日を諦めていた。

 あの人は怖いと言いながら、それでも剣を握っていたのだ。


 それは、何のためにだろうか?

 きっと世界を救うためでもあり、未来を守るためでもあったはずだ。


 でも、それだけではなかったのだと思う。


 誰かが朝に起きて、火を入れて、粉をこねて、焼いたものを分け合う。

 熱いと言いながらかじって、腹が満ちたらまた働き、夜には帰る。


 そんないつも通りの未来を、あの騎士は信じたのだ。


 ホムホムはパンを小さくちぎり、口に入れた。


 ちょっと硬いけれど、噛むほどに甘さが染み出す。

 温かくて、素朴で、何度も噛みたくなる味だった。


 そしてついに、涙が落ちた。

 一粒だけではなかった。

 ぽろぽろと、止まらずに頬を伝っていく。


「お、おい。まずかったかねーちゃん?」


 その様子にグリが慌てるが、ホムホムは首を横に振った。


「違います」


 表情は大きく変わらないが、声は震えていた。

 止まることのない涙が、次から次へと落ちていく。


「このパンからは、私の主人公が、負けなかった味がするのです。それがとても……、嬉しいのです」


 その言葉の意味を、シーカーの三人は理解できないし、推測するのも困難だ。

 けれど、茶化してはいけないことだけはわかった。


 ホムホムはパンをもう一口食べた。

 かつて、騎士は負けたのだと思っていた。


 世界を救えず、少女を起こせず、あの施設で一人きりで眠ったのだと思っていた。


 けれど違ったのだ。

 だって、この味が残っている。


 人がまだパンを焼いている。

 誰かと分け合い、明日も食べようとしている。


 なら、あの人の勇気は、負けなかったのだ。

 騎士が信じた人の熱は、正しく未来へ繋がっていたのだ。


 ホムホムは涙を拭わず、パンを噛みしめた。


「とても、おいしいです」


 その声を聞いて、フィリップは静かに笑った。


「そうか。ならよかったよ」


 ホムホムは頷き、もう一度パンを口に運ぶ。

 涙のホムンクルスは、その日、はじめてパンを食べた。



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