恩師のお宅にて③「姿をあらわせ!心房細動・・・」
心房細動.
学生の時、ポリクリ、外来で教授の診察を見学.
「この患者の脈、いわゆる、arrhythmia absoluta、絶対性不整脈です.
脈の間隔がバラバラでしょう・・・」
記憶はそこまでである.
教授のベッドサイドティーチングが、その後どのように続いたか、ちゃんと聞いておけばよかった.
この不整脈の”絶対的”帝王、心房細動が、
心不全の元になったり、
血栓塞栓症を引き起こしたり、
ご本人には、動悸という不快な感覚を引き起こしたり、
あるいは、極端な徐脈で、失神をきたしたり、
という、かなりの強敵であることを理解するには、数十年の経験が必要だった.
心臓の病気を直接扱う、内科や、循環器科ではない医者には尚更だろう.
しかもこの強敵、普段はその正体を隠して、忘れた頃に、本性を現すという、
「発作性心房細動」という形態をとって、臨床医、特に脳卒中を扱う医者を翻弄することも多い.
「地味で、目立たず、しかし、広域かつ大規模な犯罪の背後に隠れる、元締め的な存在・・・・」
60代くらいの男性、皮質から皮質下の小さな梗塞.心房細動は結局一回も見られなかった.バイアスピリンだけ処方して、外来で経過を見たが、ある日、意識障害をきたしてきた.
なんと脳底動脈閉塞!
ウロキナーゼを使った血栓溶解を試みたが、再開通は得られず、患者さんは亡くなった.脳の動脈硬化性の狭窄はなかったから、おそらく発作性心房細動による、塞栓症なのだろう.あるいは大動脈のプラーク?当時はまだ、大動脈のプラークが未知の塞栓症の原因になりうるという話題はなかったとおもう.ましてや、埋め込み式の心電図モニターもなかったから、年に数回程度、しかも短時間だけ出現する、発作性心房細動を検出する方法もなかった.
ワーファリンをやっていれば、結果はどうだったろうか.
しかし、当時、心房細動が明らかでない、脳梗塞の患者、バイアスピリンや、パナルジンに代えて、ワーファリンを処方するということはかなりの勇気が必要だったことは事実だろう.
いずれにしても、患者さんには気の毒なことをしたと思う.
ペースメーカーの入った、患者の脳梗塞.
前回の脳底動脈閉塞の患者は、VVIモードのペースメーカーが入っていた.
その後、ペースメーカーが埋め込まれて、脳の主幹動脈閉塞を起こした、脳塞栓の患者を調べてみた.
ペースメーカーの入っている脳梗塞患者、ほんの数例程度で、数は少ない.
DDDモードでは、一例も主幹閉塞はなかった.
主幹閉塞を起こしたのは全て、VVIの患者さん.
「まあ、元々心房細動のある患者には、VVIを入れるでしょうしね.DDDは心房細動の患者には使わない、のでしょ?」楠本先生のコメントである.
「あ、そういうことなんですかね・・・」そう言われてみれば、VVIが入った患者は皆、心房細動があったと思う.
「しかし、発表の時は、VVIのような、心室ペーシングの患者、つまりは、心房細動がベースの患者は、心室からの逆流で、左房の負荷が増えるから、塞栓症を起こしやすいのだと理解して、塞栓症が起こりそうな患者には、ワーファリンをなるべくやるように、という発表をしたと思います.参考文献にもかいてあった気がしたのですが.ちょっと勇足でしたでしょうかね・・・」
国立循環器病センターからも同様の報告があったが、自分の考えはあながち間違いではなかったらしい.
ワーファリンの効き目が悪かった患者.脳塞栓、幸い症状は軽かった.ワーファリンを導入するが、なかなかPT -INRが治療域まで上がらない.ある日、昼休みの前後だったとおもう.急にお腹を痛がり始めた.冷や汗をかいて痛がる感じ.只事ではない.
「あれ、心筋梗塞?それとも腸間膜動脈閉塞?」
とにかく急いで採血、心電図、造影を含めた胸腹部CT.
心筋梗塞は否定的.大動脈瘤でもないか・・・・
腸間膜動脈・・・・よくわからない.でも腸管はちゃんと造影される.
腎臓・・・お腹を痛がる方の、腎臓、部分的に造影されない部分がある.
「ああ、腎臓梗塞ですね、これは・・・」
教えてくれたのは放射線科の技師さんだった.
腸間膜動脈閉塞の患者、何人か診察している.
数日のうちに亡くなった患者さん、
急いで、近隣の大学病院に転送した患者さんもいたと思う.
腸管を全摘出すれば助かるのだろうか?
「腸間膜動脈の閉塞の患者、助かるイメージが、あまりないのですよね.」
ドクトルの経験ではそうだ.
「まあ、壊死した腸管を全摘出、それだけで大手術だろうしね・・・」楠本先生も同じ意見のようだった.
「消化器内科の先生が、カテーテルを挿入して、ウロキナーゼを注入しているのをみたことがありますが、その結果を見届けることはなかったのが残念です」
診療科の垣根は、かなり高いかもしれない.
「患者さんが、亡くなった時、なるべく病理解剖して、定期的にCPCをする病院だといいのだろうけどね.それは大学病院とか、全国でも有数の大きな病院でないとなかなか難しいねえ・・・」
脳梗塞、腸間膜動脈閉塞、腎梗塞・・・
手足の血管の塞栓症も問題だ.
「70代くらいの女性だったかな・・・」
山奥の病院、脳塞栓で、ワーファリン内服中の患者、突然、足が痛くなった.
足背動脈は触れない.患側の足は少し浮腫みっぽくて、青白い・・・・
大腿動脈の閉塞だった.
心臓血管外科の先生が、血管撮影室で、鮮やかに血栓除去をしてくれた.
動脈を露出して、切開した部分から、フォガティのカテーテルを挿入して、血栓を掻き出したと思う.実に鮮やかな処置だったのが印象的だった.
その患者さんは、足の切断を免れた.(他の何人かの患者は、足を切断しないとダメな状態になったとおもう)
心房細動の患者、浮腫が強くなり、夜間に呼吸が苦しいと訴える.血圧が上がる.
胸部レントゲン、バタフライシャドー・・・
利尿剤だけで呼吸困難は良くなった.
「こうしてみると、心房細動の患者、いろんなことがあり得るものですね・・・」
ドクトルがいうと、
「そう、患者さんに教えられること、多い、というか、教えられることばっかりだと思いますよ.謙虚にみないと、ダメだということです.」珍しく、楠本先生は、厳しめの口調だった.




