みたま先生の授業②「高校家庭科?人生哲学?」
ここからは、愛ちゃん健ちゃんのママと、別館ホープの、キューピーとアンテロスの参戦である.
「心の欲するままに生きてしかも規則の枠を超えず.中国の偉い人が言ってそうですね.習ったような気がしますよ」ドクトルがいうと、
ママが教えてくれた.
「そう、あります.しかも中国の偉い人どころか、孔子、その人の言葉です.」
『論語』為政篇の有名な一節です.
七十而従心所欲、不踰矩.
七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず.
つまり、
「70歳になって、心の望むままに行動しても、人としての道や社会の規範から外れなくなった」
という意味です.まさしく齢70にして、やっと好きにしていても、法律、道徳の規範にぶつかることがなくなった.
これ、今話していた「自分らしく生きる」への非常にいい答えになっています.
しかし、それまでの道のりは、平坦ではない.
孔子は最初から「好きなように生きればいい」とは言っていません.
有名な、
十五にして学に志す
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳順う
七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず
という、長い人生の修練の最後にこれが来ます.
「じゃ、人間、頑張っても自分らしく生きられるようになるのは、70年かかるってこと、でしょうか」海丸くんが恐る恐る愛ちゃん、健ちゃんのママに聞いてみる.
「と言うことになるでしょうね・・・」
「そう、人間、一生修行だ.自分の満足のいく、製品、いつまで経ってもできない.だから、修行だ!」今日のヘパイストスは雄弁である.
「そんじゃ、やっぱりおれは若い頃に荒ぶって、年取ってから、今のようなダンディーで円熟した素敵なおじさまになれたのは、孔子さんが言う通り、ってことだろ!なあ、どおだー」須佐男が変な威張り方をした.
「師匠、さすがです!」すかさずルシフェルがよいしょである.
「あの、皆さん、今日こそは、(自分らしく生きる)と言うテーマについて、真面目に考えてもらわないと困ります」
みたま先生も必死である.
しかし今日は、愛ちゃん健ちゃんのママがかなり重要なヒントをくれた.
孔子のような偉い人でも「自分らしく生きる」には、70年かかったと言うのだ.我々のような凡人においておや・・・
「何十年も学び、人間関係を経験し、失敗もし、社会の決まりも理解し、自分自身のことも理解した.その結果として、(やりたいこと)と(やってはいけないこと)が自然に矛盾しなくなった状態が70歳です.」ママがいうと、
「やはり好き勝手に生きるには、それなりの経験、知恵、常識に関する知識、経験から磨き上げる良識というものが必要になるということ、ですよね」ドクトルの理解である.
「ドクトル流石です.だから、やはり皆さんが議論してこられたように、15歳や、16歳の高校生に、自分らしく行きましょう、言っても無理がある、ということでしょうね」
「ガラスの天井、ガラスの壁、その壁の向こう、遠くまで見渡せる.しかしその広い大地に足を伸ばしたり、その天井の向こうの青空まで飛んでいくには、ガラスを突き破るだけの力と知恵も必要、とも言える.そして、一面を覆い尽くすガラスの天井と壁、探せばきっとどこかに抜け穴がある.それもまた知恵と経験が教えてくれるだろうし.何も力づくでなくても広いところに出る方法、きっとあるはず・・・」アンテロスはまた子供のくせにいいことを言うこと.
「うんうん、またアンテロスのお利口さんなこと、またほっぺた、くちゅくちゅしちゃうぞ」と菊理媛が、いつものようにアンテロスのほっぺたをくちゅくちゅした.
「古事記によれば・・・」お、キューピーがとうとう何か言うぞ!
皆が注目する.
古事記によれば?
「古事記によれば・・・・」
「古事記によれば、あまり、そう言うこと問題になってないのですね.意外と皆さん、行き当たりばったりというか・・
アンテロスがいうように、理想の自分、なりたい自分がいて、壁の向こうには自分の行きたい理想の場所がある、かもしれない.しかし古事記に出てくる神々、英雄、結構、絶対そこにいってやるぜ、みたいな感じがない.そういう、まあ言い方悪いかもしれないけど、ガツガツしたところがない、というか・・・・」
「そう言えばそうかもね.」と愛ちゃんけんちゃんのママも同意である.
国うみの時、最初にイザナミから声をかけたら、ひるこが生まれて、偉い神様の助言で、イザナギから声をかけたら上手くいったみたいな.結構、試行錯誤的なところがあるのですよね.だから自分らしい自分というのはなくて、こうやって見たらなんとなくよかった、ていう結果オーライ論みたいな・・・」
イザナミがなくなって黄泉の世界に迎えにいった時も、命からがら逃げ出してきて、ちょっと汚れたから、それをきれいに洗いましょうてな感じで、「禊」をしたら、思いもかけずに、新しい神々が次々と生まれた.
イザナミさんは、火傷で亡くなったけど、大国主命は、何度死んでもしれっと生き返って、また国づくりに励む、みたいな、まあそれほどガツガツしていないけど、みんなそれなりに、「自分らしく生きている」.
しかし、見ようによってはかなり成り行き任せ、みたいな・・・・・
「三貴子」の誕生さえ、「おやおや、なんと尊い子供が産まれた、ラッキーみたいな.出たとこ勝負的な、それでも結果オーライを喜ぶという姿勢?なんか古事記の神々そういうとこ、ないでしょうかね?」
キューピーは、須佐男とみたまの顔を順に見比べた.
海丸くんがボソリとつぶやく
「自分らしく、生きたいたい私がいて、
自分らしく、いきたい貴方がいる・・・
そのどちらも、同じように価値のある人格・・・・
すべての人が、自分らしく生きたいと思う、その想い.その人の存在の全て、
難しい言葉で言ったら、尊厳ってことになるのでしょうかね?」
「尊厳?」ドクトルは海丸くんの言葉を、復唱して、「は!」としたような顔をして急いで、本を探しにいった.
戻ってきたドクトルが持ってきたのは、家庭科とは関係のない、
「日本国憲法」
そして、「憲法」第四版(芦部信憙、高橋和之補訂)
「もちろん、憲法の本には、自分らしく生きる、なんて言葉はありません.
でも、それに代わる言葉、(尊厳)という言葉以外に考えられない!」
「わかりやすくいうと、人は個人として尊重される、ということかな?
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される.生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする.
あれ、でも個人の尊厳という言葉はありませんね・・」ドクトルががっかりしたようにいう.
海丸くんが、またすごいこと発見したと思ったのに、ここには尊厳という言葉はなかった.
「個人として尊重する、つまり、私のことも尊重してください、貴方のことも尊重します.お互いの生き方を尊重しつつ、幸福を追求しましょう、それが尊厳だと思うのですが.」ドクトルが、憲法の本のページをめくっていく.
日本国憲法で、尊厳という言葉が使われているのは、以下の部分だけ.
〔家族関係における個人の尊厳と両性の平等〕
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない.
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない.
「でもさあ、なんで、尊厳って立派な言葉あるのに、簡単だけど、かえって、モヤっとしてわかりにくい、自分らしく生きる、なんて言葉が出てきたかな?」静香の疑問である.
「うーん・・・」ここで皆考え込んでしまった.
なかなか面白い議論になってきたと思う.
しかし、どんどん家庭科の授業の本筋からは外れていくような.
「でも、尊厳が関係しているのが、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関すること、皆家庭の問題だから、一見法律のようで、実は家庭科の授業に戻ってきたんじゃない?」はるなはいうのだが.
議論があらぬ方向に進むのはここに住む方々のこと、
まあ、いいか・・・・




