「ブチギレ!」の貴公子・・・
別館を、怪しげな、男が訪れた.
サラサラの長い黒髪、
細面のやや青白い顔、
そしてその顔には、喜怒哀楽の感情が感じられない・・・
衣服からして全くの暗黒でないにしても、
総じて黒とか濃い紺や紫といった、暗い色で、
あたかも、夜を纏っているかの如し
「死神」が、実際にいるとしたら、こんな造形を想像してしまいそうな、そんな佇まい
そして、彼は、何も言わない.
来訪の意図、
誰に用事であるか、
自分が誰であるかすらも
あいにく、子供たちも、健ちゃんと愛ちゃんのママも、静香も、はるなも、みたまも、ヘスティアもデメテルも、愛染の母ちゃんも皆が出払っていていない.
留守番が何と、アテナとアルテミス、である.
「もお夏休みも半分過ぎちゃったからなあ・・・」アテナがつまらなそうにいう.
「だね・・・」アルテミスも応じる.
「夏休み」とはあくまでも、学校の先生や、子供たちにとっての休みであって、普段子供が家にいない、専業主婦のお母さんたちにとっては、
やれ、昼ごはんの支度だ、
やれ、子供連れて買い物だ、
やれ、キャンプだ、海だ、山だその付き添いだ、
やれ、亭主の実家に子供を見せに新幹線だ、高速道路だ・・
(何でよりによって、ぎゅうぎゅう詰めの混む時期に?)
やれ、宿題だ、自由研究の手伝いだ、
プールの監督だ、
ラジオ体操だ、
休みどころか、無限の時間外、しかも手当のない労働でしかないのだが.
「夏休みって、何なんだろね・・・」アテナはよく理解できない.
「さあな・・」アルテミスはそっけない.
しかし、処女神という永遠に母親になる予定がないと言う宿命の彼女たちには全くの人ごと、でしかないことなのかもしれない.
そんな時、別館に、冒頭の怪しげな男の来訪である.
こんな時どうすればいいかなど、アテナとアルテミスに聞いても無駄だろうし、
彼女たちが、うまく応対できるなんてことは誰もはなから期待しない.
「ねえ、アテナ、こんな時はお茶、出した方がいいんだろうか?わかる?」
「あ、そうか・・・でもアルテミス、あんた、日本茶の入れ方知ってるの?」
「いや・・・」
そもそも処女神である彼女たち.
嫁入りとか結婚とかそう言うことを想定されないで育てられたので、
自分が飲む以外で、お茶を出したり、お菓子の用意をしたりと言ったことはできない.
料理などはもってのほかである.
なんとか自分で飲んだり、食べたりするものの用意はできるが、
それもとってきた鹿とか猪を、そのまま腰の刀で切って、薪集めて焼いて手掴みで食べると言うスタイルだから、料理することにあまり縁が深いとは言えない.
オリンポスにいるときも、ぶっちゃけ、食事の用意等、
彼女たちは、ヘスティアおばさんにほぼ全面的に依存である.
しかし、ヘスティアおばさんも実は、処女神なのだが.
この違いは、どこからくるのだろうか?
日々の役割の違い、だけなのだろうか?
彼女たちはだから、そこそこ日本の暮らしが長くなったにもかかわらず、
米のご飯を炊いたり、味噌汁を作ったりと言うことは、はるなたちがいない時は、
はっきりいって、
何にも、
できない・・・・・
「お茶、沸かすのめんどくさいし、暑っ苦しいし・・・
あ、冷蔵庫に麦茶が入ってたから、それ適当に出しとけばいいか・・・」
お母さんがた、出かける前に、麦茶を沸かして、外でさましてから冷蔵庫に入れといてくれたから、麦茶くらいはなんとか出せる.
しかし、涼しげな、ガラスのコップではなくて、みるからに暑苦しそうな、湯呑みで出した.
男は、チラリと湯呑みを見て、僅かに眉を顰めたのを、アテナは見逃さない.
だからといってどうしろと言うのだ.完全居直りである.
お菓子も水羊羹とか、ゼリーとか、かき氷とか、みつ豆とか、ところてんとか、出せれば、ちょっと「おお!」と言う感じなのだろうが彼女たちには、そういったことも期待はできない.
「お菓子、お菓子・・・・」
あ、これ出しとくか
「ポテトチップス、コンソメ味」
何とパッケージ、石油ショックで、カラーのインクがなくて、モノクロだ.
はるなだったら、お皿に分けて出すのだろうが、アテナは、袋を雑に開けて、そのまま、お客に
「はいこれ、食べなよ!」と、手渡しである.
物静かな美青年風、その意味不明の来客.
初めのうちは、表情を変えなかったが、そのうちに額の横のシワが増え、
眉毛の間には縦の皺が現れ、
手先の指に細かい震えが見られるようになってきた.
「で、あんた、一体、誰!」アテナ、初対面の人に聞く聞き方、もう少しありそうなものだが
「それにあんた、ちょっと顔色悪いよ、病院行ったら?いい先生紹介してあげようか?」アルテミスも、初対面の人の顔色云々言うのは失礼なことだとは思うのだが.
男性の体の震えは動きが次第に大きくなり、そしてツルツルだった、顔はシワで覆い尽くされて、青白い顔色は、怪しい、赤みを帯びた、「スーパームーン色」になった.
何とその男、刀を脇に置いていた.
「この無礼者!
私に対してその物言いは何ごとか!!
それに、食い物をどこから出してくるのじゃ!!!」
といきなり、アテナとアルテミスに切りかかってきた.
「ひえー」
アルテミスは反射的に地べたにかがみ、
アテナは後ろとびに3mくらい下がって、
その男の斬撃をなんとか避けた.
「いかに、高貴な神々の姫といえ、その方ら、私に対して、無礼が過ぎよう!」
「いや、だからあんたは、誰?ってさっきから聞いてんのにさ・・」
アテナ改めて男の名を聞いた.
「う?まうして(申して)おらなんだか・・・・」思わず雅は言葉遣いである.
「うん!」とアルテミスとアテナは男を睨みつけて、口をへの字に結んで、頷いた.
「私は、月読命.天照大神の弟にして、須佐之男命の兄である.主に夜の世界と月の歩みを支配している!」初めて彼はその名前を名乗った.
「そなたら、ヘラスの国の最高神、ゼウス殿の皇女たちであろう
私はこの度、姉の天照大神の命により、ゼウス殿に助太刀せんとまかりこした」
何と天照様がつかわすと言っておられた、月読命が、
別館初登場である!




