いのちの名前
今日は珍しい、別館ではおばば様の講話がある.
熱中症で亡くなった3頭のライオンの追悼の意味もあるらしい.
いつもみんなが勉強する図書室には祭壇が設けられて、ライオンの遺影と、名前、享年が書かれている.
ムギ 享年3歳
イチゴ 享年11歳
ルエナ 享年15歳
いつもの皮肉屋のルシフェルは、なんか茶化すようなことを言うか、言葉にしないまでも、顔に表すのだが、今日のところは神妙にしている.
おばば様・・・・
つまりこのギリシャの地母神、レア様は、自分を産んでくれた実の母であり、
しかも、父親に食い殺されそうになった自分を、石を身代わりにして救ってくれた、命の恩人でもあるので.
その母親が、命の大切さについて、皆に話をしようとするのである.
いかに彼でも神妙にならざるを得ない.
変に茶化したり、批判めいたことを言ってしまうと、後でどんなお仕置きが待っているかわからない.
別館の仲間たちも、皆、神妙な、顔つきで、おばば様のお話を待っている、そんなところである.
亡くなった3頭のライオンたち.
その魂は、長男の、ハーデスと、孫のペルセポネが冥界に引き取ってくれるらしい.
そしておばば様の長年の、召使いであり、聖獣であり、友でもある、オスライオンのクレタが、冥界にいる時には、ケルベロスと一緒に、このメスライオンたちの魂の面倒を見ることになっている.
もちろんライオンたちの魂を冥界に送り届けるのは、ヘルメスの役目である.
肉体は朽ち果てたと言え、その魂は、やはり獰猛なライオンである.
特殊な封印をしているとは言え、そのライオンの魂に、ヘルメスは、手やら、足、尻を食いつかれそうになった.
いつもは飄々として、そして、淡々と「プシコポンポス(魂の仲介)」の仕事をこなす彼も、今回の仕事はちょっとヒヤヒヤものであったらしい.
おっとまた脱線してしまいました.おばば様の講話について.
おばば様は、顔には穏やかな笑みをたやさない.
見るからに、優しいおばあさん.
そしてその優しそうな、おばば様は、穏やかに語る.
「皆が知っているように、ライオンは、百獣の王、と言われる動物です・・・・
シマウマやら、インパラ、猪、他の動物の命を奪って生きていく動物です.
時には自分の二倍以上の体重のある、バファローを仕留めることもあります.
しかし、他の動物を狩って生きていくこと、それは、ものすごい体力、エネルギーと、スキルを必要とします.並大抵のことではできない・・・・
そもそも、生まれたライオンの赤ちゃん、大人になれる割合、知ってますか?
群れの構成やら、その地域での勢力分布にもよるのでしょうが、なんと、ライオン、大人になれる割合は、約2割です.
群れの力の強い、ライオンは生き残る.
そして、強いオスに率いられた、群れに生まれた、ライオンは、大人になれるかの可能性がやや高くなる、と思われますが、何も統計があるわけでないから、正確な数字は分かりません.それは、各自調べてみるといいでしょう.
ライオンは強いリーダーの雄に守られて、プライド、と言う群れを作ります.
何頭ものメス、そしてその子供たち、あるいは、孫、ひ孫に至るまで、群れの中で育ちます.大きくなったオスはやがて群れを離れますが、残ったメスたちが、育児、食料調達、を群れの中で役割分担です.
お母さんやおばさん、お姉さんたち、みんなで狩りに出かけています.
子供を産んだことのある、おばさん、あるいはお姉さんたちが、留守番の時、子供たちの子守りやら、授乳を、交代でしてくれます.ライオンは自分の子供でなくても、授乳することはよく知られています.
お父さん、いつもゴロゴロ寝てばっかりいて、メスが獲ってきた獲物を真っ先に美味しいところを食べて、お腹いっぱいになったら、さっさと涼しいところにいなくなって、また寝てしまいます.
ぐうたら親父?まあそうも見えなくもない.
しかし彼には、群れを守ると言う大事や役割があります.そしてその役割の果たし方によって、群れの命運そのものが決まってしまうのです.
若い、群れを持たない、ライオン.なんとか他の雄のプライドを乗っ取ろうと、日々鍛錬します.そして策略を巡らします.こっちも命懸けですから.
そしてここぞと思った、群れに対して襲撃を加え、群れのオスに対して戦いを挑む.
勝てば、群ごと、ごっそりいただき.
そして、前のボスの子供たち、新しいボスが皆殺しです.
ボスが変わるたびに、子供達は、新しいボスに殺されてしまう.
過酷な、家庭環境です.
お母さんたちと結婚した、新しいお父さんに殺されるばかりではない.
ライオンの子供、ヒヒやら、ヒョウやら、他の動物に誘拐されて殺されることもしばしばらしい.
大人になったらなったで、獲物を狩らなければなりません.
ライオンの獲物・・・・・・・
強いオス、あるいは数匹のメス、バッファローや、時にはキリンや、カバまで狩って食べることがある・・・
しかし、獲る方も、獲られる方も、命がけです.
ライオンは、必死で、獲物に追いすがり、倒せればそれでよし.
しかし、草原の動物は、とにかく足が速い.ほとんどの場合、逃げられてしまう.
逃げるだけではない.時に、覚悟を決めて、立ち向かってくる、ものもいる.
バッファローの群れに踏み潰されたり、角のひとつきで、命を落としてしまうものも多い.
シマウマ(あいつらも、のほほんとしているみたいで、結構、武闘派である.
決して飼い慣らすことはできないし、ペットにはならない・・・)やら、
キリンの後ろ蹴りで、吹っ飛ばされるものもいる.もちろん胸腹、頭を強力に蹴られたら、タダでは済まぬ.
・・・・・
改めて聞きます.
子供のライオン、生まれてから、親になるまでに成長できるもの、どれくらいの割合・・・・・
たったの2割.
大人になって旅に出た若いオスライオン、日々、オス同士の決闘、
獲物たちとの戦いで、命を落とすものも多い・・・
力の象徴たるライオン、象徴ではなくて、力は、生き残るための必要条件なのです.強くなければ、生きられない・・・・」
皆は何も言えない.
「草を食べて、大量に繁殖して、時々、肉食の獣にとられて、死んでしまう.
これは野生の掟、のようなもの.
草食動物は、草を食べる・・・・
あるいは木の実を食べる.
死んだ大型の動物は、今度は細菌が分解して、土に帰り草木の養分となる.
草木が生える、育ち、
その草木を、草食動物が食べる
草食動物を、肉食の動物が食べる、そしてその死骸は・・・
生命の循環です.
これは掟です.
なぜこのようなことになったのか?
おそらく理由なんか永遠にわかることはないでしょう.
ライオンなど、肉食の猛獣を育てるために犠牲になる多くの命、
しかし、肉食の動物がいないと、草原や、森の秩序は壊れてしまう.
狼のいなくなった森では、鹿が草木を食い荒らし、森そのものが死んでしまう.
これが食物連鎖というものです.
食われる、命、子供のうちに途絶える命、
死んで朽ち果てて、土に帰る命・・・
それぞれの命は、食物連鎖という、大自然の循環の中にあります.
一つ一つ、どれも、名前のある命です.
ただ、多くの命、
誰もその名前、つけてくれるものはない
あるいは、その名前を他に知られることもない
その中で自分の役割、考えてみてください.
ライオンに食われるのが、役割?
私にはわかりません.
他の群れのオスに子供たちが皆殺し.
確かに可哀想、かもしれない.
しかし、それも命の循環.それぞれの命に、名前があるのだと思ってください.
その名前、知ることはできないでしょうが・・・・
しかし、
そこには、その時、生きていた命があったことをちょっとでもいいから覚えていてください.
もう一度言います、
いのちには名前があります
たとえ、その名前が誰にも知られることがなくも・・・




