科学史に潜む悪魔たち
「ラプラスの悪魔ってどんなのでしたっけ?」
ラプラスは自著において以下のような主張をした.
もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつ、もしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう.
—『確率の解析的理論』1812年
全物体の位置と運動量と初期条件(?)を知れば、あるいはそれを知ることができる、知性が存在すれば、全ての物体の動きを予見することができる.そのような知性をラプラスは想定した.後の人が、ラプラスの言うところの知性を、「ラプラスの悪魔」と言ったらしい.
「エミール・デュ・ボア=レーモンという人ですね、ラプラスの悪魔の名付けの親は.」
エミール・ハインリヒ・デュ・ボア=レーモン(Emil Heinrich du Bois-Reymond, 1818年11月7日 - 1896年12月26日)は19世紀のドイツの医師、生理学者.
「エミール」が名前、「デュ・ボア=レーモン」が姓である.動物筋肉中での活動電位の研究を行い、電気生理学の基礎を築いた人物の一人.ベルリン大学生理学教室教授.
科学的研究と並び、生涯最後の20年間は科学史、芸術、哲学などの広く一般の問題についても論じた.彼が行ったそうした議論の中でも最もよく知られているのは、人間が持ちうる世界認識の限界についての議論(『自然認識の限界について』)である.
「この人は認識論的な悲観論?人間の知性では、永遠に理解し得ないものがある・・・」
科学史における「悪魔(Demon)」は、神話や宗教的な存在ではなく、科学者が理論の限界や矛盾を説明するために生み出した「思考実験」上の架空のキャラクターと考えられる.彼らは主に物理法則を(概念的に)破るような特殊能力を持っており、熱力学や決定論の議論で重要な役割を果たしてきた.
主な科学史上の「悪魔」は以下の通り.
1. マクスウェルの悪魔 (Maxwell's Demon)
概要: 1867年、ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱.
特徴: 分子を観察できるほど小さな「賢い存在(finite being)」.
何をするか: 箱を2つの部屋(AとB)に分け、その間の小さな穴に蓋を設置.
悪魔は分子の速度を見極め、速い分子(熱い)をAからBへ、遅い分子(冷たい)をBからAへ通すことで、仕事を消費せずに温度差(エントロピー減少)を作り出す.
科学的意味: 熱力学第二法則(エントロピー増大の法則)を打破できるかという思考実験.後に、情報を処理すること自体がエネルギーを消費するため、この悪魔は第二法則を破れないと判明した.
2. ラプラスの悪魔 (Laplace's Demon)
概要: 1814年、ピエール=シモン・ラプラスが提唱.
特徴: 宇宙のすべての粒子の位置と運動量(速度)を完全に把握し、無限の計算能力を持つ知性体.
何をするか: 過去と現在の全情報から、物理法則に従って未来の全てを完璧に計算・予測する.
科学的意味: 古典力学における「決定論」の象徴。しかし、20世紀の量子力学(不確定性原理)により、微視的世界では粒子の位置と速度を同時に確定できないため、この悪魔の存在は否定されている.
3. デカルトの悪魔 (Cartesian Demon)
概要: 1641年、ルネ・デカルトが『省察』で提示.
特徴: 非常に強力で狡猾な「邪悪なる天才(evil genius)」.
何をするか: 人間の感覚や判断を騙し、外の世界がすべて偽物の幻影であると信じ込ませる.
科学的意味: 認識論や懐疑論における問題.すべての前提を疑い、「我思う、ゆえに我あり」という確実な真理に到達するための論法.「脳内タンク(Brain in a vat)」の思考実験の先駆け.
4. その他の科学的な「悪魔」
パインズの悪魔 (Pines' Demon): 物理学者デヴィッド・パインズが1956年に予言した、電子が結合して質量がない中性的な複合粒子(悪魔粒子).2023年に実際に観測された.
レオ・シラードの悪魔 (Szilard's Demon): マクスウェルの悪魔の思考実験をより単純化し、情報理論とエントロピーの関係を明確にしたもの.
これらは「自然法則の限界」を指し示す重要な概念として、現代の物理学や情報科学の基礎的な議論にも影響を与え続けている.
「ここでも、悪魔と神、は紙一重・・・」海丸くんがぼそりとつぶやく.
「神の摂理、その不条理を、悪魔が解決してくれたら、物事の理屈がわかってしまった、優れた知性の願いとも言うべきもの・・・」ドクトルも海丸くんに賛成である.
「そして、その人々に、知恵の実を与えて人類の精神の混乱の元を作ったのは・・・」
と、ここで皆が、ルシフェルの方を向いた.
「え、なんだよ、おめえら、そんな目で俺を見るなよ・・・」
そお、人の心に生じた、科学する心は、何もルシフェルに与えられた、知恵の実のおかげとばかりは言えまい.
「真理を探究する心、自然を知りたいと思う心」の果実、
それは、人がその心の中に大事に育てたものだから・・・




