月の女神は夜に輝く
仕事がなんか面白くないからというのは情けない話であるが.
患者も少ないからさっさと職場を退散した、ドクトルは、夜の街に向かう.
といっても、まだ6時過ぎだから周りは明るい.通りには客引きも出ていない.
お客と待ち合わせの女の子やら、店の開店の準備の黒い服の若者が、ちらほら.
飲み会と思しき数名のグループが、開店前の店の前で大人しく並んで待っている.
「さあて、何を食べるか・・・」
ドクトルは、マグロを主に扱う海鮮丼のお店の前を通る.
「あれ、開いてない・・・」どうするか?
行きつけの店なんてものはない.入ったことのある店なんか、ほんの2、3軒
繁華街の中、ウロウロ当てもなく彷徨っていた.いつの間にかあたりは、暗くなっていた.
数時間後には、客引きと酔っ払いでごった返す、はずのメインストリートと直交する形で、市街に続く道?反対に行くと、役所の集まっているところに通じる道なのだろうか.
街の中心から、どんどん離れる形でとぼとぼ歩いていると、向こうのほうから、
女性が歩いてくる
「おや、なかなかいいかも、ガールズバーとか、呼び込みなら、考えるかな・・」
ドクトルはアルコールを嗜まない.というか飲めないから、あまりそういう店には行かない.昔は、結構行ったことは、静香にばらされたが.
「まあ、カラオケのある店だったら、いってみようかな・・・」
正面の女性はどんどん接近してくる.
「まあ、ティッシュは必ずもらうようにしよう・・・」
別に呼び込みのティッシュを配っている人でもなさそうなのだが.
「あれ、先生・・・」
なんと職場の看護師さんだ.
(あれ、やべえ・・・)
ドクトルはそもそも、職場で催される、飲酒を伴う一切の集まりに、参加をしないことになっている.花みやら、歓送迎会、忘年会、ここ15年くらい、そういう会には一切行ったことがない.自分自身の歓送迎会にすら出たことがない.
本来、夜の街で徘徊しているということは、あり得ないということになっているのかもしれない.
「あ、え、いや・・・あの、お一人?」何を聞いていいかわからない.
この前に内緒で、名刺を渡した、まさにその彼女が、前に立っているのだ!
職場では、あまり笑った顔を見たことがない.
いつも、凛とした感じで、若手ながら、仕事をテキパキとこなし、しかも患者さんにも優しい、報告も的確、指示の疑問はちゃんと確認する、カルテの記載も丁寧できちんとしている・・・
将来の楽しみな逸材といったところだろうか.
彼女が経験を積んで、偉くなっている頃には、
ドクトルは、看護を受ける側なのだろうが・・・
そんな彼女が、職場ではあまり見せない、満面の笑顔である.
おじさんはとろけそうになってしまった.
「私、ラーメン食べてきました」
しかしドクトル、そこからがよくない.
「え、ラーメン、どんな?」
いやいや、ドクトル、そんなんどうでもいいから、
小説読むか、とか、聞こうと思ってたのじゃなかったのかよ.
自作の物語、300話くらいできたので是非読んで見てください、とか・・・
あなた自身は、小説とか、ドラマとか、アニメのヒロインになったことはこれまでに何回ありましたか?とか.まあそんな人はあまりいないのだろうけど.
「とんこつ・・・先輩に勧められて、美味しかったですよ.先生も食べますか、とんこつラーメン」
「あ、そう、私、あんまり豚骨ラーメン食べないな、あの、向こうのほうに中国人のやってる中華屋があって、そこでいつも食べるのは、味噌チャーシュー」
(オーマイガー!いやいや、この男、何を聞いておるのだ・・・
こいつ、そもそも人と話を合わせましょうという気がさらにないのか・・
とんこつ、っちゅったらそれに合わせろよ!
ここで味噌チャーシューはないはな.
自分のことはいいから、なんだかなその、ええい、歯がゆい、というか、じれったいというか・・・)
「え、すると、一人暮らし?」
この質問は、一歩間違うと大問題になる
「いえ、違いますよ」
「じゃ、おうち帰ると、ご飯ある?」
この質問も微妙かもしれない.
「多分・・・・」
「夕ご飯、二度ぐい?あ、でも太っていませんよね・・・」と、完全アウトのことをドクトルがいうと、彼女が答えていうには、
「・・・・・・あ、でもちょっと太っているかも・・・」
(あちゃー、だめだこりゃ)
「それでは・・・・」とあっという間にさようならになってしまった.
緊張のあまり、話を長引かせる配慮、すらできなかったのだ.
ここで、お気をつけてお帰りください、とか、今度是非、私の行きつけのお店に・・・という約束を取り付けることもしない.
結局彼女に関する謎は深まるばかりである.
とんこつラーメンを食べるということは、イスラム教徒ではないか.
ラーメンを食べられるということは小麦アレルギーでもない
検診でもないのに、職員のアナムネとって、どうすんだ.
この男、職業柄、というか、脳みそが、ちょっとおかしなことになっているのかも.
街の中に消えていく、彼女の後ろ姿を見送った.
夜の若い女性の一人歩き、大丈夫かな?それも繁華街のど真ん中.
しかし、彼女の周りには聖なる光が覆っているようにも見えた.
欲望の渦巻く、夜の繁華街、闇の中に巣食う魑魅魍魎も、その光の結界には近づくこともできないようだった.
まるで孤高の月が、夜の天空を、ゆっくりあゆむよう・・・・・・
ドクトルにはそのように見えた.
別館に戻ってから、彼は、キューピーや、愛染の母ちゃん、ルシフェルや、海丸君にその話をした.
「まるで、アルテミスの化身・・・いや、日本だから、月読命・・・・」
いやいや、ドクトル、月読命、日本神話では、男の神だし・・・・
いつもどうかしているドクトルは、今日はさらに、度を超えてどうかしているようだが、誰もそのことを指摘はしなかった.




