歴史教育
海丸くんと、キューピーが通う学校では、4月から、日本の歴史の授業が始まった.
最初の授業の前の日に、キューピーが少し落ち着きがない.
いうまでもなく、彼は、ギリシャの出身である.生まれた国でない国の歴史教育に馴染めるか、という問題である.
しかし、そこが、
「困った時の別館の仲間たち」である.
頼りは、ドクトルや、はるな、健ちゃん・愛ちゃんのママに、静香、自分の母である、愛染の母ちゃんであり、ポセイドンである.まあ、ルシフェルも一応は仲間だが、勉強については、ちゃんと教えてくれないので、遊び友達だけにしておこうとこの頃キューピーは思っている.
そして、
「持つべきものは、友」である.
いよいよ、勉強がわからない時には、優等生の友達、がなんと頼りになることか.
無二の親友である、海丸くんは同じ屋根の下に住み、なおかつ、心を許して話し合える、友であり、幼馴染、である.時々、ものすごい怒り方を彼はするから、その逆鱗に触れない、注意は日々大事なのだが.
そして、さらに、
「困った時の、神頼み」である.
いよいよ、勉強が間に合わない時には、テレパシーを使って、テスト中のカンニング・・・・
しかし、こう言うときには、親友や、そのオトシャンのポセイドンとか、母ちゃんは絶対に答えてくれない.
「自分で考えろ!」とか、「なんで勉強しないのだ!」とか責められる.
この頃は、別館に帰ってきた、事代主、とか建御名方は、「ホントはダメなんだぞ・・・・」と言いながら、こっそり答えを教えてくれるということはあるが.
一番困るのは、ルシフェルで、初めてのテストの時には、わからないところ、聞いてみた.なんと、彼に聞いた、答えが、全部間違い、それも惜しい間違いでなく、
先生に、「なんでこんな答えになるかな」とか
「ちゃんと問題文を読みなさい」とか
「いや、授業ではそんな話してないでしょ・・・」とか
何も書かない方が、マシ、なような・・・
かえって、先生に叱られるような、全く見当違いの答えになる、ということがわかったので、金輪際、ルシフェルには、聞かないことにしているのだ.
結局.勉強を、自分でちゃんとして、正々堂々テストに臨むというのが、正しい道である、と師匠の八幡さまもおっしゃられていたので、テストの前の日は、彼は、必死に勉強する、ということになっているのだった.
彼らの学校の歴史の授業は、ちょっとユニークらしい.
まず、教科書に書かれていることをあまり詳しく教えない.
授業が始まる前の日に、ドクトルに教科書を見てもらった.
「脳外科のお医者さんに、歴史の勉強きくの?」と読者の皆さんは、不思議に思うかもしれないが、そこがあのドクトルの変わったところで、彼は、数学や、理科よりもむしろ、古文とか、歴史が得意、なのだ.この連載の最初の方を飛ばして読んでここまできた読者にはわかりにくいかもしれないが.
「ほお、目次を見ると、やはり、日本の歴史、考古学からですね・・・」
洪積層上部から、打製石器が発見され・・・・
ナウマンゾウの絵が描いてあり
どこそこの遺跡からは、どんな石器が出てきた・・・
考古学的な記載から、続いて、最初に出てくる歴史上の人物が、「卑弥呼」である.
と予備校の、先生がネットの授業で、嘆いていた.
彼がいうには、「歴史、とは、書かれた記録である、だから文字とかその他の記録にない時代のこと、歴史とは言わない.」そうである.
彼が続けていうには、日本の歴史の始まりは、
「古事記と日本書紀について書かれた話、それが歴史の始まりである・・・」
ちなみに現在出版されている日本史教科書で、考古学の記載がなくて、いきなり、古事記の記載から入る教科書で文部科学省に認定された教科書は、無いそうである.
「まあ、学校の先生がどんな授業するかですね.」ドクトルがちょっと心配した.そして続けて、
「教科書、予習はちょっとだけにしておいて、実際の授業どんな感じだったか、明日また学校から帰ったら教えてください」
キューピーの筆頭家庭教師である、ドクトルは愛弟子にそのように指導した.
初めての、日本史の授業.
いつも、学校の授業.
先生の声は、南の窓、に顔を向けて、居眠りしている、彼の、頭の方から聞こえる.
つまり西の方角から聞こえてくるということになる.
教室の作りは決まっていて、南に窓、黒板は前、つまり西の方角である.先生の声は、優しい西風のゼピュロスの囁きである、というのはこれまでも何度か言及したことなのだが・・・
今日のキューピーは違った.キューピーはちょっと緊張して臨んだ.
教科書と、ノートを開いて、先生を待ち構えた.そして、居眠りをしなかった.
一言一句、聞き逃すものかという、覚悟が彼の全身からみなぎっていた.
「あれ、キューピーくん、どうしたの?具合悪いの?」隣の席の海丸くんが心配してくれる.
チラリと後ろを振り返った、女の子の級友も、
「キューピーくん、熱でもあるの?保健室行く?」
「い、いや、大丈夫・・・この授業、僕は全てをかけている・・・・・」
やや血走ったような目で彼は、授業、最初から最後まで、居眠りをしないで、どころか、先生の、板書、言葉の一言一句も逃さずに、聞き取り、書き取り、理解し、そして完璧なノートに書き上げた!
「きん、こん、かんーん、コーン」授業が終わりのチャイムがなった.
級友たちが皆キューピーの周りに集まってきた.
「おおー!」という驚嘆の声が上がる.
「こ、これは、完璧な、ノート!」まず海丸くんが驚いた.
さっき心配してくれた、女の子、「ねえ、キューピー、このノート、写させて、いや、ちょっとコピーさせてもらうのでもいい・・・」
キューピーはというと・・・・
彼は、完全に古代日本のロマンに魅せられてしまった.
いつものように海丸くんと一緒に別館に戻った後も、
「古代日本、神話・・・」
と譫言のように言っている.
夕飯の時にドクトルに聞かれた.
「ねえ、キューピー、今日の日本史の授業どうだったの?」
「・・・・」キューピーは顔がポーッとして、火照ったような顔で上を見て何も答えないので海丸くんがかわって答えた.
「それがね、キューピー、神がかり的なノート取って、すごいの、皆、コピーの取り合い・・・」
「ほお・・・」ドクトルは、キューピーが書いたノートを海丸くんから見せてもらった.
しばらく、それをじっと読んでいたドクトルは、黙って食堂から出ていくと、図書室に行き、また、戻ってきて、キューピーに一冊の本を渡した.
「ちょっと、むづかしいかもしれないけど、読んでみたら?」
とドクトルがキューピーの前に一冊の本を置いた.
その本は、「古事記」
岩波文庫の黄色表紙である.
「は!」帰宅後に初めてキューピーが声を発した.
「ドクトル、この本は?」キューピーがドクトルに尋ねる.
「古事記、日本の神話を記した本、古文だから読みにくいかもしれないけど.だったら、古文の勉強も一緒にしちゃいなよ.けんちゃんたちのママとか私に聞けば、古文の読み方教えてあげるし」
古語辞典を引き引き、キューピーは、毎日「古事記」を貪るように読んだ.
そして、全身全霊で授業を聞き、完璧なノートを取った.家に帰ってまた、古事記を熟読・・・
そんな日々が、続いた.
一学期の半ば、中間テストがある.
歴史のテストも粛々と行われた.
テスト中に、生徒たちの、ため息が教室のあちこちで起こる.
「うわーなんだこれ、教科書に書いてねえよ・・・・」
「何、最初の神様・・・・しらねえ」
「三種の神器、漢字でかけ?なんだそれ・・・・」
「素戔嗚尊が、クシナダ姫を救い出して、詠んだ日本の最初の和歌?し、しらない」海丸くんさえわからない.授業で先生は言われた、だろうか?キューピーのノートにも書かれていなかったと思うが.
答案の返却と、皆の点数発表である.
「海丸くん、95点、まずまずだね」
「(次に優等生の)なになにくん、93点、ちょっと悪かったかな?」
そして、いよいよ、キューピーの番である.
「・・・・・」しばらく、先生は、答案と、キューピーの顔を見比べて、
そして、惚れ惚れしたというように、言った
「キューピーくん、100点!もちろん、100点は彼だけでした.よく頑張ったね」
「うおー!」と海丸くんが歓喜の声をあげ、旧友たちも海丸くんに唱和するように歓声をあげて、拍手が起こり、しばらくそれは鳴り止まなかったという.
問題と、模範解答は以下の通りである.
高天原に最初に出現した、神の名前、さらに続いて、生まれた2人の神と合わせた、三柱の神々をまとめてなんというか.その神々を全部漢字で書きなさい.
(答え)天御中主神、造化三神、
天之御中主神
高御産巣日神(タカミムスビノカミ/高木神)
神産巣日神
イザナギと、イザナミ、大地を産むときに、大地の原型を引っ掻き回した矛はなんというか?
(答え)天沼矛
イザナギが、亡くなった、イザナミを黄泉の国に迎えに行く時、降って行った坂道はなんというか?
(答え)黄泉比良坂
須佐之男命が、ヤマタノオロチの尻尾を切った、剣は?ヤマタノオロチの体から出てきた剣は?
(答え)十拳剣、天叢雲の剣(草薙剣)
日本の皇室に伝わる、三種の神器とは、何か?漢字で書け.
(答え)八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉
素戔嗚尊が救出した、姫の名前は?
(答え)櫛名田比売
素戔嗚が、結婚後、妻のために読んだ、日本で最初の和歌は?全部しるせ.
(答え)八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
国譲りの最終段階、芦原中国から2人、高天原から1人、それぞれの、中心人物を、あげなさい
(答え)芦原中国 ・・・事代主神、建御名方神、高天原・・・武甕槌神
このテストについて、父兄から少しクレームがあったらしい.
教科書に、載ってない、古事記の神話の話を歴史の授業でやるのはいかがなものか、と.職員室でも問題になったらしいが、その先生、授業の内容や、神話を教えるという方針の変更は、がんとしてしなかったとのことである.
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そしてこの物語の副題は、
「キューピー恋に落ちる」である.
して、そのお相手は?
「日本の神話」としておこうか.




