思い出のその向こう③「母からの贈り物」
「あなた、父には、話してきました.私が、1人で行いますので、お気遣いはくれぐれも無用としてください・・・」
妻の決意は、強固なようだった.
言い出したら聞かない、こうと思ったこと、一直線それが、彼の妻であった.
家に伝わる、秘儀の準備はしめやかに行われた.
はるなはすでに退院して家にいた.
古代の昔から、深い結界の森に守られたその家・・・・・
はるなが、深く眠る、夜のうちに、それは行われた.
青柴垣が組まれ、その結界の中央に、はるな寝かされている.穏やかな寝顔である.
彼女の母親は、衣服を正して、青柴垣の前に進み出た.
彼女は、何やら祝詞を唱える.
「我が命、捧げ奉らん、代わりにそれを娘のはるなに与えたまえ!」
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「出雲の最終奥義・・・・・・」
「天の逆手!」
母は、禁断の逆手を組んで、
二礼
四拍手
一礼
空間が歪み、時間が逆に流れる.
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時空の裂け目に一旦吸い込まれた、彼女の魂が、再度同じ裂け目から吹き出した.
そして、はるなの体に吸い込まれていく・・・
同じ頃、ドクトルは夢を見ている.
はるながいる.
深い森の中?
あるいは、束ねた、何本かの柴垣に囲まれて、彼女のベットがポツンと置かれている.
優しい歌声?女性の声のようである・・・・
彼女の、脳腫瘍、浮腫の海に浮かぶ残存腫瘍である.
さまざまな武器を手にした、鎧武者の神が、その一つ一つの腫瘍細胞に立ち向かうのだが、キリがない.
倒しても倒しても、無限に分裂して、その数はどんどんと増えるばかりである.
その時、空から、女の歌声?優しい、声・・・・
遠くで、風の音、それに吹かれて揺れる、鈴の音のように聞こえる.
女性の子守唄のように聞こえる・・・・・
盛んに分裂増殖する細胞たち、その分裂をぴたりと止めた.
そして、大脳白質に沿って、対側の大脳半球に向けて、
歩みを進める細胞たちは、
その歩みを止めて、生まれた場所に戻っていく.
そして、一旦取り除かれた、腫瘍、摘出面に届いたところで、
細胞たちは、風船のように膨らみ、そして、割れて、消滅していく.
彼女の脳の中にある、浸潤腫瘍細胞は、どんどんと消滅し、彼女の体の中には一つとして見られなくなった・・・・・・・
「は!」とドクトルは目を覚ました.
「夢にしては、映像がはっきりしていた・・・・」
翌日、ドクトルは楠本先生のところを訪れた.
「昨夜、はるなさんに何かあったでしょうか?」
「何かはるなのことで?」
「こんなこと医者が話して良いかどうかわかりませんが、夢の中、柴垣の中、ベットに1人、彼女が横になっています.
優しい女性の歌声が聞こえた気がしました・・・
彼女の頭の中の腫瘍細胞、、どんどん、前進する、それがいきなり後戻りを始めた
そして、元あった場所にたどり着くと一つ一つ、シャボン玉が壊れるようになくなっていく・・・・・」
「はるなは、元気になった、ただ・・・妻が・・・・」
「奥さんがどうかされたのですか?」
あの女性の歌声、奥さんの声だったのだろうか?
「ご病気になられた?事故にでも遭われたのですか?」
「いや・・・・しかし、しばらくは彼女には会えない.詳しく説明しても信じてもらえないだろうから、言わないけどね・・・・」
楠本はるなのグリオブラストーマは、放射線、化学療法を行うことなく、完治した.
これは医学の勝利、ではなく、祈りの勝利だったのかもしれない.
歴史に刻まれた記録ではなく、神話の中の物語、だったのかもしれない




