思い出のその向こう②「母の悲嘆、そして決意」
はるなの手術は、うまくいった・・・
と言って言えなくはないが、果たして本当にそうか?
腫瘍の主体である、造影領域は残らずに取り除いた.しかし、深部白質には、おそらくかなりの数の、というか、無数の腫瘍細胞の浸潤が、あるはずである.
病理組織診断は、予想通り、glioblastoma
当時はまだ、IDH mutantと,wild typeの分類がなかったから、組織型だけからの診断であるが.
脳梁と、心部の白質に浸潤した細胞を叩くには、放射線化学療法ということになろうが・・・・
化学療法、グリオーマに対する決め手がない.
免疫療法、動注化学療法・・・・・
まだサイバーナイフはなかったと思う.ドクトルが医者になってしばらくは、ガンマーナイフもまだ保険適応でなかった.
手術標本を見ると、どこからどうみても、glioblastomaである.
「先生、あとは、放射線療法、化学療法、でしょうか・・・・」楠本先生と相談するが
「まあ、予想はしていたが、現実を突きつけられると、結構厳しいね・・・・」
術後の経過はまずまずだった.1週間で、創部の抜糸、特に問題なかった.
術前見られたごく軽度の左片麻痺は消失していた.
その後の治療をどのように進めるべきか?
「ありがとう先生、よくやってくれました.あとは娘のこと、うちのものたちとよく相談して決めたいと思う」と楠本先生は、その後の治療についてはドクトルに関与無用と言っているようであった.
楠本先生はご自宅にかれられたあと、奥さんや息子さんたちといろいろと相談されたらしい.
「はるなの病気、やはり、脳腫瘍の中でも一番厄介なものだった・・・」
「放射線療法、一番はるなの腫瘍に適した化学療法、を仮にやったとして、2年生存、その後は・・・となると厳しいものがある・・・」
息子たちは何も言わない.いや、何も言えない.黙ったうなだれたままである.
意を決したように、母がキリッと顔をあげ、言った.
「あなた、常識的に不可能なこと、それを克服するのは、あの方法しか・・
我が家に伝わる、あの、秘技・・・」
「いや、しかし、使ったものは自分の命と引き換え、でも、娘の命を助けるため、私が、やるか・・・・」
「いえ、あなたは生きて、あの子のことをずっと見守って頂かないと困ります.私が、この体を捧げます・・・」
後日、はるなの母は、その父に会いに出かけて行った.
「お父様、娘のはるなの病気のことはご存知ですね・・・」
「・・・・・」父は黙って頷いた
「このあと、放射線療法、化学療法は、たまたまうまくいけば効果があるかも、しかし、はるなに果たして・・・どの治療が適切か、と言うことがわからないそうです・・・」
「我が家に伝わる、あの方法なら・・・」
「しかし、時間と秩序と、いろいろな理全てをひっくり返してはるなの命を救うとなると、お前の命、かける覚悟はあるのか?」父に言われた、はるなの母は唇をかみしめて、黙って頷いた.
その夜、はるなの父の母は、病室で、眠る、娘の顔をじっと見つめていた.
無邪気な寝顔.
両親に全てを委ねて、
安心し切った寝顔
遠くて、美しい思い出が、2人の中を、流れる.
「あなたは、こうと決めたら、いつも一直線、だから・・・・」
母は、頷いて、優しく微笑んで、その夫の目を見つめた.
そして、夫はそれを許容して、見守るしかなかった.
もはや、彼女の決心は揺らぎない.




