私の部屋・書斎をお見せしましょう・・
私の部屋、書斎をお見せしましょう・・
書斎といっても、本どころか、まだ文字すらないのですが・・・
舅の須佐之男命に、「大国主命」の名前をもらって、葦原中国に戻った、大穴牟遅神の神は、国土の整備を始めた.
その手助けをしてくれたのは、妻の須勢理毘売命、他の奥さんたちとの間に生まれた子供たち、そして、少彦名命たちである.
帳簿をつけたりということ、つまり、数字や文字の記録はできない.
畑がどれくらいあるかということも記録はできない.
病人や怪我人の治療をした時、どんな薬草を使って、どんな治療をしたか、
「あれ、村のあの老人にやったのだっけ、いや違うか、あの老人は火傷で、若者の方か、マムシに噛まれたのは・・・」
という具合で、いかに、大国主記憶力が優れていたとしても、なかなかそれを覚えておくということはできない.
「なんかこう、ものとか、人を表す、印、みたいなのがあって、それを、どんな状態だかということで、声も印で表すことができたら、記憶の内容と、こんがらなくていいのだけども・・・」と大国主が言う.
ゼウスがいうには、「それには、文字を使うといいのだよ.中国では、いろんなものの形を、簡単な印にする、文字という印があるし、遠い西の果てのメソポタミアも、エジプトも、モノの形を簡単にしたマークがあった.メソポタミアと、エジプトの間、シリア、レバノン、パレスチナのあたりには、音だけを、記録する、印で、アルファベットと言われる、文字がそろそろ使われているようだった、もちろん私は、見ても意味がよく理解できないのだけど・・・」
「ほお、それは面白そうだね、ねえ、スクナヒコ、いろんな記録全部、そうやって、印で表すことができたら、いいね」大国主が言うと、
「私の生まれ育った、常世の国でも文字は使われ始めていますが、賛否両論です.簡単な文字、広く情報が伝わるが、今ひとつ、内容と一致しない、モノの形を真似した文字、知らないとどうしようもない、解読には、博士の知恵が必要でしたしね」
複雑な象形文字はかなり具体的だが、解読がむづかしいし、誰もが使いこなせるわけではない.
簡単な表音文字、アルファベットのようなもの、どうしても表現が、最大公約数的とか、概念的、とか抽象的になりがちで具体性写実性、再現性に欠ける・・・・
スクナヒコは流石に文字表現の限界のようなものを既に理解していたと言うことか.
「あ、ならこんなのはどうだろう、竹の皮とか、木のいたに、竹の炭で、絵を描いて、記録するなんてどうだろう・・・・」大国主が言うと、
「あ、若、それはいい考えかもしれませんね・・・」とスクナヒコ名も同意した.
次の日から早速、竹の板、竹の炭のインク、文字はないから、形をメモする.数は、横線を、その数だけ、キオロクすると言う方法をとって、いろんな記録をすることにした.
ゼウスは、大国主命の国作りの様子を色々見せてもらった.
新しい作物、農耕という技術らしい.麦やら、イネの栽培がそろそろ始まる頃か?あるいは、まだなかったか.
鹿とか猪を狩に行ったがあの森はどこだっただろうか?
毒蛇が出てきた草原はどこだったか?
足を怪我した老人の家はどこだっけ・・・・
そういう記録が、段々と大国主部屋に増えていった.
棚を作って、彼はその竹の板の記録を、まとめておいておいた.
そして、どの記録がどこにあるかを瞬時に見つけ出すことができた.
「へえ、すごいね.こうすると、記憶しきれないこと、全部、わかる・・・」
ギリシャでも、ペルシャでも、イスラエルでも、インドでも、文字はまだ、一般に使われていない頃、大国主は、その重要性を理解し、実用化しようとしていた、
としたら、なかなか面白い話なのかもしれないのだが、
例によって歴史考証は、ない.
「文字は使いようによっては便利かもしれません.ただし、インドの友達、ブラフマーっていうのがいて、文字を書いてばかり、見たり聞いたりしたことを覚えることを疎かにすると、精神の働きが鈍るっていうんですよね.精霊の声が聞こえなくなるんではないか・・彼によると、神々とか、精霊の声を聞くのが、精神の役割だっていうんですよね.この友達、いうことが漠然として、訳がわからないって、子供たちには敬遠されてましたけどね.今から思うと、なるほど・・と思えることたくさんあるのですよね・・・」
ゼウスの世界の旅の話は、東の島国の国作り中の、大国主命みも多いに参考になったのだった.
「じゃ、今度、皆で精霊の声を聞きに行こう!ほら最初にあった日、野原にたくさん花が咲いていたでしょう.草花の声、ゼウスにも聞こえたでしょ・・・いつも耳を傾けているとね、自然のことよくわかるんだよね」
大国主いうままに、次の日は朝早くから、野山をめぐることになった.




