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シルクロード?「タリム盆地から、中国へ」


ゼウスと二頭のラクダは、右手にカラコルム山脈、正面にパミール高原の山々を見て、その間の谷間の川沿いに、タリム盆地を目指したと思われる.


しかし、ゼウスは空を飛べるのでは?

まあ、そうなんだが、ラクダを抱えて、空中旅行もなんか変な感じでしょ?


旅の醍醐味は、彼にとっては、ラクダたちと苦楽を共にすると言うことにあったのかもしれない.

それに彼は、「まだ飛ぶのはちょっと自信ないんだよね・・・」

ということなので.


玄奘三蔵が、唐から、インドに長い旅をしたときも、この道を通ったのかもしれない.どのルートが、そうだったか?記録を調べればわかるかもしれない.


しかし、7世紀の初頭に生まれた、玄奘三蔵が、旅した道と、それよりもさらに、1500年程度昔に旅したゼウスでは行程が違ったかのせいもあるだろう.


さらに、いわゆる、「絹の道」のオアシスルートが整備されるのは、ゼウスの遥かあと、三蔵法師よりは多少、前の時代だが、


「大秦王アントンと交流したのは、後漢の皇帝たちでしょうかね・・・」ドクトルが世界史の教科書を見ながらいう.


だから、オアシスの道は、長い年月かけて、整備されたと言うことだろう.

それぞれの時代で、いろんな民族が覇権を争ったと言うことも想像にかたくはない.


「トランスオキシアナ・・・カラハン朝のイスラム王国が、東の方にここを通って、タリム盆地の西部に出て、この地域にイスラム教を伝えた、と山川の世界史には書いてあるのですが、肝心のIslamic transoxiana、ってどこのことなんでしょうか?」海丸くんの疑問である.


「でもやはり、険しい山道だけど、それこそカラコルム山脈(世界第2位のK2はこの山脈にあるらしい)とか、パミール高原を超えることを考えたら、谷間のちょっと低いところを川沿いに通ると言うのが合理的だったのでしょうかね・・・」静香もなんとなく、そう思う.


歴史考証はこれくらいにして、ゼウスとラクダたちの旅を再び追跡してみましょう.


・・・・・・・

シヴァたちと別れて、ゼウスは、北北東に向かってとぼとぼ歩く.

「あの道なら、7000,8000mの山を越えなくてもいいからな、ラクダも通れるだろう・・・」と言うことで、それでも、3000から4000mの富士山の頂上並みの、「谷道」を通って、彼らは、タリム盆地の西部に到達した.


おそらく、かなり厳しい旅であったのだろうが、それを描写することをドクトルは辞退した.


カシュガルの街に到達して、オアシスで少し休憩.ラクダを休めて、タリム盆地、広大なタクラマカン砂漠の北縁を、オアシスに沿って東に向かう.


彼らのことだから、ロプノール湖をみたりして、敦煌にたどり着いたのではなかろうか?


当時の中国の統一王朝?

西周、

首都は、鎬京.今の西安のあたり?


殷王朝の遺跡は、河南省安陽のあたりで見つかっている.


「少し、西に都が移った感じ、ですね」静香が聞く.

「肝心の、西周の遺跡、見つかったんですか?」海丸くんが言うと


ドクトルが色々調べてみた.

西周の遺跡は、豊鎬遺跡と言って、豊京と、鎬京あたりから、分散して見つかっているようですね・・・」


場所:陝西省西安周辺

渭水流域(関中)

ここが西周の都の中心。


何が確認されているか

西周は文献だけではなく、考古学的に確認されています。

発見内容:

都城遺構

王墓・貴族墓

青銅器工房

青銅器銘文(これが重要)

城壁・区画

特に青銅器銘文が、西周王・諸侯の実在を裏付ける


「なぜ殷墟ほど有名でないのでしょうか?」


「なんでも、都が広く分散していて、さらに後世の都市(長安)が重なる建築が上に積み上げられる形で残りにくい・・・」


「つまり巨大遺跡が一つにならない」と言う事情があったらしい.


西周研究の決定的証拠

最重要は:

青銅器銘文これで、王名、封建儀礼、政治構造が分かる.


殷=甲骨

西周=青銅器銘文

と言う違い.


中国史の考古構造

殷 → 殷墟(都市が残る)

西周 → 遺跡群(都+墓+青銅器)

秦以降 → 都市遺構が増える


殷(安陽)→ 西周(関中)→ 秦(関中)

これは中国文明の「西シフト」


「中国の古代の王朝の都が、どんどん西に変わっていくのはなんか事情があるのでしょうか?」ドクトルの疑問である.


「そういえばそうですね・・・・」皆が、同意する.

「なんでわざわざ、砂漠に近い方に都を移す必要がある?」


西域からの遊牧民の侵入に対処するため?


西周はどこまで西を知っていたか

西周と遊牧民の境界

青銅器文化は中央アジアと繋がるか

タリム盆地との最古接触


なかなか面白い世界史勉強の視点かもしれない.


「おっと忘れていた、ゼウスとラクダの中国の旅行の話でしたよね・・・・」


「そう、若き日の俺、鎬京の都にたどり着いた・・・」


「それで・・・・」皆がゼウス・ルシフェルの顔を覗き込んで、先を促す.


「はっきり言って、あんま、覚えてねえんだよな・・・」


「だってよ、俺は、その先の東の地の果てのさらにその先の、オケアヌスの入り口の小さな島国、そこが最終目的地、だったからな!」


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