俺とみんなと暗き部屋の住人
どぞ。
「だ、誰だ!」
意図していなかった…いや、想定していた敵の声に辺りを見渡すが人影はない。
後方で壁を壊す準備をしていたセラ達も同様にそれらしい存在を確認できていないようだ。
《……はぁ》
そんな中で再び聞こえたのはため息だった。
呆れ、と言うよりは、理解出来ない、という意味を受け取れるそれの後。
「な、なんか出たぞ!?」
小虎が叫び、そこには地下へと続いていそうな階段が現れていた。
《察しが良いのか何なのか……。
まぁ、いいか。私に会いたければそこから降りて来い》
ブツリ、と嫌な音を立てると、それからは女性の声は聞こえなくなった。
「……どうする、ルフト?」
状況についていけず、すがるような視線を向けてくるフタ。
勘弁してくれ。俺だって意味がわからないんだ。
「普通に考えて、罠、でっすよね?」
「そうなりますね…」
ナリの言葉でようやく現状を理解する。
そうだ。この瞬間でのあの台詞は、間違い無く俺たちを誘い込むための甘言でしかない。
目の前にある階段の先、その先に大勢の……少なくとも、俺たちよりも多い人数の敵がいる筈だ。
そんなところへわざわざ自分達から行くなんて間抜けにも程がある。
……程があるのだが。
「でも、出口はここしかないよな?」
小虎の言う通り、俺たちに残された道はここしかないのだ。
いつ閉じるとも知れない、まず間違い無く外界へと繋がっている階段。これをみすみす逃すのも間抜けだろう。
いくら壁を破壊して出るつもりだったと言っても、ここが異空間であるのなら外に出られるかは賭けだし、体力だって使う。術による空間だったとしたら、誘い込んで袋叩きか、壁を壊すために疲弊したところを袋叩きにするかの違いでしかないかも知れない。
こうなってくると後は消去法だ。
……つまり。
「僕は階段を下りるべきだと思いまっす」
「私もだ。
壁を壊すのに疲労した後に敵と戦うのは避けたい」
「極力、魔王と戦うまでは体力を温存しておきたいですから私もその方が良いと思います」
「あぁ。俺もそう思う」
実質的な選択肢は一つ。
《階段を下りて声の主に会う》しかない。
「……そうするしかないもんなぁ」
不安の混じった溜息をこぼした小虎は俺の背後に陣取った。
「そういう事だな。
じゃ、行くか」
事ここに至ってしまえば後はなるようにしかならない。
少々気の抜けた合図になってしまったが、みんな頷いてくれた。
辺りは暗く明かりはない。
けれど、側を歩く仲間たちの姿ははっきりと目に映っている。
まるで、真っ黒い板の上に切り抜きされた絵を置いたような世界の中で、自分たち以外に唯一の確かな存在として認識できる階段を下り続けている。
「これ、どこまで続くんだ…?」
隣を歩く小虎の言葉に全員が息を呑む。
先程までは『敵が待ち伏せている』としか考えられなかった俺たちだが、階段を下り始めてから別の可能性に気が付いた。
というのも、この階段はどこにも繋がっていないのではないか、という事だ。
或いは、上の廊下と同様に、延々と同じところを行き来するだけの空間なのではないか?
もしそうだった場合、状況はさっきと大して変わらない。
……いや、視界が不可思議に悪い分、こちらの方が奇襲を受けやすいかも知れない。
「……ルフト、あと少し進んでも何もなければ引き返そう」
緊迫したフタの言葉に頷く。
彼女とナリには階段を下りる際に時間と距離を測るように頼んでいた。
そうする事で、仮に階段の先にある部屋が火や水で満たされたとしても逃げるためにかかる時間がわかる。
勿論、逃げられるという保証はないが、それでも何も知らずに駆けるよりはずっといい。
「合図は、僕が出しまっす」
「分かった。任せる」
最後尾で上からの襲撃を警戒してもらっているナリに返事を返し、及び腰になりつつある下半身を叱咤して更に進む。
カツ、カツ、カツ、と五人分の足音が不可思議な闇の中で反響する。
一人で進んでいるわけではないので寂しさからくる恐怖はないが、それでもやはり自分たち以外の殆どがはっきりしない空間では緊張感が募っていく。
あと数段。あと数段だけ下ろう。そうすればナリからの合図がくるはずだ。
先ほどよりも酷い場合を想定してしまう自分に言い聞かせながらもう一段下る。
その時だ。
「…っは、え…?」
隣を歩くセラが唐突に声を上げた。
その視線の先にあるのは……
「真っ白な、扉……!?」
突如として現れた、怪しげな入口だった。
《どうぞ。入るといい》
上の廊下で聞こえた声が再び辺りに響く。
みんなの、息を呑む音が聞こえる。
……もう、引き返せない。
「みんな、行こう」
合図に頷いたことを確認し、扉を開けた。
辺りに殺意はない。
不可解な暗闇は消え、仄暗い部屋の奥に座る一人の少女が俺たちの方に顔を向けた。
「ようこそ。人間の御一行」
真っ白い……ツキミやユキミに似た淡い白ではなく、本当に真っ白な髪色をしたおかっぱのような髪型をした椅子に座る背丈の低い少女。
見た目から感じた年齢で言えば十歳そこそこのその子は、魔物・魔者ではなく人間に見える。
「どうしてそこで立ったままなんだ。こっちに来ればいい」
淡々と言葉を発する少女に言い得ぬ恐怖を覚えるが断れるはずもない。向こうに気づかれないよう、みんなと視線で意思を共有し、警戒しながら近づいた。
「そんなに怖がるな。見た目通り非力だ」
「どう、だかな」
手を伸ばせば触れられるという所まで近づいた俺たちは、人間と思しき少女に何を問うべきか迷っていた。
ここに訪れるまでに想定した悉くが裏切られ、困惑している中での現状だ。少なくとも、俺には何も思い浮かばない。
「この場合は『お前は誰だ』とでも聞くんじゃ無いか」
余程戸惑いが露わになっていたのか、逆に問われてしまった。
「……貴女は誰でしょうか」
「リュー」
やはり、淡、と答えるリュー名乗る少女。
細く、無気力さを感じる瞳は、名を尋ねたサラに向けられている。
まるで吸い込まれるような視線に形容できない恐怖を覚え、言葉を失う。
だが、彼女の名を俺は聞いたことがあった。
「ここは、どこでしょうか」
「私的な研究室だ。他には誰もいない」
「先ほどの廊下は何だったんですか?」
「侵入者を自動的に閉じ込める防衛装置。詳しい仕組みは知らないけど、魔王城が出来た時からあったらしいから、多分呪いとかで動いてる」
「あのまま居たら、どうなっていましたか?」
「死んでた。間違い無く。壁を壊そうとしてたみたいだけど、人の手で壊すには百年は必要なくらい分厚い壁だから」
口にするいくつもの質問に対し即座に答えるリュー。
そうして、セラが最後に尋ねたのは。
「何故、私達を助けてくれたのでしょう?」
俺たち全員が最も気になっていた疑問だった。
「ここにいる以上、貴女も魔王軍の仲間のはずです。なのに、どうして私達を助けたのですか?
侵入者であると分かっていたのですから尚更分かりません」
それまで一秒の間も無く答えていたリューは少しの間考えると、ゆっくり口を開き。
「……気まぐれ」
と、視線を逸らしながら答えた。
「嘘、ですよね」
当然、納得するはずもない。
「自分が殺されるかもしれないと分かっているのに、護衛もいない部屋に呼び込むのが気まぐれなはずありません」
「まぁ、そうだよね」
小さく吐息を漏らすと、それまでセラに向けられていた視線が俺へと変わる。
「そこの男なら知ってるんじゃないか」
睨むとも、恨むとも取れない不可思議な言葉の圧に身震いしそうになる身体をぐっと堪える。
「なぁ、ルフト君」
その問いに、俺は答える義務があった。
To bd next story.
それではまた次回。
さよーならー




