俺とみんなと潜入
どぞ
獄魔都市・ゴルデアルへの扉を潜ってから数分。
俺たちは、胸の中にできたシコリのようなものをどうにか飲み込むことで精一杯だった。
「(……おいおい、あんなものまであるのか)」
「(凄いですね……)」
先頭を歩く俺とセラが路地裏の通路から見たのは子供用の玩具の置かれている、所謂おもちゃ屋だった。
薄暗い通路を通ってここに来るまでの間、飲食店、雑貨店、魔道具店など、人間の世界でも見られる店ばかりを確認した。
人通りの多さから考えても、ここは商店街といったところだろう。
そう、胸に出来たシコリというのは、今目の当たりにしている事実だ。
俺のーー恐らくはセラ達もーー想像していた獄魔都市は岩肌や岩壁などが視界を覆う異空間だ。
野宿をした場所や、ルフェン女王とサルナに見せて貰った地図からでは、これほど栄えた街だとは夢にも思えない。
外見を思い出してみても、やはりおかしい。どう頑張っても中身がこんなに文明的な事を説明できない。
となると、ゴルデアルは何かしらの術を使って外界から得られる視覚情報を偽装しているとしか考えられない。
俺やネフェンの術と同系統のものだろうが、規模がこれほどとなると逆に小回りが利かないはずだ。唯一の救いはその事実だろう。
……いや、事ここに至って自分を安易に納得させるのは良くないな。俺や、下手をすればネフェン以上の使い手がいると考えて行動した方が不意をつかれなくてすむ。
「(やっぱ、変装しといてよかったな)」
「(しっ!誰に聞かれてるか分からないでっす)」
後ろを歩く、片目を包帯で隠し地肌に乾いた泥を付けた小虎と、腹部を真っ赤に染めたナリが短く会話を切り上げる。
彼女の言う通り、俺たちは今、普段とは別の格好をしている。
獄魔都市に入る際、問題になったのが格好だった。
ありのままの姿で入れば誰かに見つかった時に戦闘になることは必至だ。隠れつつ行くにしても、やはり何かしらが原因で姿を前に晒さなければいけない時が来るかもしれない。
その為、『変装しよう』という案が小虎から出た。
幸いというかなんと言うか、魔者と人間にはそれほど大きく差があるわけではない。
『多少人外っぽさがあれば上手いこと騙せる』
と小虎が自信たっぷりに提案し、反対する理由もなかった為、一抹の不安を胸に行った苦し紛れの変装。
しかし、身体中に負った傷も相まってか時折目の合う魔物たちには同情的視線を向けられるだけで怪しまれることはなかった。
……恐らくは、どこかしらに侵攻している魔王軍の配下が傷だらけで帰ってきているのだろう。
なんとも皮肉な話だ。
「(ルフトさん、あそこ)」
肩を突いたセラの指差す先にあるのは、何か邪悪な雰囲気を醸し出している重厚な扉。
漆黒に染まる鉄だが黒光りしているわけでは無く、むしろ歴史を感じさせる厳かさがある。
道中の商店街で見てきた建物とは明らかに造られた年代が違う。
「(どういう事だ……?)」
「(わからない。だが、決して私達を歓迎してはくれないだろうな)」
心臓の周りに纏わりつくような不可解な感覚。
開いてはいけないのではないだろうかと、脳が腕の動きを抑制してしまう。
生唾を呑み込む音が耳の中で反響する。
フタの言う通り、この扉から先は常に気を張っていなければいけない空間になるだろう。
「(……みんな、準備はいいか?)」
小さく意を漏らし、全員の決意を知る。
「(行くぞ)」
ひやりと、背筋を走る冷たさを掌で押しのけ、身の丈を超える鉄扉の隙間から中へと足を踏み入れた。
果てなく続いているのではないかと錯覚する真紅の絨毯と、等間隔で壁に設置された幾つもの蝋燭。
まるでルフェン女王の座していた女王の間と変わらぬ絢爛さを感じる廊下だが、全身にへばりつく不穏と不安が魅入る事を許さない。
コム、コム、と浮くような鈍い足音を浅白い壁にどれだけ染み込ませただろう。
…少なくとも、変装に意味を見出せなくなるくらいには時間が経ち、誰にも遭っていない。
あの鉄扉をくぐってから会話は無い。
広く、長い、空洞のようなこの空間において、音は異様なまでに反響する。
本来なら音を消してくれるはずの絨毯でさえ、音が微かに響いている。
それが意味するのは、人の声量では容易に居場所を示してしまえると言う事。
如何に今の沈黙が苦痛であっても言の葉を交えるのは許されない。呼吸音でさえ、最小限である必要がある。
それも全て人間の居住施設には存在し得ない広さのせいただが、それがここを通る魔物などの体躯を表しているのだと思うと、なおの事口を開くわけにはいかなかった。
…………しかし、それにしても何も無い。
清潔に保たれた壁や天井と、品格ある真紅の絨毯。
長さに乱れのない蝋燭からは品性さえ感じ取れてしまう。
魔者だけならまだしも、魔王軍ではない野生の魔物が暮らしているとはとてもじゃないが想像出来ない。
たが、言ってしまえばここにはそれしかない。
曲がり角や扉、階段などが一向に見当たらないのだ。
普通ではあり得ない事実だが、今歩いているのは魔者・魔物達の住む場所ーー恐らくは、城ーーだ。常識では考えられない建築物の可能性が高い。
だからこそ不用意に疑問を呈してはいけない。その小さな混乱が、緊張で強張っている俺達の精神には致命傷になってもおかしくないからだ。
「フタ」
「あぁ、どうやらそうらしい」
そんな中で、最後尾を守っていた二人が声をあげた。
これまで沈黙と寄り添っていた俺の耳には痛みさえ伴って聞こえる気がするが、恐らくは小声だ。
「どうしたんだよ、二人とも…。急に、立ち止まったりして」
つられて小虎が口を開く。
……これ以上、静かにする必要は無いな。後は誰にも聞かれない事を祈るしか無い。
「何か、気がついたんですか?」
「扉か階段でも見つけたのか」
久し振りに再会した声帯に違和感を覚えながら、何故か壁をさするフタとナリに近寄る。
「いや、確かこの辺りに……」
「ん、見つけまっした。これでっすね?」
どうやら何かを探していたらしく、ナリの指差したところへフタが近づいた。
「……あぁ、間違いない。私のつけた傷だ」
フタに続いて俺たち三人が指差された部分を確認する。
「こ、これか?」
「みたい、ですね」
「よくこんな自然につけられたな……」
示されているにも関わらず疑問形で答えてしまうのは、その傷が壁に溶け込んでいると勘違いしてしまうほど違和感なくついて見えているからだ。
「ふふ。
なに、練習すれば誰にでもできるさ」
「フタの言う通り、一応、僕も出来まっすね。
まぁ、だからこそ凄いって分かるんでっすけど。問題はそこじゃないでっす」
壁に押し当てていた人差し指を今度は自分の唇に触れさせて辺りを見渡す。
あぁ、そうか。なるほど。そう言うことか。
「……困りましたね。どうやら、私達は既に敵方の手中にいたみたいです」
「敵方……?あっ!!」
小虎を含め、全員がこの異常事態に気がつく。
「どうやら、この空間は外界とは切り離された異空間みたいでっす」
戦闘以外で考えられる最悪の事態が起きてしまった。
To be next story.
それではまた次回。
さよーならー




