俺とみんなと暁に降る雨
どぞ。
静かに激情を露わにするルフト。
彼の前に立つ三人。
彼らの間には一息で達することのできない距離がある。
誰一人として口を開く者はない。ただ静かに、誰もが己の中にある怒りを増幅させ続けている。
ルフトの中にあるのは[憎い]ではなく、[許せない]、という明瞭化出来ない怒り。
戦いなのだから、傷つくのは当然だ。
戦いなのだから、死を受け入れなければならないのも当然だ。
だがそれでも、ルフトは許せなかった。
フタを死の岸辺に置いていき、ナリを気絶するまで痛めつけた彼らを、ルフトは許すことができない。
「……やれるか?」
沈黙を破ったのはコドウだ。
「あぁ、手足は充分に復活した。いつでもいい」
「セラ、小虎。そこの窪みの陰に行け。今すぐだ」
身体のほとんどを自身の血液で再構築したハヤトが右手を空に掲げる。
「降らせよう、血の雨を。
染め上げよう、赤い大地に。
恵みをもたらす天からの祝福を、俺が降らせよう。
されど、それは命を育む水ではない。
我が身を削り、空へと吹き上げたこの血を降らせよう」
暁の空を掴まんと開かれた掌を、ハヤトは力強く握る。
刹那、彼の右腕が弾けた。
「来るぞ!!」
ルフトの叫びが避難を終えたセラ達に届いた瞬間、何か鋭い物が大地に突き刺さる。
一つ、四つ、九つ。
「キョウ、ハヤト!俺から離れるなよ!!」
「二人とも!頭の上に何かを乗せろ!!」
気がつけば、数え切れないほどの鋭い何かが天空より降り注いでいた。
「う、おおおおお!!!!!」
ルフトの全身に突き刺さる赤い針のような物。
まるで豪雨のように降るそれは、正しく雨のようだ。
「ぐっ…!クソ!!痛ぇ…!!!」
慌てて太刀を頭上で回転させて弾くが、弾き漏らした針がルフトの体に刺さっていく。
一つ一つの威力は低くとも、何百何千と止めどなく降り続けるそれは、少しずつだが確実にルフトに傷を負わせていく。
「…なるほど。そういう…こと、か…!」
赤い幕が片目を覆う中で睨む。
映るのは、光を反射させて白く見える透明の膜に包まれた三人だ。
コドウが両手を横に開き、その足元でハヤトとキョウがうずくまるようにして武器を構えている。
あの白い膜。
恐らくはアレがコドウの持つ術だろう。
彼が戦闘中に術を使わなかったのは、ルフト達を侮っていたからでは無く、戦闘向きの能力ではなかったから。
それが意味するのは。
「完全な防御技…
この雨で砕けるとかって考えは捨てたほうがいいな…」
ちらりと、落とす視線。
地に刺さった赤い針が、瞬きの間に溶けていく。その結果出来上がる、足元の赤い液溜まり。
「で、この雨はハヤトの血ってところか」
ハヤトの持つ術は[鉄血]と[製鉄]の術。
自身の体内から[鉄血の術]によって鉄としての性質を高めた血液を一定量放出し、空中で[製鉄の術]を用いて細い針に形状を変化させたのだろう。
体外から放出された血は大きく形取ることが出来ないからなのか、意図的になのかは分からないが、頭上から広範囲に鋭利な物を降らせるというのは、人間、魔物・魔者を問わず致命傷になり得る攻撃方法だ。
只中にあるルフトは、それを痛いほど感じ取っていた。
だがそれでも、彼は勝負を諦めてはいない。
「機会は一度だけ、だな」
注がれる血の雨をなおも太刀で弾き続けるルフト。睨みつける先はコドウ達三人では無く、暁の空。
「……とは言え、それまで俺がもつか怪しいけど」
痺れの襲いつつある両腕の筋肉を必死に動かし雨を弾きながら、空をにらみ続ける。
太刀の回転を逃れ、肩に刺さる物もある。
雨は、運が悪ければ彼の目に降り落ちるだろう。
けれど、ルフトは赤黒い線の落ちてくる空から目を離しはしない。
どうせ、それを逃せば勝ちはないのだから。と
(あと、どのくらいだ…?)
ルフトが雨を弾き始めてから既に数分が経っている。
彼の狙い…それは、雨が止むこと。
自然が起こす降雨ならば一時間でも二時間でも降り続けることはあるだろう。
だが、この血雨は人為的な、しかも生物が身を削って起こした物だ。どれほど大量に降らせたとしても十分と保つはずがない。
(まさか、この空間だと降り続ける事ができる…のか?)
最悪の事態を予感し、一気に全身に疲労が回った時、僅かに、空から降る線の数が減ったように視認できる。
「よし!流石にそんな事は無かっ…」
「あめぇんだよ!!」
「んなっ!?」
思わずルフトが喜びの声を上げたのと同時、ハヤトの声が響き渡る。
「テメェが時間切れ狙ってるのなんざ御見通しなんだよ!!!」
いつの間にか防御膜を解除し、血の雨が降る中にその身を露呈した三人。
降る量が減っているため、ルフトのように悉くを打ち払う必要は無いが、それでも針は彼らを襲っている。
その中で、ハヤトは再び手を暁の空に掲げた。
「まさか!!」
「分かったんだよ。テメェら仕留めるためには、痛みも何も覚悟しなきゃならねぇってな!!」
「やれ!ハヤト!!!」
「させるか!!!」
コドウが叫び、ルフトが走り出す。
「こっちのセリフなんだよ!!」
瞬間、キョウが手にしていた戦棍をルフト目掛け一直線に投げた。
「しまっ…ッ!!」
飛来する戦棍。
全力を込めた踏み込みをしたルフトにそれを避ける術はない。
故に。
「「「「なっ!?」」」」
その戦棍が弾き飛ばされたのを、四人は理解できなかった。
「行けッ!ルフト!!!」
後方より響くは小虎の声。
そして。
「貴方達はダメです!!!」
「「ぐあッ!?」」
バチリ、と重く鋭い音がルフトの両脇を通り過ぎ、コドウとキョウの肩に黒い何かが突き刺さった。
「コドウさん!キョウ!!」
「バカッ!私たちに構うんじゃ…!」
キョウの言葉は、僅かに遅かった。
「あ、うぐ…ゴフッ…!」
「「ハヤト!!」」
心の臓を一刺にしする、柄長ノ太刀。
彼の掲げた手が弾ける事はもう、無い。
「う、ぁ…あぁぁ…」
太刀が引き抜かれ、支えが無くなったハヤトは膝から大地に屈する。
「ハヤト!しっかりしろ!おい、ハヤト!!」
コドウに抱きかかえられ、言葉を投げかけられるが反応はない。
僅かに動いた瞳も、コドウの声が世界に吸われた頃には、微動だにしなくなった。
「ハヤト!ハヤトォォォ!!!」
コドウは叫び、背を丸め、泣き崩れる。
「ハ、ハヤト…?
……テメェ……!!」
突き刺さっていた黒く鋭い物…クナイを引き抜き、立ったままコドウ達を見下ろしているルフトに向け突き刺そうと振りかぶる。
が、それがルフトの喉元に届く事はない。
「あ、あが…!ゲフッ…」
「お前は、私の手で…!!」
微かに届いた声は、言い合えた途端に意識を失ったフタのものだ。
彼女は、セラの術によって傷口を治癒し、動けるようになった瞬間にキョウ目掛けて短刀を放っていた。
それは狙い違わず、キョウの喉仏に深々と突き刺さった。
「こ、コドウさ…」
「キョウッッッ…!」
コドウにもたれるように倒れるキョウ。
彼に言葉はもうなく、何かを喋ろうとするたび、短刀の突き刺さった喉から血が泡ぶくを起こすだけだ。
「……あぁ、分かってる。もう、喋らなくていい。
念押ししなくても、キッチリ始末つけるから…」
辺りが色彩を取り戻した中、涙で震えた声でコドウは語りかける。
最早、何も聞こえなくなったキョウに、コドウは安心させるため言葉を紡いだ。
「……後は、お前だけだ」
ハヤトからの返り血と、己の血、そして降っていた雨の血を身体の至る所に浴びているルフトは、太刀を下ろしたままそう口にした。
「……いいや、俺だけじゃあないさ」
寝かせた二人の瞼を閉じ、呟くようにコドウは口を開く。
「…いずれ、必ずお前を連れて行く」
「いや、お前にもう後はない。今ここで決着をつける」
ルフトは再び太刀を構え、背を向けているコドウ目掛け振り下ろす。
この近距離で狙いを外すはずもなく、刃は間違いなく首元へ落とされた。
「…んな、バカな」
けれど、コドウの頭が宙を舞う事は無かった。
歪な音を立てただけの刀身は、コドウの首元に当たったのみで一滴の血も流させてはいない。
「ルフト。俺はお前を見て確信したよ。
生き死にが当然の戦いの場でありながら、身勝手に怒りを振り撒いたお前達人間とは相入れる事はないってな」
身の毛もよだつほど鋭く、憤激を宿した瞳でルフトを睨み
ハヤトとキョウを脇に抱えてコドウは立ち上がる。
向かう先は厳重に封印された扉。獄魔都市・ゴルデアルへと続く、唯一の裏口だ。
「一日だけ、そこの扉を開けておく。
恐れぬなら来るといい。奥で待っててやる」
そう残し、本来なら白いはずの膜を覆い、扉へと向かった。
……今、男が纏うのはドス黒く見える絶対防御の膜。
何者にも彼を傷つける事は叶わず、何人も今の彼の歩みを止める事はできない。
その後、ルフト達はコドウが扉の中へ消えるまで、背中を見つめる事しか出来なかった。
To be next story.
それではまた次回。
さよーならー




