俺と怒りと
どぞ。
男が目覚めた時、辺りは一変していた。
それまで微笑ましく会話を交わしていた二人は死に瀕し、軽口を叩いていた者は歯を震わせ、己が伴侶は口端から鮮血を垂らし泣いている。
誰がこの事態を招いたのか。
ーー考えるまでもなく、俺だ。
誰が仲間を傷付けたのか。
ーーわざわざ口にするのも馬鹿らしい。
「おい、いつまで突っ立って…」
「喋るな」
「…あぁ?」
相手に敬意を払うことのない軽薄な声に、男は無礼をもって応える。
「お前を殺す。お前も、お前もだ。三人まとめてぶっ殺す」
地面に転がっていた柄長ノ太刀を拾い上げ、正面で固まる魔者達を見据え、ルフトはそれを大地に突き刺した。
「ほう、面白い。やれるかな?お前に」
こめかみをヒクつかせたキョウが答えるが返事はない。
代わりに。
「…姿が消えたな。どこから来るかわからん。気をつけろ」
ルフトは、幻影の術[蜃気楼]を使い姿を消した。
正しくは、他者に認識されないように視覚を欺いている。
コドウ達は意識を張り巡らせて周囲を警戒する。いつ、どこから襲ってくるかわからない人間の男に対し、必要以上の集中をもちいて。
「…姿が見えなくとも音は聞こえるのか。欠陥も良いところだ」
初めにルフトの位置に気が付いたのはキョウだ。
この三人の中で最も死に近しいからか、それとも親に持つ魔物の特性なのか。彼は本来なら聞こえるはずのない、小さな足音を察知した。
だが、すぐにそれが意味のないことだと気がつく。
「…アイツ、何やってるんだ?」
キョウの視線の先、僅かずつ姿を現したルフトが取った行動は、コドウ達に不意打ちの一撃を浴びせることではない。
倒れているフタを抱き抱えたのだ。
「…あぁ、確かにそうだな。
人間は、勝ちよりも仲間を取る生き物だった」
再び姿を消したルフトは抱き抱えているフタも同様に姿を搔き消し、セラの元へ現れる。
「悪い、セラ。フタを頼む。
小虎も準備しといてくれ。すぐナリを連れて行くから」
「は、はい!」
「分かった…」
三度姿を隠したルフトは、言葉通り、一分も経たずにナリを連れてくる。
「道具はセラに聞きながら使ってくれ。
俺は、アイツらを殺してくるから」
「る、ルフト…?」
治癒を受けるフタの隣にナリを寝かせたルフトは、小虎とセラにそう残すと、三人のいる方へ歩いて行く。
少しずつ、少しずつ加速する速度。
一歩、また一歩と力強く蹴られる大地。
彼の最高速度に達した時、姿が消えた。
「今度こそ来るぞ。気を抜くなよ」
コドウの言葉に身構えるハヤトとキョウ。
背中あわせをして、三方向を死角なく補い合う彼ら。その眼前に、文字通り一人ずつルフトが現れる。
「ふっ、なるほど。如何にも考えつきそうな方法だ」
それぞれがルフトに対峙し、拳を或いは武器を握る。
振りかぶられる太刀。
キョウ達は自分の向いていた方向へ避ける。
無論、その行動の真の意図は[避ける]事ではない。
振り下ろす事で生じたスキに一撃を加えるための身のこなし。
「こん中に本物がいんだよなぁ!?オラァッ!!」
振り返される拳、剣、棍。
「なにっ!?」
だが、その全てに当たりはない。
「んなわけあるかよ、馬鹿が」
「なッ!?」
避けた先、誰も何も存在しない空間で、ハヤトは何者かの声を聞く。
驚き、振り返った瞬間、姿を確認した。
「前に言わなかったか?俺はそんな殊勝な人間じゃないって」
「うぉぉぉ!?」
「「ハヤト!!!」」
突然弾け飛ぶ腕。
肘から下などと言う半端な場所からではない。肩ごと切断したのだ。
「ぐ、おおお…!!」
痛みに悶え、苦痛の表情を浮かべるハヤト。噴水のように吹き飛沫を上げる右肩を押さえ、うずくまる。
だがルフトはそれを一秒も許さない。
「立て。まだ生きてるだろ?」
胸ぐらを掴み上げ、無理矢理立たせる。
「卑怯だよな、お前ら。
数の差で優位に立てるだけじゃなくて基本性能さえ上のお前らが、二人の人間風情に寄ってたかってだ。
戦士としての矜持も何もないのか」
「ははっ!逆恨みっつーんだぜ、そー言うのはよ」
「人間らしい怒り方だろ?」
持ち上げられ、爪先立ちになったハヤトにルフトは吐き出すように言葉を投げる。
ハヤトの腕から出血はもう無い。代わりに、肩から先に赤黒い腕が生えている。
「そういや、お前は体の部品を作ったり形を変えたりできるんだったっけな」
「あぁ、そうさ。だからいくら切り落としたって意味なんか無いぜ」
誰にでもわかる空元気を振り絞り、ハヤトは不敵に微笑む。そこにある意図は、[これ以上、無益な行いをしてどうする?]という、暗な歯止めだろう。
その意思を踏まえた上で、ルフトは更に太刀を振るった。
「ぐぅ……ああああああ!!!!」
両足と左肩を繋いでいた部分から溢れ出た物が、暁色の大地に大輪の華を咲かせる。
「お、俺の身体が……!!!」
「安心していいぞ。切り落としたやつを見てたら気分悪くなるだろうから、見えないようにしてある」
言葉通り、切断されたはずの部位は辺りのどこにも転がっていない。ルフトは術を使って誰の視界にも捉えられないようにしたのだ。
「この野郎…!!!」
それまで呆気にとられていたコドウが我に返り、血管を浮き上がらせる。
「ま、まて!はやったらいけない!」
「なんで止める!!」
今にも駆け出しそうな彼を、側にいるキョウが制止する。
「アイツ、ハヤトをいつでも殺せるのにわざとああやって待ってやがるんです。
もしここで挑発に乗ったら、その瞬間、多分ハヤトは殺されます。だから…」
「見てろって…言うのか?」
奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばるコドウ。
キョウの見立て通り、ルフトはハヤトをいつでも殺せる状態にある。
ここでコドウか、或いはキョウがハヤトを助けに駆け出せば、ルフトは助けに来た者の目の前でハヤトを殺し、僅かな隙を見せた相手を、ハヤト同様拘束して同じことを助けに来なかった方に向けて繰り返すだろう。
……当然。コドウもキョウもハヤトを助けに行かなかったとしても、彼の死は免れない。
ゆっくりだが少しずつ血液で再構築されていく彼の両腕と両足。それらを出来上がる寸前に切り落とすのを繰り返せば、遠からず出血死が待っているだろう。
その上、自分の腕や足を何度も切り落とされるところを見ていれば、精神に異常を来す事だって充分に考えられる。
今死ぬか、少し先に死ぬか。その違いしかない。
つまるところ、ハヤトの命はルフトの掌の上にある。
魔者三人に対して完全に優位を取ったルフトは、ふと何かを思い出す。
「ところで、お前らはさっき何しようとしてたんだ?」
構築されつつある腕や足を切り落とすことなく、ハヤトに問う。
『さっき』とは、少し前に三人が集まっていたことだ。
「……知りたいなら、俺を解放するんだな。そうすりゃ、嫌だって言ったって見せてやるよ」
ここでハヤトは最後の賭けにでる。
もしもルフトが、彼らが先程しようとした行動に少しでも興味があるのなら、この絶望的状況から脱せるかもしれない。
逆に、今の返しがこの男の逆鱗に触れた場合、その瞬間に心臓を貫かれるだろう。
「…そうか」
静かに開かれる口。
ハヤトの心臓が早鐘を打ち、額からは気味の悪い脂汗が垂れる。
「だったら、見せてみろよ。奥の手だろ?それ」
瞬間、ハヤトは安堵した。
胸ぐらを放され、作りかけの脚部を強打するが、悶絶する痛みにも意を返さず、死から免れた喜びを握りしめる。
「あ、ああ。お望み通り見せてやるよ」
「大丈夫か!?」
「ハヤト!」
治りかけの脚で尻をついたまま後退るハヤトに、コドウとキョウが駆け寄り、肩を貸して立たせる。
「……ハヤトを解放したこと、必ず後悔させてやる」
怒りを乱暴に投げつけるコドウに、だがルフトはそれを受け取らずに、更に大きな怒りを投げ返した。
「なんで逃したか分かってないな。
俺の言う[殺す]は、肉体的なことだけじゃなく、精神的なものも含まれるんだよ。
とっておきも叩き潰して、完璧にぶっ殺してやるためなんだよ」
距離を取り、憎悪と忿怒を込めた視線を送る三人に、ルフトは激情を見せた。
To be next story.
それではまた次回。
さよーならー




