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俺と誰かと空白

どぞー。


目を覚ますと、ルフトは見覚えのある空間に立ちぼうけていた。

いつからいたのか。

どうやってきたのか。

何故ここにいるのか

そもそも、何を思って立ったのかさえも分からない。

何も無い。本当に何も無い真っ白な世界を、ルフトはおもむろに歩き出そうとする。

鈍痛が脇腹を走る。

彼はそこで気がついた。

自分が今まで何をしていたのかを。


「…行かないと」


道すら見えない世界でどこへ行こうと言うのだろう。

真っ直ぐに、ただただ真っ直ぐに進もうと歩くルフトだが、人間の平衡感覚などあてにならない。少しずつ直線から逸れて歩いていく。

そうやってふらりふらりと進むうちに、一際白色が強くなる場所があった。

言い換えるなら、光り輝いている場所、だろう。

辺り一帯が真っ白く、光を放って見える様な空間において、更に光を発して見えるのだから。


「あそこ、だな」


胸の内にある悩みや迷いを浄化できてしまえると思えるほどの光を放つ、その空間の先に、ルフトは出口を見た。

…いいや、[思えるほど]では無い。実際に悩みや迷いが[消え]始めている。

ルフトに脇腹の痛みはもう無い。代わりに、妙な安心感だけが胸を覆っている。


あと何歩進めば出口へと着くのだろう。


ルフトは薄まる思考の中でそのことだけを考えていた。

………しかし。


「なんだよ、連れないなぁ。わたっ…僕がここにいるのに」


ルフトしかいないはずの空間に、明るく活発な声が響く。

主人の元へ振り向けば、そこにいるのは。


「お前、あの時の?」


「正解。嬉しいな、忘れないでくれたんだ」


淡い赤色の美しい長髪をなびかせた、煌めく笑みを浮かべる少女だった。














「それでー?どうしてまたこんなトコに来たのさ」


一際輝いて見える白に背を向け、ルフトは歩く。謎の少女に手を引かれ、まるで遠ざけられているかの様に。


「……分からない。けど、燃えるように脇腹が痛いから、多分これが原因だと思う」


「ふーん。また無茶してるんだ」


ため息混じりに返される言葉に苛立ちはない。むしろ、妙な心地良さまである。


「ね。ここがどこだか知りたい?」


振り向き、微笑む少女にルフトは頷いた。

今となってはこの痛みだけが彼の記憶となりつつある状況下で、彼女の申し出はこれ以上ないものだ。

今いる場所がどこなのか。それがわかれば、何故ここに来たのかくらい見当がつくはずだ。

僅かな光の筋に藁をも掴む心持ちで答えを待つ。

けれど、帰ってきたのはあの煌めく笑顔と。


「おーしえない!」


どこまでも楽しそうな声だった。


「なんだよそれ。おちょくってんのか?」


再び歩き出した少女を呼び止めるつもりで声をかけるが、彼女は歩くのをやめはしない。

それどころか、さっきと同じように腕を引かれてルフトも歩き出してしまう。


「違うよぉ。からかってるんだー」


「はぁ?」


返事とは裏腹に、ルフトの口をつくのは、にへら、とした微笑み。

彼自身、どうしてそんな顔をするのか理解できていなかった。藁にもすがる思いで聞いたはずの事を、笑顔で拒否されたのだ。普通なら激昂してもおかしくはない。

にも関わらず、彼は笑った。

親しい友人に、話のオチを勿体ぶられた時の様に不可思議な笑みをこぼしたんだ。


「どうしても知りたい?」


「あぁ、知りたい」


「えー、どうしよっかなー」


相変わらず手を引いて歩くのはやめず、意地悪く勿体ぶる少女。

早くこの空間から出たい、と思っているはずのルフトは、それでも、彼女のそんな態度を嬉しく思っている。

胸を弾ませるような、今にも飛び跳ねそうな、或いは、抱きつかれてもおかしくないような、そんな楽しげな少女を、ともすれば涙を浮かべてしまう心持ちで答えを尋ねている。

…彼自身、何故自分が泣きそうなのかを理解できないまま。


「なぁ、どうしたら教えてくれる?」


怒っているわけでも、急かしているでもない、穏やかな質問に、少女は歩くのをやめて振り向いた。


「僕のことを思い出してくれたら、良いよ」


その顔は、泣いているかのように映る。

ーーそう。まるでルフトの顔を鏡写しにしたような、悲しげな表情を浮かべている。


「僕…って、、、」


ルフトにとって彼女と出会うのは今回で二度目だ。

一度目は老ドラゴンとの戦いで気絶した時。二度目は今回。

その中で、この二人はそれほど深い交友関係を築いたわけではない。

にも関わらず、少女は[自分を誰なのか思い出して欲しい]と、そう願っている。


「…じゃあ、俺たちってここ以外で…」


「もう時間だね」


言い終えるよりも早く、少女が口を開いた。

瞬間、ルフトを襲う激しい目眩。


「うん、君はまだここに来るべきじゃないんだね。

少し寂しいけど、ここでさよならだ」


立つことすらままならない強烈な揺れの中で、異様なほどハッキリと耳に届く少女の声にルフトは妙な懐かしさを覚える。


「……君と…まだやることのある君ともっと話したいと思っちゃうのは、きっと僕が酷い子だからなんだろうね」


少しずつ霞む意識の中、少女の独り言が耳を刺す。

聞き覚えのある、胸くそ悪くなる優しい言葉だ。


「……忘れるな」


「え?」


震える言葉を必死になってルフトは吐き出す。


「俺以上に…酷い……子、は、いない…んだ…!

だから…ッ!」


やがて消失する意識の中で、ルフトはその両目にしっかりと焼き付ける。


「そんな顔、するな…よ…」


今にも声を上げで泣きそうな少女を、決して忘れまいと。


「……いなく、なっちゃった」


意識が完全に消え去り、ルフトの姿はこの真っ白な空間から跡形も無く霧散する。

たった一人、ぽつりと立つ少女は膝から崩れ落ちた。


「なんで、あの時みたいに認めてくれないんだよ…!そんなこと言われたら…」


今は遠き日。

人間の臓物と血が大地を隠すほどに溢れ出された日。

少女は、己を精一杯に騙した。

彼ならばそう言ってくれると信じ、口にした言葉で、己を今日まで騙し続けていた。

自分は他者を犠牲に助かった人間だから死んで当然なのだと。

…けれど。


「私だって、生きていたかったよぉ……」


何も無い空間に痛みが広がっていく。

悲痛な想いをのせた音色が、限りなく広がる世界にしみていく。

自分のとった行動は罪滅ぼしでもなんでも無い。ただの傲慢で独り善がりな安易な行いだったと、向き合ってしまった少女は、それでも彼を信じて待つ。

ひたすらに。一途に。

彼が、不遇な死を迎えぬ様に、ずっと、一人で待ち続ける。

己以外に見えるものが[白]しかない世界で。












To be next story.



それではまた次回。

さよーならー

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