俺とナリと修行
どぞ
買い物をしてから一晩が経った。
俺とナリは今、昨日買った保存食を手に荒涼とした大地を歩いている。
太陽はまだ中天へと至っていない。にも関わらず、この荒れた地は汗が滴るほど暑い。湿気がないだけマシだろうと自分を慰めるくらいに。
「えぇっと、標的の岩土獣はこの辺らしいでっすけど…」
この地区を待ち合わせ場所にした場合、唯一の目印になる大きな岩付近で俺とナリは辺りを回す。
しかし、それらしい影はなく、地響きも鳴き声も聞こえない。
「……少し、待ってみまっすか」
「だな。岩のとこで休もう」
陽がまだ隠れている頃から歩いていたため、疲労が溜まっている俺たちは一旦魔物の捜索をやめ、大岩に背中を預けて休憩することにした。
「全く。なんだって急に修行するだなんて言い出したんだか…」
「あっはは。
ネフェンさんなりの気遣いなんじゃないでっすかね〜」
ゴツゴツとして微熱を帯びた岩に寄りかかりつつ愚痴をこぼす。
昨夜現れたネフェンは、買って来た保存食をパクつきながら俺たちに一つの事を告げた。
『おぬしたちは弱いから鍛え上げてやるぞ』
こともなげにそう言い、差し出されたのが二つの依頼書。
一つは俺たちが今受けている[荒野に眠る岩土獣]。
もう一つはセラとフタの受けた[深緑の森の魔精霊]。
難易度で言えば上から二つ目くらいのもののため、力をつけるにはうってつけだ。
が、それはあくまで三人から先の人数で受けた場合の話俺たちのように二人で受けるのは自殺行為と言える。
その上、ネフェンはもう一つ条件をつけた。
それは、共に依頼を受ける相手を指定する事。ただでさえ難易度の高い依頼を更に難しくするのであれば、息のあった仲間と組む事が好ましい。
俺の場合はセラで、ナリの場合はフタだが、ネフェンはそれを許さなかった。
『いついかなる時も隣にいるとは限らぬ。同じ仲間であるのなら、得手不得手を最低限認識しておかなければならんだろう?
今回の修行内容は、普段組まない者と戦いを共にしても強敵を倒せるようになる事じゃ』
ケラケラと…それは本当に楽しそうに笑い、普通に死ぬ覚悟をしなければいけない依頼書を差した。
しかも意地の悪い事に、水系の術を使えるフタには森を。炎系の術を使えるナリには荒野を割り当てやがった。
とことん鍛えてやろうという腹が丸見えだ。
「しっかし、一向に現れないでっすね〜。
目撃情報は確かに[大岩]と書いてあるのに…。もういなくなっちゃったんでっすかね?」
コテン、と身体を預けてくるナリは割と絶望的な事を言ってくる。
王都から二時間半〜三時間かけて歩いて来た場所に標的がいないとなると、疲労よりも精神的な面で結構くるものがある。
ただまぁ、ネフェンに限ってそんな依頼を持ってくるとは……
「……ありえるなぁ」
人が苦しむ姿を見て楽しんでいそうなアイツの事だ。期限切れの依頼を敢えて持ってきて、さも、まだ有効であるかのように見せる、というのは充分考えられる。
「う、ウソでっすよね?」
冗談のつもりで言った事がにわかに現実味を覚え、恐怖を帯びた表情になるナリ。
残念な事に、嘘じゃない可能性があるんだ…。
「ま、まぁ、水分も食料もあるしもう少し待ってみるか」
「…せっかく早起きしたのに…」
元気なく返事を返すと、滑るようにして俺の膝を枕にして横になるナリ。
その途端、あくびを溢した。
「もし眠いなら敵が出てくるまで寝ててもいいぞ。見張りはやるから」
「…そんなこと言って、実は変な事する気じゃないでっすか〜?」
「するかバカ」
「いったぁ!?」
仰向けで「にしし」と笑うナリの額にデコピンを一発くれてやる。
確かにナリは可愛いが、男は男だ。よっぽどの間違いがない限り手を出すなんてことはあり得ない。
「も〜、暴力反対でっす!」
「バカなこと言うバカには暴力が一番なんだよ」
頬を膨らませてムスッとしたナリは顔を外に向ける。
「もう知らないでっす。少しくらいなら許してあげようと思ったのに」
「だからしないっての」
俺の言葉に返事はなく、少しの間沈黙が訪れる。
……気がつくと、ナリが寝息をたてていた。
「さて、しっかり見張りしないとな」
眠っているナリの頭を思わず撫でる。
…同じ事を昔誰かにしてあげた気がする。
俺には弟も妹もいないから、多分キャロだろう。
「あの時のあれは結局なんだったんだろう」
老ドラゴンを倒し、意識が飛んだ日を思い出す。
真っ白い空間。声の出ない世界。…目の前に現れた、死んだはずのキャロ。
その後向かった故郷のウェアルフ村では何もわからずじまいだったし、いずれ答えはわかるのだろうか…?
「…ん〜〜」
犬猫にするようにずっと撫でていると、ナリが寝返りを打ち、一瞬肝が冷える。
い、いやいや。別に何もやましいことは無いだろ。ビビりすぎだ。
百八十度寝返ったナリの顔は今、俺の腰回り辺りに向いている。
……あり得ないとわかっているとはいえ、僅かに不安になる。
いや、万一ということもあるし、寝ているナリには悪いが外を向いてもらおう。何がきっかけで暴走するかわからないからな。
「ん〜、もっと撫でて〜」
などと考えていた俺が甘かった。
ネフェンほどではないが、ナリも人が困ることをするのが好きな人種だ。
コイツ、狸寝入りしてやがるな。
「いったぁ!?!?ちょ、僕寝てたんでっすけど!?」
「起きてる人間の反応だろうが!!」
「いったぁ!?ホンットに酷いでっす…。寝てたのに…」
もう一度デコピンをしてやると、ブツブツ言いながらも今度は本当に眠った。
太陽が中天から僅かに逸れ、徐々に沈み始める。
夕暮れを気にするにはまだ早いが、帰りにかかる時間も計算するとそろそろだろう。
「ナリ、起きろ。標的は出てきてないぞ」
「……う〜ん」
「どうもネフェンの意地悪だったみたいだ。さっさと帰って文句言ってやろう」
寝ぼけ眼をこすりこすり身を起こし、あくびを一つ漏らしたナリはぼんやりとした顔で頷く。
どのくらい経ったかは分からないが、持って来ていた水筒のうちの一つがなくなるまで待ったんだ。理由としては十分だろう。
「ルフくん、水…」
「はいよ」
水筒を受け取り、蓋を開けるナリ。よほど眠いのか未だに手つきがおぼつかない。
水を飲んでも気付けにならないようなら、もう少ししてから行くか。帰り道に標的と鉢合わせても嫌だし。
「あっ!」
「っと。
大丈夫か?」
不安的中というかなんというか。また力が弱かったのか蓋を開ける時の反動で水の入っている方を落としてしまう。
運良く俺が受け止めることが出来たが、中身が少し岩にかかってしまった。
「大丈夫でっす。ごめんなさい」
「気にすんな」
蓋に水を注ぎつつ答えると、どこからともなく音が鳴り始める。
蓋に満たされた水を飲むナリと辺りを見渡してみるが、背後に大岩があるだけで他には何も見えない。
…いや、ちょっと待て。
「る、ルフくん。これ、大岩、動いてませんか?」
「だ、だよな?つーか、音の原因もこれじゃないか?」
次第に大きく轟く音は地鳴りのそれだ。
ゆっくり、ゆっくりと大岩から距離を取る。
…やっぱりだ。この大岩、少しずつ盛り上がって来てる。
「溢した水の跡がもうあんなところまで…」
「と、とにかく離れまっすよ!」
轟音と共に響く砂の溢れる音。
捲き上る砂煙、空から降る小岩、激しく揺れる地面。
全力で走ってどうにかその場から離れ、俺たちが目にしたのは。
「「で、でかぁぁぁい!!」」
とんでもない大きさを誇る、魔物の顔だった。
To be next story.
それではまた次回。
さよーならー




