過去の事実と現在の偽証
どうぞ。
「まず、お二人も知っているように、遥かな昔、神代まで遡った頃は人間と魔物が争いあっていました。
神話の記された書物には、『人間の住む世界に突然魔物が現れ、人の住む領域を侵し始めた』と書かれていましたが…」
ルフェンは静かに語り始める。
彼女だって全てを見てきたわけではないだろう。だが、彼女は、全てを見てきた人間達からその話を聞いている。
故に、ルフェンの口にする言葉全てには確かな説得力と、言い得ぬ恐怖が混じっていた。
歴史とは勝者に与えられた小説のようなもの。如何に自分たちにとって不利な事実も自らの手で書き換えることができます。
誰もが信用している『魔物は悪』という事実さえ、本当の意味での真実ではありません。
そもそも、彼らが私たちの住む世界を脅かしたのではなく、私たちが彼らから己の住む世界を勝ち得たのです。
…そう、記されているように、突如として現れた彼らが侵略したわけではありません。
むしろこの世界を支配していたのは魔物です。
魔物達は獄魔都市・ゴルデアルを拠点に世界の端から端までを己達の住処として支配していました。
その間、人間達は彼らの手足として使役されていました。
動力源の出力を担い、土地を開拓し、食料を育て、住まいを建築するなど、女子供老人関係なく、強いられていたのです。
当時の人間達は看守達の目を盗むたび、口を揃えてこう言いました。
『私たちは奴隷だった』
だからこそ彼らはゴルデアルからの独立を誓い、長きに渡る戦争を耐え抜き、勝利を得るため戦い抜いたのです。
[奴隷]として扱われていたため、鞭で叩かれ、食事を摂れず、休憩すら与えられない扱いを受けた者達が魔物達に勝利すると、ある問題が起きました。
歴史を示す機会を得た人間達はあろうことか真実とは異なる事を書き記し始めたのです。
…いいえ正確には、憶測を含んだものと、誤解を招く記し方を良しとしたのです。
いつから人間と魔物が存在したのかわからないのなら、人間が世界を支配していた時代だってあったはずだ。
自分たちが受けた苦痛や恥辱はこんなものではなかった。
ーーーなど、他にも多く書かれましたが、それらの説明は割愛しますね。
詳しくお教えすると、とても長くなってしまいますから。
そうやって歴史を綴り上げる人間達に危機感を覚えたゴーリは、以前もお教えしたように、私に託しました。
『お前のように、本当の歴史を語れる人間が必要だ』
そうして与えられたのが私の今の立場です。
人間達が悪い方向に神話を解釈し、事実を全く捻じ曲げてしまわないように。
また、もしも魔物が私たちを襲ってきた場合に勝利へと導けるように、と。
結果として、人間達があれ以上の神話改変をすることはありませんでした。
けれど、彼が恐れていたもう一つのことは起きてしまった。
即ち、魔物が人間から世界を奪還する日が訪れる、ということ。
これは、人魔時代の再来を意味します。
今度の場合、魔物達が人間から世界を奪い返すことになります。
しかも、今は人魔時代に比べ魔者の割合が多くなっています。
魔物と人間の混血児である魔者は両者の長所を上手く取り入れた者が多く、私たちが対峙した時は、数で勝る魔物を相手取るよりも苦戦しました。
それほどまでに強い魔者が、今はいくつかの小隊を組めるほどいると聞き及んでいます。
彼らが味方をするのは獄魔都市・ゴルデアルを拠点とする魔王軍です。
彼らは長い年月を経て着実に力を蓄えて行きました。
以前から偵察兵の様な魔物・魔者が色々な国で確認はされていましたが、最近になって本格的に動き始めたのは、時が満ちたことを意味していたのでしょう。
下手にことを起こしたくなかった私たちは見て見ぬ振りをしました。
今となっては間違った選択だった、と言えますが…
今、刃ノ国をはじめとする各国で戦闘が起きています。
これを無視し、彼らに国の一つ、町の一つでも明け渡して仕舞えば、ゴルデアルより最も遠くに位置するこの王都へと攻め入る道筋を与えてしまいます。
それだけは避けなければならない。
確かに、歴史を都合の良いように書き換えたことは許されるものではなく、後悔の念もあります。
ですが、彼らの侵攻は断じて阻止しなければなりません。
「ルフトさん達が刃ノ国で任務を行なっている間に、派遣した兵達から他の国の被害を知りました。
それはとても容認できるものではなく、許し難いものばかりでした。
…そういう意味では、刃ノ国は恵まれていたかもしれません。最もひどい地区では、国だけでなく周辺にある村や町までもが甚大な被害を受けていましたから。
私たちはこれらを[侵略行為]であるとし、徹底的に抗戦すると決定しました。
つまりは、戦争をするということです」
全てを語り終えたのだろうルフェンはテーブルに置かれていた、冷えてしまった紅茶で一息吐く。
「…といった経緯で私たち、というよりは王都とその他諸国は手を取り合い、獄魔都市・ゴルデアルより出る魔物・魔者達と戦争をすることにしました。
他の皆さんには、先ほどの話の一部を除き、既にお伝えしています。
その後、各国・諸地域に兵を配置し、来るべき日のために準備をしてもらっているところです。
その中でルフトさん達の部隊には、開戦した際、ゴルデアルへ攻めに行っていただき、魔王を倒してきて欲しいのです」
そうして、ようやく少し前に口にした依頼を再び提示された。
全てを説明され、余すことなく聞いた俺とセラは互いに顔を見合わせる。
セラから送られてくるのは戸惑いと恐怖と不安。
…俺も、同じ気持ちだった。
正直、神話の話なんてどうでも良い。
過去の人間がどんな扱いをされていようと、今の俺たちを縛ることがないのなら気にするだけ無駄だ。
問題は、過去に起きた出来事が今の俺たちを侵していること。
そんなことを許してはいけないし、認めてはならない。
だが…
「戦争って…どんなことが起きるんだ…?」
神話でしか知らない[戦争]という単語。
意味は知っているが、現実の問題として考えたことはなかった、非現実的な言葉。
「多くの人が死に、得たものより失ったものの方が大きい、知性ある生物にとって最も愚かな行為です」
それの本当の意味を知っているのは、今や三人しかいないのだろう。
ルフェン、ネフェン、コーリ。
そのうちの一人、ルフェンが言うのならば、事実に違いない。
なら、なら何故。
「分かっているなら、どうして戦争なんでするんですかっ」
テーブルを叩かんばかりに抗議するセラだが、ネフェンがすぐに答えた。
「そうでもしなければ得られないものがある以上、するしかないんじゃ。
得たものより失ったものが多かったとしても、例え得たものがゼロに等しかったとしても、得なければならないものがあるのじゃ」
「ッッ!」
ネフェンの言葉に、セラが口元を抑える。
ネフェンの…覚悟を決めた表情が浮かべるのは痛みと悲しみと絶望。
心の優しい人間なら、吐き気を覚えてしまうような強い負の感情。
そんな彼女の表情を見て、俺は決意した。
「その任務、受ける。必ず成功させて、絶対に勝利へ導く。
……ついてきてくれる仲間が何人いるかはわからないけど、俺は例え一人でもやり遂げるから、安心して欲しい」
なんて、刃ノ国での発言も忘れぬうちに、大口を叩いた。
「私も…私も手伝います。
手作って、勝って、必ず元の平和な世界にしてみせます。
可能な限り、血を流させずに、必ず」
硬く拳を握ったセラは俺に続いて決意を口にした。
「ありがとう、ございます」
そう、深く頭を下げてお礼を言ったルフェンは、扉付近で静かに立って話を聞いていたサルナに目配せをすると、彼女は俺たちの側までやってくると懐から何かを取り出した。
「では、こちらが軍備金になります。全面戦争まではまだ日があるので、それまでに装備や鍛錬をこのお金で済ませて下さい。
足りなければまたお渡ししますので、いつでもご相談下さい」
程々に分厚い白い封筒を俺に渡すとサルナはルフェンの方は向き直り、会釈をした後に部屋を後にした。
「では、私からのお話は終わりです。
他の皆さんもそろそろ仕事が終わった頃でしょうし、今したお話を皆さんにもお伝えして下さい。
人手が足りませんが、戦争への参加は強制ではありません。城の兵も既に幾人かが辞退していますから、あまりお気になさらないようにと、一緒に伝えてあげて下さい」
「わかった。
じゃあ、何かあれば」
「うむ。わしが伝えに行こう」
ソファからネフェンと立ち上がったルフェンに倣い、俺たちも腰をあげる。
「ではまた後ほどお会いしましょう」
「わしはまだこっちでやることがあるから先に帰ってあって大丈夫じゃ。
またのう」
腕を組むネフェンと、小さく手を振るルフェンに別れの挨拶を交わして、そのまま帰路へと着いた。
To be next story.
それではまた次回
さよーならー




