俺とセラと想い
ではどぞ。
空が微かに赤みがかった頃に城を出た俺とセラは、夕飯の買い出しやクエストから帰ってきた冒険者達の行き交う中を進む。
今はまだ城内の人間にしか知らされていないのか、すれ違う人々の顔に焦りや恐怖の色は無い。
…いつかはわからない。けど、近いうちに確実に戦争が起こる。
ルフェンがこの世界に堕ちた時の、神話にある戦争は五十年ほど続いたそうだが、今度のはどうなるんだろう。
一ヶ月や二ヶ月で終わるんだろうか。それとも、やはり五十年は続くのだろうか。…もしかしたら、もっと長引くかもしれない…?
年単位で続いた場合、戦力はどうするんだろう。初めは名乗り出た者だけで戦えるからいいだろうが、戦争が長引けば長引くほど人手は減っていくはずだ。そうなった場合、駆り出されるのは誰か。
考えるまでも無い。初めは力のある冒険者で、次からは徐々に敷居が下がって戦う意思のない人々が武器を持たされる。
ルフェンに限ってそれはないだろうけど、ルフェン女王ならどうだろう。…無いと、思いたい。
「…トさん?」
目に美しい石畳の上を歩いていく、なんの恐怖も感じていない人々。
まるで、俺だけが取り残されてしまったような感覚に陥る。
あの弓を背負った男はクエスト終わりの一杯をしにいくんだろうか。
その隣を歩く縄を手にした男はその連れ人…伴侶だろう、弓の男の後をついて行く。
ーー二人とも、満たされた顔をして。
商店街へと向かうあの女性は、手を繋いでいる子供と夕飯の買い出しに行っているんだろう。少しだけぐずる女の子をなだめて。
ーーその表情にあるのは、献立の悩みと子供を静かにできるかという不安だけ。
それとも、あそこの恋人達は…
「ルフトさん!」
耳をつんざく大声に意識が戻る。
ぐわんぐわんと音の残る右耳を抑えて振り向くと、目と鼻の先にセラがいた。
「どうしたんですか、そんなに怖い顔をして」
右肩に乗せられていたセラの手が離れ、目線にあったセラの顔が僅かに落ちる。
「何か考え事ですか?ルフトさん、今凄い形相でしたよ」
微かに怯えるようなセラの表情に、自分の顔に触れる。
…確かに、ひどい顔だ。眉間が寄りまくってる。
「あ、あぁ。ちょっとな」
「……さっきのお話、ですよね」
ほんの少しだけ曇るセラ。
けれど、すぐに普段の明るい顔に戻って口を開く。
「考え過ぎは良く無いですよ!
気楽に…いけることでもないですけど、皆さんと、ルフトさんと一緒ならどんなことだって出来ますから」
にこりと、柔和な微笑みを浮かた。
「…はは、あはは!」
セラのそんな言葉が面白くて、俺は思わず笑ってしまう。
「ちょ、ちょっと!どうしてそこで笑うんですか!?」
怒ってるのか恥ずかしいのか、よく分からない表情で抗議するセラ。
彼女の必死な姿が余計におかしくて、笑いを抑えようとしても漏れてしまう。
「…私、先に帰りますから」
「ちょ、ちょっと待ってって!
まさかセラに『考えすぎるな』なんて言われると思わなかったからさ」
顔を赤くして足早に歩いて行ってしまうセラをどうにか引き止める。
「笑って悪かったよ、ごめん」
「………」
…参ったな、相当怒ったみたいだ。顔を合わせてくれない。
「いや、本当悪かった。許してほしい、ごめんなさい」
「…ふふ」
今度は話の流れじゃなく、ちゃんと頭を下げて謝った。
すると、セラの小さな笑い声が頭にかかる。
「……騙したな?」
「い、いえ。怒ってますよ」
僅かに頭を上げた先に見えるのは、逸らしたセラの顔。
表情は見えないけど、少なくとも怒ってるようには思えない。
「なら、こっち向いてみてくれ」
「えっ…それはちょっと…」
「じゃあ、俺が回り込む」
「え、えぇ!?ま、待って下さ…」
俺が動き出したと勘違いして慌てて振り向くセラ。
ピタリと、視線が合う。
「やっぱり怒ってないじゃないか」
安心した俺は一息つく。
顔はにやけてるし、睨まれてるわけでもない。
良かった。とんでもなく怒ってたのかと思ってたけど、違かったみたいだ。
「……またそうやって意地悪するんですね」
「へ?」
そう思った矢先。ジトリと睨み上げられてしまう。
「もういいです。本当に知りません。怒りましたから」
短く、淡々と言い切ったセラは、そのまま俺を避けて歩き出した。
これはもしかして、本当にマズイ事になったか…?
「せ、セラ?また、演技だよな?怒ってない…よね?」
ずんずん進んでいくセラに歩幅を合わせて尋ねるも返事はない。
…どころか、視線すら合わせてくれない。
俺は何をやってしまったんだろうか。
始まりは、俺が笑ったからだ。
けど、それで怒ったのは嘘で、セラもにやけてたから今怒ってる原因は多分別のところにある。
セラに悪口を言ったわけでもないし、叩いたわけでもない。なのに、どうして怒っているんだろう。
気がつかないうちに足を踏んだとか?いや、それは流石に気付くよな…
歩く速さを少しずつ早めていくセラに離されないようついていきながら考えるも答えは一向に出ない。
だからといってセラを怒らせたままにしていいわけが無いし…
くそ!こうなったらヤケだ。
「なぁ、セラ。どこが悪かったか教えてくれないか?次からは気をつけるからさ」
歩いていくセラの前に立ち、思い切って聞く事にした。
本当は悪手らしいけど、放置するよりはずっといいはずだ。
「本気で、言ってるんですか?」
足を止めて、再び睨み上げられる。
僅かに悪寒が走るが今はそれどころじゃない。
生唾を飲み込んで頷く。
「心当たりも?」
「意地悪したのかなってくらいしか…」
『また意地悪するんですね』
それが唯一の手がかりだけど、さっきの会話の中でしたつもりはない。
「……はぁ。ルフトさんって、そういうところありますよね。
みんな事を考えて行動してくれる人なのに、いざ個人のこととなったら鈍感になる。ホント、意地悪です」
「はい?」
肺の中の空気を全部吐き出したのかってくらい大きなため息を吐いた後、褒めてるんだか貶してるんだから分からない事を言われる。
頭を抱えたいくらい混乱する中、セラは俺の手を引っ張って、人目のつきにくい路地裏に入ると。
「ルフトさんは、私と手を組んで一人前の冒険者になった事、忘れてませんよね?」
そう、尋ねられた。
「あ、あぁ、忘れてないけど…」
セラに押されて壁に背を当てながら答える。
「なら、どうして他の皆さんとばっかりお話しするんですか!?私だって、ルフトさんと沢山お喋りしたいのに…」
橙色の筋が僅かにセラの顔を照らし、目尻で何かが光を反射した。
「いつもそうです。いつもいつもルフトさんは皆さんとばっかりお話ししてます。
…違うんです。別に皆さんとお話しするのを辞めてほしいわけじゃないんです。
ただ…小虎ちゃんやフタちゃん、ナリ君や、最近はツキミさんやユキミさんの隣を歩いてばっかりです。冒険の伴侶は私なのに、他の皆さんの隣ばかり歩いてるんですよ、ルフトさんは。
それが、辛いというか、悲しいというか…」
ぐっ、と、胸元が熱を帯びる。
呼吸が辛くて苦しくなる。
けれど、俺の気持ちがそうなったんじゃない
胸元にセラが顔を押し付けているからだ。
きつく、強く、胸元に顔を埋めるセラ。
彼女の持っていた想いの分だけ、俺の胸が熱くなる。
「寂しかった…のか?」
「…はい。多分、寂しかったんです。
初めは家訓だから一緒にいなきゃって思ってました。父と母の言いつけでしたし、そうすることが普通だと考えていたからです。
でも、少しずつ変わっていきました。
ルフトさんと、みんなと旅をするようになってからわかったんです。
家訓だからじゃなく、自分の意思でルフトさんと一緒にいたいと思うようになりました。
頼りになって、優しくて、強くて、責任感のある貴方と一緒にいたいと思いました」
セラは胸元から離れて俺を見つめる。
まだ涙の残る目で、真っ直ぐに。
夕陽が傾き、影の位置が変わる。
最初は覆うようにしていた影が、少しずつ奥へと伸びて、
セラが陽の光の中へと降りていく。
「…ハッキリ言います。
私は、ルフトさんの事が…」
なにかを言いかけた時だ。
「おー?
ルフトとセラじゃないか!なにやってんだこんなとこで?」
「「ッ!?」」
なんの前触れもなくひょっこりと現れたのは、買い物袋を手にした小虎とナリだった。
「確か、お城でルフェン女王さんたちとお話ししてたはずでっすけど。
……ははぁーん?」
「どした?ナリ」
ナリは何かに気がつき下卑た笑みを浮かべる。
それを見たセラは、途端に顔を真っ赤にしてナリの元へ駆け寄る。
「ち、違いますから!そういうのじゃないですから!!!」
「ホントでっすかー?」
「本当です!!」
「まぁー、そういうことにしといてあげまっすか」
「そういうことなんですってば!!」
拳を握って涙を溜めるセラに相変わらず笑顔のままのナリ。
はたから見てる俺と小虎は完全に蚊帳の外だ。
「…なんかあったのか、ルフト?」
「え?あぁ、うん。ちょっとな。
なんか、あんまり話せなくて寂しかったらしい」
「あー、確かに最近二人が喋ってるところ見てない気がするな。
ダメだぞー。ちゃんと構ってやんなきゃ」
「セラは犬か何かか」
仲間外れにされた小虎と話していると、隣の方で動きがあったらしい。
「ちょっとナリ君!?笑わないで下さい!」
「えぇー?笑って無いでっすよー」
未だに笑ったままのナリが駆け出し、セラがその後を追いかけていく。
「…なにやってるんだか。
ま、いいや。オレたちも帰ろうぜ」
「だな。今日はなに買ってきたんだ?」
「肉ッ!…と、野菜」
「なんにも分からないだが」
追いかけっこをしながらもちゃんと家へと向かう道を行く二人の後を俺と小虎は付いていった。
……結局、セラはなにが言いたかったんだろう。
知りたいようで知りたく無いというよく分からないこの感情は、いつだったかの小虎の独り言を聞いた時の気持ちに似ている気がしたから、考えるのをやめることにした。
To be next story.
なんか、やっとセラのヒロインらしい動きが観れた気がします。
メインヒロインは影が薄くて記憶に無いか、濃すぎて邪魔かのどっちかになりやすいと思ってるので扱いが非常に難しい…
それではまた次回。
さよーならー




