俺とみんなと出会い
では、どうぞ。
「フタさん、これに水を汲んできてください」
「分かった」
「どんな様子なんだ?」
手渡された小さな桶を受け取り、思念川へと向かうフタとすれ違う。
倒れている男性はよく鍛えられた立派な身体をもつ短い黒髪で、セラがその側に屈んでいる。
そこに最初に駆け寄った小虎が容体を訪ねた。
「見た感じは怪我がありませんし、腹部等を軽くて押してみましたが痛がる様子はありませんでした。若干の熱はありそうですが、命に危機がある程ではありません。
なので、何者かに襲われたり、流行病の可能性は低いと思います。
ですから、恐らくは…」
セラが視線を落とした先にあるのはひどく汚れた靴だ。
よくよく確認してみれば、履物の裾と少し上も砂埃で薄茶色くなっている。
「長旅の末に空腹に負け倒れてしまったんだと思います」
フタから受け取った水を小さな布に染み込ませて絞ると、男性の額にのせながらそう言った。
「うん、その見方でまず間違い無いだろう。外からここに来る場合、砂丘を一つ越えなければならない。
大方、その砂丘で持ってきていた食料を全て食べてしまい、空腹のまま到達してそのまま気を失ったんだろう」
セラと同様にツキミが姿を確認すると、砂丘のある方向を指差さす。
「だったら、オレたちが今から行く場所に連れてってやったらどうだ?
腹が減って倒れたんなら、落ち着いたところで寝かせてやれば起きるんじゃないか?」
セラの側で安座をしていた小虎に、背中に乗っているユキミが頷く。
「わたくしは賛成だけど…。ルフトはどう思う?」
「そうだな…」
尋ねられ、ふむ、と悩む。
一先ず[行き倒れのフリをして襲いに来る罠]ではないと分かったが、かと言って心配事が何もないわけじゃない。
魔物としての特徴が薄いだけの魔者が本当に倒れている、という可能性も残っている。
その場合、同じ宿に連れて行くのは危険だ。
外傷の有無からもリアンの率いていた部隊ではないのだろうが、奴が念のためと呼び寄せた増援かもしれない。
…その場合、この男はとんだ間抜けになるが…。
となると、一通りの処置をした後に心ノ町にある収容所のような場所へ連れて行くか、ここで意識が戻るまで待つか、のどちらかだろうか。
「…とりあえず、意識が戻るまで待ってみようか」
そこまで考えて、刃ノ町を出た時のことを思い出す。
そうだ、今の俺はまだ本調子じゃない。セラが言っていたように、深く考えすぎるのは良くないだろう。
なら、この男性が話せるようになるまで待って、本人から直接聞いたほうがいい。
仮に敵対する相手だったとしても、この人数に囲まれていれば下手なことはできないだろう。
「私もそれがいいと思う。
不用意に動かして悪化した、なんて話も聞くからな。私たちの休憩も兼ねて、少し様子を見てみよう」
フタがそう言うと他のみんなも頷き、男性の近くで休むとすることにした。
腰を下ろして十分くらい経った頃だろうか。
「…!
みなさん、彼が動きました」
ユキミとともに男を診ていたセラが口を開く。
「ん…んんん…」
うめき声をあげる男から離れるセラとユキミ。
それぞれが微小の緊張を胸に、弧を描くように囲んで動向を注視する。
「…ここ、は?」
座り直した男は虚ろな目で俺たちを見回し、ボソリと呟く。
「あー、そうか、俺ァ確か…」
持ち上げられる男の右手。
その挙動一つが、俺たちの緊張を徐々に高めていく。
喉を鳴らす生唾。
まるで亀の歩く姿のようにゆっくりと眼に映る、右腕の動き。
その手のひらが腹部に当てられると、いきなり背中から大の字に寝転がった…!?
「たぁすかったぁぁぁぁ!!!」
男は鼓膜を裂かんばかりの大声と、こっちまで空腹になってしまう腹の音を辺りに響かせた。
カチャカチャと食器同士の擦れる音が部屋を満たしてからおよそ二十分。
「女将!もっと頼む!!」
「あいよ!」
「まだ食うのか!?」
宿屋に着き、仲居に案内されたテーブルを埋めるのは、料理の乗った皿と既に役割を終えた皿。
本来、対になるはずのそれらを同じ空間に留めおいても違和感を覚えないのは、俺たちが助けた男性ーーコドウが運ばれた料理を空にしては頼み、空にしては頼みを続けているからだ。
「あぁ!腹が減り過ぎて死ぬかと思ったからなァ。食えるうちに食っとくんだ」
砂埃で汚れていた服を取り替え、宿屋の貸し出している浴衣に身を包みなおも食事を続けるコドウは、分厚い牛肉の乗った鉄板を俺に差し出す。
「…いや、見てるだけでお腹いっぱいだからいいよ…」
「そうか?美味いぞ?」
コドウは差し出していた肉を再び自分の手元に持ってくると遠慮なく頬張り始める。
…あの肉、確か四枚目だよな。二人分くらいありそうだけど、よく食えるな…。
「ま、まぁ、元気になりましたし、取り敢えずは良いんじゃないでしょうか」
俺の隣に座って食事風景を見ていたセラは、口元を押さえながらそう言い、努めて笑顔を作る。
本当、コイツの食い方見てると何かの拍子で吐きそうになるよな。
ちなみに、他のみんなは早々に脱落し、先に部屋に向かっている。荷物を置き次第戻ってくる予定だ。
俺たちが残っているのは、病み上がりだし、魔者かどうかもわからないしで、念のため見張りした方がいいとなったから。
今のうちに、コドウのことをもう少し詳しく知りたいのだが…
「……それで、お前誰なんだ?」
五枚目の肉に手を付けたあたりから口に運ぶ速度の落ち始めたコドウに、再三した質問をもう一度投げる。
「だから何度も言ってるだろ。コドウだよ、コドウ。誰もが認める好男子のコドウ」
「いやあのなぁ…人間なのかどうかを……」
「だーかーらー。お前の目に、俺はどう映ってる?」
肉を切るナイフの先端を向けられ尋ねられる。
既に何度も通ったお決まりの流れだ。
「……人間」
「ならそれで良いじゃないか」
ナイフを戻し、肉を切り始めるコドウ。
「お前は俺を人間だと思った。隣にいるセラ…だっけか?お前もさっき俺を人間だと言った。
同じ空間に存在する、考え方も性別も別々の二人が俺を人間と見たのなら、それはきっと間違いなく人間だ。それで良いじゃないか。
…って、何度も言っただろ?」
「言ったけどさぁ……」
肉を口に運び、食す姿を見ながらテーブルに突っ伏す。
俺の質問を上手いこと躱し、まるで自分が人間だと言ったように見せているが、その実、[お前は魔者だ]と俺たちが言えば、コイツは魔者になってしまう。そんなあやふやな返答だ。
……要するに、コイツは自分がどちら側なのかを言いたくないんだろう。
「(どう思いますか?ルフトさん)」
「(…………わからん)」
混乱に満ちたセラの視線を避けるようにして顔をそらす。
コドウが頑なに答えない事に何の理由があるかはわからない。
見た目だけならほぼ間違いなく人間だ。しかし、そう断言しない辺り魔者の可能性も拭いきれない。けれど、もしも魔者なら俺たちに対しての敵意が無さすぎる。
俺たちに気を許したように接するのは可能だろうが、小さな警戒心すら抱かずに接するのはまず不可能だ。相手を敵と認識している限り、そこには大なり小なり敵意が生まれる。
だが、この男にはそれがない。
なにせ敵意どころか、ナイフの先端を向けられても[刺されない]という確信が俺の中に生まれている。隣で見ているセラでさえ、危機感を覚えないんだ。
それはつまり頭ではどう考えていようとも、俺もセラもコイツを敵ではないと信用している事に他ならない。
「さぁて!腹ごなしは済んだな!!」
食堂に響く木製テーブルに皿の置かれる音。
思いの外大きい音に、俺とセラは肩を縮こませる。
「よぉし、二人共。次は念願の温泉だッ!」
「「えぇ…?」」
みんなでここに来た本来の目的である、温泉。
そこへ行こうと告げたのはあろうことか、疑惑を向けられているコドウだった。
To be next story.
それではまた次回。
さよーならー




