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俺とフタと湖畔と


どぞー


等間隔に並ぶ街灯。

よくならされた、砂利のない道を何人かの人とすれ違いながら歩く。

戦いが終わってからもう四〜五時間も経っているからか、怪我人や救急箱を手に走ってる人は見当たらない。

代わりに、大き目の家などの建物の部屋の殆どには灯りがついていて、中で怪我人を看病したり処置したりしているんだろうことが分かる。

そういった仮施設として使用されている家々を通り過ぎ、次第に灯りの少なくなっていく草の生えた道を進み着いたのは、小さな湖。

くるぶし程度まで伸びた雑草に、湖面に映る綺麗な半月。不意に吹いた夜風は、ほとりで膝を抱えて座る一人の女性を涼やかに通り過ぎていった。


「フタ」


「…ん、ルフトか」


瞳を人差し指で拭い、寂しげに視線を向けられる。


「落ち着いたか?」


草々を鳴らしながら彼女の元へ近づいていく。

どちらかが手を伸ばせば触れ合えるくらいの距離まで近づいて、隣に腰を下ろした。


「あぁ、まぁな」


ともすれば街灯よりも明るく世界を照らす月の光で露わになるのは、赤く腫れた目元。

あの後から、ここまで来てずっと泣いていたんだろう。

それまで一人で全てを抱え、唯一、信頼できただろうナリが実は全てを知っていて…。

あぁ、クソッ!思い出すだけで頭にくるな!


「…ふっ、ははは」


どう話を切り出せばいいか分からず、ただ黙って湖面を眺めていると、いきなりフタが笑い始める。


「…なんだよ。なんかついてるか?」


意味がわからず眉間にしわを寄せると、その顔を見たフタがまた笑い出した。


「ふふ、いやすまない。普段頼りない人間に心配されるのがこんなにこそばゆい事とは思わなくてな。

悪気があるわけじゃないんだ。許してくれ」


一際明るくなる月光の下、フタははにかんだ。

美しく幻想的に輝く笑顔は紅く腫れた目元も相まって、言い様のない不思議な感情を覚えた。


「ウソだな。絶対悪気があって笑った」


「そんな事は…

いや、実はそうかもな。お前のように、敵に追われて駆け回るような男、バカにしてないとは言い切れん」


「おま、見てたのかよ!!」


走ってもないのに苦しくなる胸を、忘れようとするため思わず口から出てしまった言葉。

言ってから[失敗した]と思ったが、どうやらそんな事はなく、むしろフタの顔は明るくなっていく。


「だが、ま…。

私達を助けてくれた時と、スレイスとの戦いの時はカッコよかったぞ」


悪口を言っていたさっきまでとは違い、顔を逸らして褒められる。

…普通、顔を見て言えないのは悪口なんじゃないのか。


「だが、また無茶をしろという話ではないからな。忘れるなよ」


かと思えば、面と向かってお叱りの言葉を口にする。

泣きすぎて頭が変になったのかな?


「わかってる。別に、俺だって痛い思いしたいわけじゃないから大丈夫だよ。今度はもっと上手くやるし、みんなにも手伝ってもらう」


思った以上にぶっきらぼうな答え方をしてしまい、フタを傷つけてないか不安になってそっと顔をのぞいてみるが、あるのは、楽しげに微笑んで頷く姿。

つられて微笑む。



それから訪れる静寂。

今までの明るかった雰囲気が一変して、肩に重りがのしかかったような沈黙。

この短くも長くも感じる無音の時間は、後回しにしてしまった[ここに来た理由]を突きつけられるには充分だった。


「…それで、今更だが、どうしてここに?」


糸で縫いつけられたのかと錯覚するほど開かない口を、最初に開いたのはフタだ。

本当なら俺から切り出さなければいけない話題。それをフタが先に口にしてくれた。

…ここまでしてもらって、まだグズグズするのはダメだ。


「あぁ。実はな、フタ。継承のことなんだけど…」


意を決し、縫われた口を解くと、フタが俺の口を手で塞いだ。


「いや、やっぱりまだいい。

…もう少し、私の話に付き合ってくれないか?」


悲しげに湖面に視線を向けたフタに頷くと、口元から手が離れていく。


「私はな、今日まで沢山の事を知り、沢山のことを学び、沢山の事を行ってきた。決して楽しいだけのことでは無かったし、嫌で嫌で辞めたくなるような日もあった。

だけど、自分の身になっているんだと実感した時、そんな些細な感情、全部吹き飛んでしまうんだ」


フタは月を眺めて想い出に耽りながら微笑む。

隣で見ているだけの俺にも、楽しい日々だった、事が伝わってくる。

そんな満ち足りた笑顔が次第に落ち込んでいく。


「…私が、何より辛かったのは、[知る]だけで[学んではいけない]ことだった。

例えばそうだな…仮病、というのがあるだろう?体調不良だと嘘をついて何かを休むアレだ。

私はそれを知識としては知っている。だけど、実際に行う事で学んではいないんだ」


皮肉っぽく笑ったフタの投げ込んだ石が月夜に響く。

湖面を揺らす余韻が耳の中で反響する中、再び話し始めた。


「同じ学び舎に通っていた者たちは、何か面倒な催しがある度に行っていてな。あの自由さが羨ましかった。

…私は、ほら。祝福を受けた子、とされていたから、他の者の模範になるようきつく言い付けられていた。

そういった不道徳な事は知っていても学んではいなかったし、学ぶこともできなかった。

そう願うことさえも、悪いことなんじゃないかと思ってな。

だから、私は我慢した。いずれ皆の役に立つ事が私の使命ならば、このような些事で期待を裏切ってはいけないと、自分に言い聞かせた」


もう一度、今度はより大きな石を乱暴に湖へと投げ入れる。

バチャン、と、心の安らぐ平穏さには不釣り合いな音が鳴る。


「…なぁ、ルフト。

やっぱり、私の頑張りは無駄だったのか?」


それは、全てを理解している人間の言葉だった。

こみ上げる悲しみを堪え、それまでの自分をなにもかも否定される事を理解した上での言葉。

フタはここに来てただ泣いていただけじゃない。ツキミとユキミ、あの二人が何故来て、何を話そうとしていたのかをずっと考えていたんだ。

…そうして、意味を理解した。

俺があの二人の代わりにここに来て何を伝えようとしているのかを。


「……端的に言って、右左継承の儀式は取りやめになり、以降続けられる事はないそうだ」


隣で、すすり泣く声が聞こえる。

必死に感情を堪え、静かに話を聞こうと努めても、決して収まることのない涙。

…そんなの、間違ってる。


「けど、だ」


「…え?」


「確かに、お前は今までが無駄になったと思うかも知れない。そりゃあそうだ。それだけ辛い思いをしてでもしようとした事が結局止めになるんだから。

けど、だ。

気持ちとしてはそうかも知れないけど、やってきたこと自体が無くなったわけじゃない。過去が消え去るわけでもない。

身に付けたものは残る。学んだ事は頭の中にある。知っただけのことだって、知らない時よりもずっとずっと万倍もいい。枷が無くなった今、悪い事じゃなければどんな事をしたって誰に咎められる事もない。

その忍耐力だって、絶対に役に立つ。

だからーーー」


今まで湖面に向けられていた視線をフタへと移す。

眼に映るのは、ポカンとした少し間の抜けた顔。


「だから、今更泣くのを我慢する必要はないだろ。

俺で良ければ、胸だって背中だって貸すから。もちろん、一人がいいのなら、今すぐ帰るけどさ」


自分で言っていて段々恥ずかしくなってくる。

こんな歯の浮くような気の利いた台詞を言えるなんて思いもしなかった。

…あー、そうか、わかったぞ。さっきのポカンとした顔は、『何言ってるんだコイツ』ってアレか。

まずいな。とてもフタの顔を伺えそうにない…。

そんな、それこそ間抜けな思考を繰り広げていると、不意に右肩が重くなる。

反射的にそちらを見ると、あるのは、俺の肩に顔を押しつけるようにして俯くフタだ。


「…なら、少しの間肩を貸してくれないか?

誰かに泣きつくのは初めてのことでな。胸や背中を借りるというのは慣れていない。だが、肩なら居眠りをした時にナリによく貸りたんだ。

だから、だから、よくわかる…んだ…」


そこまで言い、後に続いたのは、月下の湖に沁み入る悲しい声だった。

なんの憚りもなく、思いの丈を吐露する彼女の小さな叫びは、しばらく止みそうにない。












To be next story.



にわかにメインヒロインっぽさが現れましたが、フタはあくまでヒロイン其の三。

メインヒロインはロクにアタックを仕掛けないセラ…

最初に仕掛けてきたはずの小虎は其の二と言う事実。


それではまた次回。

さよーならー

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